パルミラ生活も早4日目。田舎の景色のもなんとなく慣れてきた。ただ、料理レッスンまでの長い間、何もやることがない。最初はそれでも良かったが、なんだかつまらないのだ。宿の主人たちは私のことは全く無関心のように日常を過ごしている。お互いまだ話もさほど出来ない。でも私は一人で来ているんだから、少しはご機嫌伺いしてくれたっていいじゃない!!今まではどこのリゾート地でも優雅なサービスだったのに・・・何故?いかがお過ごしですか?ぐらい聞いてくれたっていいんじゃない?。少し腹が立ってきた。なんだかイタリア人が嫌いになりそうだ。それにも増して、襲ってくるのは寂しさ。 イタリア語もわからない、会話も出来ない、長い食事時間もつらい、そしてやることがない・・・。孤独感。来るんじゃなかった。なんだか日本に帰りたくなってしまった。
まだ4日目、あと3週間ほど滞在は残っている。そうだ、もう帰ろう・・・・お金は仕方がない。もう料理の勉強もあきらめよう、悔しいけどそう思った。 ただただ、ここを抜け出したい!!
でもどうやって帰るの???ここはバスも殆どない。バスの乗り方だってわからないし、切符はどこで買うの?
もちろんタクシーの呼び方だってわからないのだ。私はイタリア語が話せない!
ここの宿の人間に話さないといけない。
こうなったら、アッスンタかステファノに言って、送ってもらうしかない。でもなんていったらいいの?
電話があって、家族が倒れたとか???からだの調子が悪いとか?? なんかどれも嘘くさい。
それにこんなことを話したら、きっと気を悪くする。どうしよう???
こんな葛藤があと一日続く。でも状況は変わらない。
思い切ってなんでも話そう!そう決心して、私はアッスンタのところへ向かった。
アッスンタは部屋で書き物をしていた。こんな話・・・・ブルーな気分・・・・・・
彼女が私に気づく。チャオ!!と笑顔。
私は部屋に入ってたどたどしい英語で、彼女に今の状況を話し始めた。
私はてっきり彼女は怒った顔になると思っていた。 でも彼女はにっこりと微笑んだ。そしてこう言った。
実はね、私たちも一人で来ているあなたにどう接していいのかわからなかったの。 アジア人のゲストはあなたが初めてなのよ。私もアジア人を全く知らないし、どうしてあげればいいのかわからなかった。日本人(あなた)はおとなしいから、変に声をかけなかったの。 みゆき、何でもどんどん話して欲しいの。
私は思った。お互いにモヤモヤしていたんだ。 その頃のパルミラはまだ開業して間もない状況で、当時田舎にアジア人なんて来るわけがなかった。つまりお互いのコミュニケーションが足りなかっただけなんだ。
すごくすっきりした気分になった。さっきまでの「つまらない病」とホームシックはどこへ??
私は理解した。イタリアではだまっていることが良しとはされない。あの食事風景を思い出してみるとわかっても良いはずだった。言いたいことは言わなきゃダメ。 言わないと始まらない。言わなくても察する、という日本や高級リゾート地とは違う。他人のプライベートには干渉しない。それがイタリア人なのだ。
言わなくて良かった。最後の一言「日本へ帰る」って。
これからは、通じなくてもいいから、コミュニケーションをとろう。ただそれだけでいいのだ。文句だって言うぞ。
このときから、私とアッスンタたちとの関係ががらっと変わった気がする。
今思うのだが、もしパルミラがもっと都会にあって、バスが走っていたら、きっと私は逃げ出すように帰っていたかもしれない。いや、きっとそうだ。もしそうなっていたら、今の私はない。本も書いていないし、料理の仕事もしていない。そしてこの文章も書くことはないのだ。
明日はランチ・レッスンだ。どうやら友人たちがまた遊びに来るらしい。それでいっぱいランチを作って、みんなで食べようっという訳だ。
第一の試練をこえて、私はほんのちょっとだけイタリア人がわかったような気がした。
