正直、最近まで「伊勢神宮と並んですごい神社」くらいの知識しかなかったのだが、参列前後に自身で調べたり、詳しい人から教えてもらう中で、今回、大変貴重な経験をさせてもらったのだと感慨深くなった。
国宝、出雲大社本殿
ここには、神代の昔、国造りを行った大国主大神が祭られている。
今年、出雲大社は60年ぶりの本殿修造である「平成の大遷宮」を迎えた。
その遷座を祝う遷座奉祝祭。
三笠宮彬女王参列のもと、本殿で行われた式典は厳かでありながら、絶えず本殿から流れるそよ風のおかげで、何ともいえない優しい空気に包まれたものとなった。
(内部の撮影は厳禁のため、当然撮影しておらず、会場の雰囲気について画像を介してお伝えできないことはご容赦いただきたい。)
遷座奉祝祭はおよそ1時間。
厳かで優しい空気に包まれて、それは終わった。
最後に禰宜がした挨拶の中で、この儀式に参加したことを家族や後世に伝えること「伝承」を参列者にお願いしたことが大変印象に残った。
ところで、歴史ある日本企業の多くは、その敷地内に神社・神棚を持ち、安全や事業の発展を祈願して神事を執り行っている。
そこで行われる一般的な地鎮祭や初午祭、ふいご祭り(金山祭)といった儀式と、奉祝祭の大きな違いは次の通り。
(神事に詳しい方からすれば当たり前のことばかりかもしれないが、お許しいただきたい)
・儀式に関わる神職の数の多さ(当たり前か・・・)
・三方に載せたお供え物が事前に神前にあるのではなく、儀式の中でひとつずつ神職が運び入れたこと。
・参列者全員で謝恩詞と神語を國造に合わせて唱和したこと
・巫女による神楽があったこと
さて、話はもう少し続く。
実は、奉祝祭の帰りに直会の品として頂いたものが大変素晴らしかった。
御幣、お神酒、お赤飯、お餅(餡入り)、そして60年の歳月にわたり本殿の大屋根に葺かれていた檜皮(檜皮)と檜皮から作った記念の箸である。
この檜皮と箸を記念に渡すセンスにもの凄く感動した。
記念であり、再生であり・・ましてや箸に。
なんという感覚。これぞ日本人。
日本人の感覚といえば、今年の初め、建築家の隈研吾氏とIDEEの黒崎輝男氏の対談を聞きに行った際、
隈氏が法隆寺に代表される木造日本建築が、「汚れ」の思想を持ち、小さく壊し、小さく作る(補修・部材を変える)ことを繰り返す、言わば「壊すことで残してきたもの」であることを話していた。
その時、私はそれを聞きながら、福岡伸一氏の「動的平衡」を思い出し、神社仏閣建築に対する日本人の考え方は「無機質な建物を造る」のではなく、まるで「生き物を創り生かす」ようだと感じたことを思い出した。
国宝、出雲大社・本殿がそうした「生き物」であるならば、今回の遷座はまさにその生き物に「魂」を宿す行いなのだと感じた。
出雲へ向かう機内から見た夕日、富士山、海、そして現地で見た満月、夕日。
宍道湖、大社の松林。どれも印象に深く残っている。
素晴らしい経験をさせて頂いた「ご縁」に深く感謝。
◆平成の大遷宮とは
出雲大社は60年ごとに本殿の修造を行う。
その間、御仮殿という仮の本殿に大国主大神をお移しして、本殿の完成とともにお戻り頂くという宮移しの儀式・お祭り。
正確に言うと、本殿だけでなく周辺に位置する多くの摂社、末社、大鳥居や回廊など、およそ10年の歳月を費やして修造を行うのだそうだ。
平成20年4月20日、出雲大社では仮殿遷座祭を行い、大国主大神に本殿の前に造られた御仮殿に移って頂いた。
その後、約4年半を費やして本殿を修造。
そして、本年5月10日に本殿遷座祭を行い、元の本殿にお帰り頂いた。
写真は博物館にある太古の出雲大社・本殿。
東大寺の大仏殿を凌ぐ壮大な神殿であった。
◆本殿の修造
本殿の修造について、少し触れておきたい。
国宝である本殿の大屋根には檜皮(ひわだ)が敷き詰められているのだが、その数、なんと64万枚。この葺き替え作業は、大屋根の反りなど繊細な曲線も1枚1枚職人の手作業である。
また千木、勝男木に松ヤニやエゴマ油を用いた塗料を塗る「ちゃん塗り」が130年ぶりに施されたという。