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【体験談】卒業後は、映画業界で活躍中!/Bresia University

前回の志和さんの体験談 の続きです!
志和さんは、日本の大学を止めて、奨学金プログラム を利用してアメリカの大学へ留学。その大学で、優秀な成績を収め、さらに追加で奨学金をゲット!している努力家です。そんな彼女の大学生活や、今の仕事について書いてくれています。

勉強中心の毎日の中、

長期休みには旅行やボランティアを経験!

勉強中心の毎日でしたが、「せっかくアメリカにいるのだから」と、Easter breakなど長期の休みにはいろんな所を旅行しました。マイアミ、シカゴ、フロリダ、イギリス。ニューヨークには友達3人と車で14時間かけて出掛けたことも!

また、地域のボランティア活動にも参加し、キャンパス以外の人達とも交流を深めました。きっかけは先述のカフェ。ちょうどその頃、私の住むウェンズボローと愛知県日進市が姉妹都市として提携することになり、市では日本語が話せる人を探していました。たまたまその関係者がカフェを訪れ、日本人である私を見つけ、通訳兼アドバイザーを依頼したのです。

つくづく思うのですが、留学生活は閉じこもっていては何も始まりません。一歩踏み出すことで、その後の人生の選択肢が増えていきます。私の場合、行きつけのカフェからすべてが始まったといっても過言ではありません。
米国大学スカラーシップ協会-アメリカ 大学 留学 Shiwa2


現在の仕事について。。

現在、私は日本で外国人モデルやタレントをマネジメントする会社で働いています。卒業する年の夏休みにアルバイトをしたのが縁で就職しました。

仕事内容は一口で説明するのが難しいほど、多岐にわたっています。テレビや映画、雑誌などで外国人モデル・タレントを使いたいと依頼が来ると、登録された人の中からふさわしい人をキャスティングし、オーディションへ同行。通過すれば、撮影に立ち会うことはもちろん、金額交渉などすべての手続きを彼らに代わって引き受けます。「京王線」と「京葉線」を聞き間違えて、なかなか集合場所に現れないモデルにやきもきするなどハプニングは日常茶飯事ですが、だからこそ刺激的な毎日といえるでしょう。

実は、この仕事に就く前、ニューヨークで働くことを真剣に考えた時期がありました。旅行した際、エネルギッシュな街の魅力に惹かれ、OPT の資格を取って日系企業に働き口を見つけました。しかし、そこで待ち受けていたのは、いわゆるオフィスワーク。どうにも私の性に合わない。「これは私のやりたい仕事じゃない!」その時に痛感したのは、やりたい仕事を海外で見つけるのはとても大変だということ。どんな仕事でもいいから、ニューヨークにいたい。そういう人もいるかもしれませんが、私は違う。環境よりも自分のやりたいことが優先。

そして今、多忙ながらも充実した日々を送っています。「あかねは留学経験も長く、僕達のことを理解してくれるから、仕事がやりやすい」そんな一言を聞けば、日頃の苦労も吹き飛びます。

最近、仕事に対する意欲がどんどん高まってきた気がします。ベネチア映画祭に出品された『スカイ・クロラ 』にはキャスティング担当として関わったのですが、エンドロールに自分の名前が流れた時はうれしかったですね。大きな仕事に関われた喜びと、ちゃんと認められた充実感。「これが私のやりたかった仕事!」今は胸を張ってそう言えます。
米国大学スカラーシップ協会-アメリカ 大学留学 Shiwa


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このブログでは、いろんな方の体験談を載せています。高校卒業してすぐに留学した方、浪人中に留学をきめた方、働いてから留学した方。だれかの状況が皆さんと同じものになりますので、是非、他の体験談 もご覧くださいね!

日本の大学をやめて、アメリカの大学へ留学!【体験談】

日本の大学をやめて、アメリカ大学奨学金プログラム を利用してアメリカの大学へ留学した志和あかねさん。大学近くのカフェでひたすら勉強し、大学の成績優秀者に送られる奨学金も追加で受けています!そんな彼女の頑張り屋さんの志和さんの体験談をどうぞ(2回にわけてお伝えします)


◆志和あかねさん

Brescia University/Kentucky

2005~2007年卒業


日本の大学をやめてアメリカの大学へ!

きっかけは、かなだへのワーキングホリデー

米国大学スカラーシップ協会  志和あかね さん

アメリカ留学のきっかけは、カナダへのワーキングホリデーです。日本の大学で心理学を専攻していたのですが、思い描いていたものとは違い、どうも自分に合わない(・_・;)。たっだら状況を変えてみようと、1年間休学してカナダのバンクーバーへ。人の目を気にすることなく、一から新しい生活を築き上げることができました。そんな経験から、ワーキングホリデー後は、海外の大学に進みたいよう思うように・・・。

しかし、日本の大学をやめて新たに挑戦するとなれば、費用もかかります。悩んでいたところに紹介されたのが、「アメリカ大学奨学金プログラム」です。ワーキングホリデーの手続きでお世話になったスタッフの方からのアドバイスでした。奨学金支給する8大学の中からBresia大学を選びましたが、決め手は気候(^O^)。ビジネスを専攻する予定だったので、8校に関してネットで調べましたが、正直、よくわからない。それならば、暮らしやすい場所であることが大切と考え、暑からず、寒からずの快適な気候と、訛りの少ない地域という理由で選びました。

お決まりのカフェで、夜まで勉強!
追加の奨学金も受けられることに!!

Brescia大学では、とにかく勉強しました(^▽^;)。午後2時頃に学校が終わると、夜寝るまでずっと勉強。毎日のように近所のカフェに出向き、そこで勉強していたので、すっかり私は常連客。私の顔を見ると、すぐにお店の人が「いつものね」とカフェラテを出してくれ、時にはパンをご馳走しちぇくれることもありました(*^.^*)。

それにしても、なぜそんなにも勉強したのか(・・。)ゞ? 
それはひとえに負けず嫌いだったから。留学生にはどうしても言葉や文化の壁があります。だからといって「日本人だからできなくても仕方がない」と思われたくはなかった。この人達にできて、私にできないわけがない!とはいえ、聖書に関する授業などは宗教用語も登場し、バックグラウンドのない私にはさっぱりわからない。だから、理解できるまでとことん勉強したのです。おかげで、ビジネス学部長から成績優秀者に送られる奨学金も別途受け取ることができました( ̄□ ̄;)!!!

米国大学スカラーシップ協会 Brescia University(学士過程大学ランキング上位校)

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次回は、学生生活と卒業後の彼女の仕事についての体験談です。
お楽しみにペンギン

◆アメリカ大学奨学金プログラム説明会のご予約はこちら

アメリカ大学スカラーシップ協会HP

アスレチックトレーナーを目指してアメリカ大学留学!【体験談】

2002年に日本人女性初のアメリカNFL(アメリカンフットボール)のアスレティックトレーナー(磯有理子さん)が誕生しました。昨年に、彼女が所属するチームがスーパーボウルに出場し、一躍脚光を浴びました。


アメリカ大学奨学金プログラム に参加している方でも、将来アスレチックトレーナーとして働くことを目指して留学されている方がいます。今回は、現在アメリカの大学でアスレチックトレーナーになるべく、大学で学んでいる方の体験談をご紹介します(≡^∇^≡)。



米国大学スカラーシップ協会-奨学金留学 体験談1

近藤めぐみ さん
2007年8月~ Campbellsville University

2009年8月~ Missouri Valley College


アスレチックトレーナーになりたい!
本場で学ぶために留学を決意


私が留学しようと決めたのは、将来アスレチックトレーナーになりたいから。本気でめざすなら、本場のアメリカで学ぶのが一番だと、高校2年の頃から留学を考えるようになりました。バスケが大好きで選手として活躍してきましたが、このままずっと続けていくことに不安も限界も感じていました。そんな時に先輩から教えてもらったのがこの仕事。選手にもっとも近い立場で、彼らをサポートする。いずれはスポーツに関わる仕事に就きたいと考えていただけに、「これだ!」という気持ちが高まりました。

とはいえ、周囲に相談してみると、留学に関しては賛否両論。特に、父と兄が賛成しかねるとの返事。やはり治安の問題やひとり暮らしの不安があったようです。結局、高校卒業後の1年間を準備期間にあて、語学の勉強と留学資金のためにバイトに励み、家族の説得に努めました。言葉だけでなく、行動でも示したことで、ようやく父と兄も認めてくれるように…。

なぜアスレチックトレーナーなのか?実のところ、自分でもうまく説明できません。ただ、これまで興味のある仕事があっても口に出せなかったのが、今回は堂々と「これが私の夢」と答えられる。ならば、いけるところまでいってみよう!そんな思いが今の私の原動力になっています。



このプログラムを知らなかったなら
自分にあった大学には出会えなかった

「アメリカ大学奨学金プログラム」を知ったのは、高校卒業後の準備期間中。たまたまインターネットで見つけました。奨学金をもらうことで留学費用が抑えられるのもうれしいですが、留学に関して右も左もわからない状態の学生をさまざまな面でサポートしてくれるところも魅力だと思います。私の場合、留学前にメンタル面でやや不安定になった時期がありましたが、事務局のスタッフの方達のおかげで乗り越えることができました。"相談できる人"がいるというのは心強いものです。

また、大学を"選べる"というのもこのプログラムならではの魅力。面接の結果、私には8校からオファーがありました。いずれもアスレチックトレーナーの勉強ができるところばかり。そのなかでESL(*)があるのは2校。どちらを選ぶか、HPで見比べて検討しましたが、最終的にはスポーツチームの強いほうを選びました。スポーツが強ければ、当然、アスレチックトレーナーのニーズも質も高いですから。そして、2007年8月、ついにケンタッキー州のCampbellsville Collegeに入学!もし自力で探していたら、おそらく見つけられなかった大学に、「アメリカ大学奨学金プログラム」を通じて私は出会えたのです。


バスケのおかげで留学生活は充実
でも、初心は絶対忘れない!

実際に留学してみて痛感したのは、英語力の乏しさ。授業だけでなく、普段の生活も含めて最初は本当に苦労しました。同じ学校内に日本人留学生が20人ぐらいいたので頼りになりましたが、甘えてばかりいてはいけないと思い、生活に慣れ始めた頃から積極的に自分から動くようにしました。そこで私に力を与えてくれたのがバスケ。授業の合間などにバスケを楽しむ学生達に交じって一緒にプレイすることで自然と仲良くなり、友人ができました。校内で全員参加のバスケ大会があった時には、私のチームが優勝したものだから、一躍有名人!バスケのおかげで、地元の学生や他国からの留学生との距離がグンと縮まりましたね。

何かひとつ、自分らしい"特技"があると、留学生活はスムーズに動き出す気がします。留学生仲間の一人は手先が器用で、折り紙を教えることで日本文化を伝え、友人の輪を広げています。友人が増えれば、自ずと英語力もつき、日々の生活は充実したものになります。ただ、生活に慣れてしまうと、日本にいるのと同じ状態になってしまう危険性も…。何のためにアメリカに来たのか?初心を忘れずに過ごさなければと、時折、自らを省みるようにしています。

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彼女は、今年2009年8月から、より希望に合った学部内容をもつMissouri Valley College に転校し、頑張っています。今後の活躍報告をお楽しみにo(^▽^)o