私は、海外で多くの組織にコンサルティングをしてきたので、海外の組織事情については、かなり分かっているつもりである。
旧ソ連地域では、政府職員の行動は、現地の人や企業に対し、抑圧的で、しばしば、犯罪的である。
多くの日本の専門家が、ビジネストレーニングを提供してきたが、ある時、彼らの事業を評価する私に、「日本のトレーニングは、現地でまるで役立たない。」と言われた。
その地域では、ビジネスをPRせず、できるだけ目立たないようにすることが、経営の要諦だった。
具体的には、社員数が15名になると、会社を分割して、目立たなくすることだ。
日本などとは、成功に至る条件が、まるで異なるのである。
収賄は、政府職員にとり、当然なことであり、どんなに、ロシアのプーチンが、海外向けに、国際契約や法律について、きちんとしているかのように発言しても、あちらは、上から下まで、法治国家と言うより、人治国家である。(担当者により、賄賂により、人間関係により扱いが変わる。)
小池東京都知事が、カイロ・アメリカン大学を出たかどうか。
彼女の倫理性が話題となっている。しかし、一般に開発途上国の大学では、単位や成績は、誰を知っているのかと、賄賂次第である。
実際、彼女の入学は、正規のものではない。
彼女の父親の政治経済力による「ごり押し」があったと伝えられている。現地の言葉ができない外国人であるから、納得できる。
私が、働いたアジアのある途上国では、卒業生の一年目の報酬のかなりが、卒業まで面倒を見た担当教授に支払われていた。
良い人材を求める企業と収入を求める教授。
弱い立場の学生の力関係を考えると、
発展途上の社会では、ごく自然に発生する構図に思える。
小池東京都知事に、正式に、カイロ大学の卒業証書があったとしても、当時のカイロ大学の在り方、教授の学術的レベルまでを問わなければ、彼女の学業についての判断はできない。
私に言わせれば、難度が非常に高い言語環境で、殆ど外国人が大学卒業できないと言われる大学で、彼女が学業面で何を達成できたか以外には、本質的問題ではない。
話のできる彼女なら、大きな労苦と失敗経験をもって、日本社会に出る方法もあっただろう。大学卒業資格なら、日本に帰国後、努力しても取れる。
故安倍首相は、若い頃、南カルフォルニア大学で、2年間、政治学を学んだと自己紹介していたようだが、米国に行き、調査した人がいて、彼には、一つの履修単位もないことが、確認された。
豊かに甘やかされて育ち、当時、本人に使命感も競争心もなければ、十分、考えられることである。
英語会話さえ不自由なところから、海外留学で必要な単位を重ねて卒業するには、最後まであきらめない強い意志が必要になる。
米国なら、単位に届きそうもない試験結果が出たら、すぐ評価者である教授に抗議する気力があれば、学生として生き延びることができよう。
試験問題が不適当かも知れないし、答案の評価法が、間違っているかも知れないではないか。
そこで、意見して強い意志を見せれば、
逆に教授が、「こいつは、なかなか見込みがある。」と思って、新たな指導を受け、救済されることもある。
どこの社会も公正でないように、各々の人生も、公平ではない。
困ったなら、声を上げるべきだ。
自分の立場が危機にあっても、学校に抗議もせず、教授に反論もせず、羊のような学生は、消えていく。
日本の学校の温情主義では、「態度の良い子は、黙っていても・・」だが、米国では、成績不良で黙っていれば、忘れられるだろう。
確かに小池氏の学歴に虚偽があったとすれば、彼女の倫理性が問題となるだろうが、30年以上も昔の若い頃の学歴が、政治家としての彼女の実務に影響があるとも思えない。
最近の10年程度の彼女の実績を見て、判断する方が、適切である。
オリンピック競技の場所決め、築地市場の豊洲への移転などで明らかだが、小池都知事は、メディアの扱いは上手いが、判断力の良い政治家ではない。
大組織をマネージした経験もないだろうから、様々出た問題は、彼女の実力の結果なのだ。
簡単に言えば、彼女は、今でもメディアのための仕事をしており、しばしば仕事の目的を間違えている。(彼女にとり、政治=報道である。)
国民にとっては、意味もなく、お騒がせさせられた政治家ということである。
そして、思考力のない彼女は、一生、その事実に気付かないだろう。