『戦略経済研究所』

『戦略経済研究所』

旧ソ連、アジア、アフリカ、日本国内で評価制度などのコンサルティングをしています。国際教育推進機構 / KaizenDo など主催  http://iedi.org/across/ (渡邊穣二)

【主なコンサルティングコンセプト(Consulting Concepts)】
   
・「小さな会議」vs.「大きな会議」 (Small Meeting vs. Big Meeting)

「大きな会議」は、上意下達の機会。
「小さな会議」は、質疑応答・熟議のため。
「小さな会議」は、日本/シンガポールの小集団活動(QCC)に成功例がある。

・トーナメント方式熟議選挙(学校、コミュニティなど)
Deliberative Democratic Tournament Election (DTE)

リーダー(アイデア)を選ぶ方法として、トーナメント(勝抜き)で、会議を重ね、話し合いで選ぶ方法。
現代社会のメディアの不健全性(売上・視聴率が目的)を排し、理解を深める方法として、
選挙では、『【なりたい人】からでなく【ならせたい人】から優れたリーダーを推す』方法。

「仕事基準」vs.「人基準」
(Value-based vs. Person-based Management)

人間は、人の属性(性別、年齢、学歴、人種、性格、資格、縁戚・・などの行動仕事で変えられない要素)を通じて、評価・判断する傾向(「人基準」)だが、顧客(市場・外部・他人)にとっての「仕事の価値」をみる;「仕事基準」であるべきとする考え方。

付加価値報酬制(CVA: Compensation by Value-Added)

3P = Person + Position + Performance の3つの要素をきちんと分けて評価します。
健全な組織経営のために特に大切なのは、Position(責任・役割の幅、深さ、難しさ)です。

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【勝抜き熟議選挙】は、コミュニティ再生、政治経済の健全化のための究極のモデル。
DTE (Deliberative Democratic Tournament Election) 詳細は、
日 http://ameblo.jp/across-iedi/entry-11962108991.html 
英 http://ameblo.jp/across-iedi/entry-12003235345.html

2020年7月、大西つねき氏(フェア党)による「政治は、命を選別することが必要」との発言が、人間性を否定する発言に聞こえ、山本太郎氏を応援するグループでたいへんな不評を買ったようだ。

 

福島原発大事故の後、選挙で原発容認派と否定派に分かれて舌戦が繰り広げられたことを思い出す。

 

よく聞いてみると、原発否定派も、冷蔵庫の電気がなくなり、魚肉類をはじめ生鮮食品が食べられなくなるのは、困ると云っている。

 

彼らは、「30年後に原発を停止する。」

 

原発容認派は、「電力需要を見ながら、少しずつ減らして、最期は、無くす。」と表現の違いだけであった。

 

両派ともに、実質的に対応は、同じことであった。

 

政治から政策が出てくる。

政治には、法律があり規則があり、災害での運用基準も関係する。

 

選挙結果に気を遣う政治家は、嫌われるので、強調しない。

 

しかし、最近の日本では、災害時のトリアージや、高齢者や病人の最期の医療について、家族に尋ねているのは、広義の意味で、命の選択である。

 

れいわ新撰組;

[生命の尊厳][生きてるだけで価値がある][すべての人々の幸せなLife、命…生活…人生を保証する政治]という党是は、党がかかげ、目指す理想(ロマン)として正しい。

 

ただ、それは、既に生きる力のない高齢者を、次世代を犠牲にしてまで、命を長らえさせることではない。

 

この場合、犠牲とは、お金のことではない。経済が供給すべきモノであり、サービスのための人手である。お金(借金も)は、記録のための数字であり、発行額は、政治がいくらでも決められるからだ。

 

実際、米国などの金持ち対象の医療には、若者の血液を定期的に輸血したり、ホルモンを入れるなどで、70~80歳代でも若者のように・・などが、行われている。

 

若者の血液は、赤血球にしても白血球にしても、効率が高く生命力があり、老人を元気にする。赤血球・白血球の各々が、若いエネルギーを持つ生命体だからだ。

 

このスキームは、シンガポール政府の戦略であるが、

資産100億円の老人が、シンガポールの高度治療研究病院で、

世界最高の脳外科医から脳腫瘍手術を受け、1億円以上支払う。

 

それは、シンガポール経済を浮揚させ、医療研究への予算となり医療を進歩させるから、人類への貢献になる。

 

日本の教育では取り上げないが、

米国では、戦略論のクラスがある。

 

典型的なケースは、飛行機事故で80人の旅客が、不時着した高山でどう生き延びるか。実際にそんな事故もあったので、議論になる事例である。

 

実話では、乗客は、不時着時のショックで死んだ乗客を食べて生き延びたのだ。

 

遭難し孤島に漂着した船での食料不足、

不作を経験した村人全員が冬季の食糧難をどうするか。などもある。

 

村人全員が、平等に食事をして、冬季3か月間、生きようとすると、全員が飢餓で死亡する。

 

その条件で子供たちに考えさせる。

 

模範の回答は、働けない高齢者・病人でなく、優先的に未来のある子供と働ける世代を助けるというもの。

 

この話は、1620年、英国サウザンプトンから米大陸に到着したメイフラワー号で、最初の冬を越せたのは、102名中の53名だけだったという事件があるから、自国の歴史を知る米国人なら、容易な発想だろう。

 

戦争中、戦場での野戦病院の医療チームが、生き残れる可能性のある兵士を選んで治療するというのは、トリアージと同じ発想である。

 

しかし、これら事例は、スウェーデンから出て、ヒトラーのナチスに活用された優生学の適応とは、根本が異なる。

 

優生学は、元気な女性への不妊手術など、人間性や人の感情を無視しているが、戦略論は、必然の論理、つまり、与えられた資源を使って最高の結果を求める方法を突き詰めたものである。

 

トリアージは、限られた機材を持つ医療チームでより多くの被災者の命を救うためであるし、野戦病院もより多くの兵士の命を救うためである。

 

ある非常事態に追い込まれたとき、異なる反対の立場から反目していた人たちが、同じ方向に動く。

 

それは、数理的必然性からである。

 

なぜ、大西氏のような課題で大議論になるかというと、日本では、マネジメント教育が皆無だからだろう。

 

マネジメントとは、限られた資源で最高の結果を求めること。

日本の小中学校では先生達が、毎月平均100時間以上超過勤務している。

 

公務員として与えられた勤務時間の月150~160時間を限られた与件の資源として、考えていない。

 

教師が、手を抜いて、短時間労働にしても、生徒や学生に適切な指導をしておけば、彼らが逆に頑張ることを忘れたかのようである。

 

先生の家族の犠牲を顧みず、週末も長期休暇も 運動クラブをする生徒の面倒をみることは、正しいのだろうか。

 

それとも、それは、熱意であり美談なのだろうか。

 

体力と骨格に恵まれた生まれついてのスポーツのスーパーエリートは、一生の思い出となるだろうが、多くの生徒は、体を壊していないか。

 

メディアは、何を伝えているのか?

話題から販売金額を求める事業の悲哀である。

 

経営で言えば、

 

利益性が高い優良企業の経営幹部や社員たちが、皆、長時間労働に耐え、理不尽な仕事に人生を奪われているわけではない。

 

理不尽な要素が少ないため、社員同士がよく課題を話し、前もって問題を解決する算段をしているので、経営幹部には、余裕がある。

 

緊急事態にも対応できる。

 

「無理を承知で頑張る人が偉いのではない。」

「頑張る人が、不幸を再生産している場合があるのだ。」

 

(大阪財務局の赤木俊夫さんも、上からの指示を無理を承知で頑張り、最後は、自殺に追い込まれている。)

 

基本の発想を変えないと、日本人が不幸になる。

 

(それでも理不尽を承知で頑張らなければならない人たちがいる。Basic Incomeの意義は、そこにもあるはずだ。最低の収入は、勇気を心ある人たちに与えるのである。)

森友問題「赤木俊夫さん」II. (空気に勇気!) に続く。

 

 

 

週刊文春(2020年7月23日)の赤木さんの自殺についての記事を読んでの感想である。

 

この記事によると、

 

「2017年2月、財務省近畿財務局で働いていた赤木俊夫さんは、取引に関係する公文書の改ざんを上司に指示された。

 

改ざんとは、小学校を設立しようとしていた森友学園・籠池泰典理事長の便宜を図り、8億円ほど国有地を値引き販売した事実に関連して、安倍首相と夫人昭恵さんの活動関係を隠蔽しようとしたものらしい。

 

2014年に安倍昭恵さんは、籠池理事長夫妻と一緒に問題の土地を訪れ、3人で一緒に写真を撮った。その写真をもって3日後、籠池氏が、大阪財務局を訪れたとたんに彼らの姿勢ががらりと変化したと伝えられている。

 

そして、最近になって、大阪日日新聞の相澤冬樹記者が、安倍昭恵さんの携帯電話番号を入手した。赤木さんの妻であった(仮名)雅子さんが、Lineでつながり、昭恵夫人とのやり取りがあった。

 

雅子さんは、昭恵さんに手紙を送り、Lineでもやり取りをし、昭恵さんから「お線香を上げに伺わせて下さい。」

 

との返事があった。

 

しかし、7月15日に始まる裁判の前に、雅子さんが

 

『昭恵さんが(裁判で)本当のことを話されることがご夫妻(安倍首相夫妻)の潔白を証明し、支持率回復に繋がると思います。ご協力ください。お願いします。』

 

とお願いしたが返事がないとのこと。

 

雅子さんは、夫が自殺したのち、来訪した財務局の関係者が、皆、男性であり、夫の手記を公表しないように働きかけたことを、近畿財務局関係者の保身で、つまらない建前で生きている様子をアホらしいと感じたという。」

 

真剣な読者の多い文春の記事であるが、事実を知りたいとは言われるが、苦しい心情にある彼女は、不可能なことに挑戦しているようにも思える。

 

この段階まで来ると、組織人としての自分や、組織の存立理由のため、関係者が本当の気持ちを吐露する機会は、今後、ないだろうと思われることだ。

 

イベントを順にみると、

1.首相夫妻が、籠池さんと話をした。

  (これ自体は、犯罪ではない。)

 

2.3人の写真を見せられ、財務局が姿勢を変えた。

  (忖度で対応した権力に弱い官僚)

 

3. 国有地を約8億円も安く販売した。

  (忖度で対応した権力に弱い官僚)

 

4.上からの指示を受け、素直な赤木さんが、改ざんをした。

  (赤木さんの認識の通りで違法)

 

上の2~3は、問題ではある。しかし、これは、学校という教育に資する事案なのだから、財務省指導である地方の民間活用のPFIスキームなどとして公開し、競争のステップを入れれば、仮に土地が環境汚染で安値販売になったとしても、森友学園が勝ち残れば、それで良いことになる。

 

話の落としどころとして、国有地について

A. 競争入札(2-Envelope 方式(質と価格での競争))にできれば、恐らく籠池氏チームの提案は、長年検討をしてきて具体性もあるので、十分残った可能性があっただろう。

 

B. 密室での妥結ではないため、財務局としても堂々と再交渉でき、籠池氏に対する不利な条件をのむ必要もなくなる。

 

気の毒なことは、赤木雅子さんに誰も有用なアドバイスをしていないように見えること。

 

理解すべきことは、次のようなことだろうか。

 

1.誰しも自分第一。

 

トランプ大統領;America First!は、本質をついているが、その前に、皆、Me First!(自分第一)である。

 

このことは、余程の宗教家でもない、財務省職員も例外ではない。

 

従って、

2.裁判ともなれば、誰でも最大限、保身する。昭恵さんは、心ないと言うより、誰かからの指導での言動と考えるのが妥当。

 

(裁判制度とは、元々残酷になりがちの私刑を禁止するためのものでもあり、被告人の人権をも守る。裁判になったとたんに、事実が正確なニュアンスで議論されなくなるのは、水の温度を測定しようと、温度計を入れたとたんに、水の温度が変化して、精度が下がるのと似ている。)

 

3.古今東西、政府組織も政治家も職員も、例外なく自己保身の塊である。

 

たいてい、どの国の公務員法でも、公務員の顧客は国民だとあるだろう。しかし、それは、自分たち公務員の立場や地位が、守られてからの話。

 

4.現状のような選挙制度(人気競争)のもとでは、政治家の活動は、政治よりも選挙運動が中心である。安倍首相夫妻の籠池氏との接触も、安倍首相にとっては、選挙のための活動。

 

5.雅子さんは、事実を知りたいようだが、彼女が納得できるような事実は、なかなか出ないだろう。

 

雅子さんの人生が一回きりであるように、各公務員にとっても人生は一回きり。

 

雅子さんから見て、「彼らのアホらしいルールも言動」も、彼らの真剣さから出ている。

 

大阪日日新聞の相澤冬樹記者と共に、2度と同様の事件が起きないことを、この裁判の最終的な目標にすべきだろう。

 

解決策は、A. B.である。

 

A. 質と価格での2-Envelope方式の競争入札のプロセスを、

少し問題が起こりそうな事案全てに入れることとし、

全入札ステップを公正に実施するためのトレーニングを財務省職員にすることと、そのために必要な立法である。

 

それができれば、

 

B. オープンに公正に交渉する機会ができて、適切な条件での土地売買取引にできる可能性が高まる。

 

赤木さんが、守りたかった誇りある公務員としての職務を、きちんと果たせる環境が整うのである。

 

私は、海外で多くの組織にコンサルティングをしてきたので、海外の組織内部の事情については、一般の人よりも、分かっているつもりでいる。

 

旧ソ連地域では、政府職員の行動は、私たち外国人には、それほどでもないが、現地の一般の人や企業に対し、抑圧的で、しばしば、犯罪的である。

 

多くの日本の専門家が、ビジネストレーニングを提供してきたが、ある時、彼らの事業を評価する私に、「日本のトレーニングは、現地ビジネスでまるで役立たない。」と言われたことがある。

 

その地域では、ビジネスをPRせず、できるだけ目立たないようにすることが、経営の要諦だった。

 

具体的には、社員数が15名になると、会社を分割して、成功が目立たなくすることだ。

 

成功に至る条件が、まるで異なるのである。

 

収賄は、政府職員にとり、通常の行為であり、どんなに、ロシアのプーチンが、海外向けに、国際契約や法律について、きちんとした発言をしても、あちらは、上から下まで、法治国家と言うより、人治国家である。(担当者により、賄賂により、 関係により 扱いが変わる。)

 

小池東京都知事が、カイロ大学を出たかどうか。

 

彼女の倫理性が話題となっているが、多くの開発途上国の大学では、単位や成績は、誰を知っているのかと、賄賂次第である。

 

実際、彼女の入学は、正規のものではない。途中から彼女の父親の政治経済力でのごり押しがあったと伝えられている。

 

私が、コンサルティングをしていたアジアのある途上国では、卒業生の一年目の報酬のかなりが、卒業までの面倒を見た担当教授に支払われていた。

 

良い人材を求める企業と収入を求める教授。

弱い立場の学生の力関係を考えると、

発展途上の社会では、ごく自然に発生する構図にも思える。

 

小池東京都知事に、正式に、カイロ大学の卒業証書があったとしても、当時のカイロ大学の在り方、教授の学術的レベルまでを問わなければ、彼女の学業についての判断は容易ではない。

 

安倍首相が、若い頃、南カルフォルニア大学で、2年間、政治学を学んだと自己紹介していたようだが、米国まで行き、調査した人がいて、彼には、一つの履修単位もないことが、確認された。

 

豊かに甘やかされて育ち、当時の本人に使命感も競争心もなければ、十分、考えられることである。

 

日本で育ち、英語会話さえ不自由なレベルから、海外留学で単位を取り、必要な単位を重ねて卒業するには、最後まであきらめない強い意志が必要になる。

 

米国なら、単位に届かないような悪い試験結果が出たら、すぐ評価者である教授に抗議する気力があれば、学生として生き延びる。

 

試験問題が不適当かも知れないし、答案の評価法が、間違っているかも知れない。そこで、意見して強い意志を見せれば、

逆に教授が、「こいつは、なかなか見込みがある。」と思って救済されることもある。

 

自分の立場が危機にあっても、学校に抗議もせず、教授に反論もせず、羊のような学生は、消えるだけである。

 

日本の学校のように「態度が良い子であれば、黙っていても・・」と思うかもしれないが、成績不良で黙っていれば、忘れられるだろう。

 

確かに小池氏の学歴に虚偽があったとすれば、彼女の倫理性が問題となるだろうが、30年以上も昔の若い頃の学歴が、政治家としての彼女の実務に影響があるとも思えない。

 

最近の10年程度の彼女の実績を見て、判断する方が、適切のように思うのである。

 

オリンピック競技の場所決め、築地市場の豊洲への移転などで明らかだが、小池都知事は、メディアの扱いは上手いが、判断力の良い政治家ではない。

 

大組織をマネージした経験もないだろうから、それは、彼女の実力なのだ。

 

簡単に言えば、彼女は、今でもメディアのための仕事をしており、しばしば目的を間違えている。(彼女にとり、政治=報道である。)