医者を目指したきっかけを鮮明に覚えている。
2年前高校一年生の夏の週末、クラブが日没とともに終わり、一週間ぶりに下宿先から帰宅して夕食にありついたときだ。少し小さめのテレビから戊辰戦争の特集が流れてきた。
いつもならば歴史に全く興味がない僕は、さらっとコメディーチャンネルに合せていたのだが、その週末は父の帰宅が早かった。
橋田寿賀子のドラマのようにいつまで続くんだ?と思わせるような残業ばかりの父の姿が、今は僕の目の前にあった。
どうもドラマは1クールのお休みに入ったみたいだ。
そんな父の姿を正面に見ながら顔を横にやり、目のやり場を探すようにテレビに目を向けた。
新政府軍と旧幕府軍が覇権を争っている世界観が映し出されていた。僕が日本史で習っていた内容が主だったが、途中から僕が知らない内容が流れ始めた。
アメリカから渡ってきた医者が新政府軍に就くまでの回想シーンが入り、名をウィリアム・ウィリスと紹介した。ウィリスは新政府軍の医者として負傷者を治療し、やがて戊辰戦争が終息に向かうと、帰国せずに新政府軍とともに鹿児島藩に入り、医者として治療する傍ら医学校、病院を作り、生涯を捧げ医療を広め人々を救っていったのだという。
僕の心に小さな雫がポトリと落ちた。ウィリスが見知らぬ土地の、自分とは人種の違う人間を救い、生涯を捧げたこと。
ウィリスの人間性も立派だが、ウィリスという人物が貫き通した医者とはどのような職業なのか少し肌で感じてみたくなった。
医者について知っている事といえば、病気の人を治すこと。僕も何度かお世話になっている、医者という職業について深く考えたことはなかったし、考えようともしなかった。
広がっていく波紋をよそに番組が終わり、僕は正面の父の姿を見るやいなや、つい言葉が突いて出た。「これから勉強頑張って、医者を目指そうと思うんだけど…」
もともと、理性よりも感情が思わぬ形で出てしまう僕の悪い癖が、1クールのお休みに入っている父を襲った。
その時の父の顔を言葉にするなら素っ頓狂と表現できそうだが、僕に言わしたら泉ピン子が姑女に厭味を垂れた時の角野卓造のリアクション顔とそっくりだった。
つかの間あけて、「頑張れよ」と父が言ってくれた。短い言葉だったが嬉しかった。すでに父の顔から角野卓造の姿はなく、お休み中の父の姿に戻っていた。波紋が水面から水深へと伝わっていく感覚を感じながらご馳走様と席を立ち、自分の部屋に向かった。