akikoです。^^


今日は春分☆

2014年、本スタートです。



今年はものごとの進み方がとっても早いです☆

占星術で、牡羊座、獅子座が流れを作り、12月には射手座も加わって
火のエネルギーが働きかけるから、そういう影響も多分にあります。



私は1月下旬には新しい職場が決まり、2月から勤務。
長年オフィスワークを主にしていたのだけれども、

「本音を言う」
「本音で生きる」

こう思い定めることができるようになったので
「私が出来る仕事を選ぶ」ということだけではなく、

 ・私が楽しくできる仕事・職場
 ・人に、モノに喜ばれること
 ・仕事を通じて愛(私)を表現できること

そんな視点で仕事を洗い出せた。


生活基盤を支えるものとして、収入のいいものを選ぶことが多かったのだけども、
長年やってきたオフィスワークを選ぶのは、もうしんどくなった。
自分にウソつくのはイヤになった。

好きでもないこと、やりたくもないことをこの先もずーーーっと続けていくこと、やめました。
とても疲れてしまうから。

「人生はやる羽目になったことをやるだけ」
そうだとも思います。
やる羽目になったオフィスワーク、直近の仕事はテレアポでした。
多分自分に合わない仕事ナンバーワンのテレアポ、内勤営業。

業務としてはこなせるのだけど、
私自身がどれだけ役に立っているのか、人に喜ばれているのかがわからないので
やっていても一つも楽しくないの。
打っても響かない、響き合わないからなのかも。

自分が楽しい、面白い!!って思えるものは、
素直に「これいいよ」って伝えられる。
この、心が楽なこと、心が楽な仕事。
今は、地元のファミレスでウェイトレスをさせてもらってます。
他にはYOGAの会開催とレイキトリートメント、ボディトリートメント、占星術オイルシェア会、夕食会など。


メイン業務が対面サービスのウェイトレスになったことで、
とっても楽チンになりました☆
人と関わりたかったんだよね。


料理は食べるのも作るのも好き。
カフェでお茶するのも好き。
友人と語らうのも好き。
笑顔が好き。
人が好き。


好きな人たち、楽しい仕事、家族、友人に囲まれている。


はぁ~、すごいわ、自分事ながら。
出産後数ヵ月後の大転換、人生で一番ぐらいに天地がひっくり返る出来事。
究極に大変だった。
大変だったから大きく変わった。

その人、その出来事があったから、今とても幸せな私がいる。
その人、その出来事がなかったら、私はここまで幸せを知ることができなかったと思う。
大変なことは、楽しいことや幸せを沢山連れてくる。
本当にありがたいなぁ。


全部の出来事が連鎖してる。
私が今、家でブログを書いている。
昨日は仕事と料理と子どもとの楽しい時間。
一昨日は母にラブレターを書いて、友人にも書いて。
先一昨日は。。

辛い体験だって、数年も泣き続けたことも沢山沢山あった。
いろんな人、いろんな出会い、楽しいこと、悲しいこと、幸せな時間、苦しい時間。

全部、全部、産まれて、今日ここに来るまで出会った全てのこと、ひと、もの。
私はその全てに、今、感謝してる。

みんなが大好き。
10年前には、みんなに大好きなんて、到底言えない私だった。
5年前だって言えなかった。
好きな人限定で数人にしか言えなかった。
でも、出会った人みんなが大好き、出会った人みんなにありがとう と言える自分になった。


すごいなぁ、私(笑)

嬉しい、楽しい、幸せばっかり言ってると、本当にそういうことしかやって来ない。

実際は、現象はゼロ。
嬉しいも悲しいもない。
自分がそうやって色づけしているだけ。

だから、これは私の趣味として、何があっても嬉しい、楽しい、幸せ、ありがたい、感謝 に変換することで、本当にそういうこと、びっくりする面白いことがやってくる。


これから出会う人、もの、こと 何が来るんだろう。本当に面白い☆
私はもう流れに乗ってしまった。^^

やることは、喜び合うだけ。
そわか(掃除(キレイ投げ掛け)、笑い(笑顔投げ掛け)、感謝(うたし言葉投げ掛け))実践だけ。
目の前の人、もの、ことを大事にするだけ。


こんなシナリオを書いた自分にも大感謝(笑)


お母さんがこの世に私を産んで育ててくれた、お母さんありがとう。
お父さんがいたから私が産まれた、お父さんありがとう。
兄弟姉妹が沢山いて私を揉んでくれた、兄弟姉妹にありがとう。
お父さん、お母さんの両親、ご先祖様ありがとう。
命を繋いでくれたあらゆる存在、出来事にありがとう。

この時代、この場所に産まれてよかった。
あなたに会えてよかった。
私は本当に幸せです。^^


これからの半生が、ウフフ これまた楽しみです☆
いつ死ぬのか、今まだわからないけれど、
明日死んでもいいように、
一日を一生として、一刹那を一生として
今日も楽しく生かせて頂きます。

あ、明日や明後日死んでしまったら悲しむ人が沢山いるのと、
まだお役目もあり、やることも、やらされることも、学びも、気づきもあるので
当面は生きます、生かされていますよ。

もっともっと、あなたと愛し合って、
大好きな人たちとも、うんと交流するよ。


10年後には、またお祝いしよう。
家族で楽しく仲良くいい時間を過ごせたこと。
よき友人にも囲まれて、とても幸せに過ごせたこと。

そのまた10年後にも、またお祝いしよう。
そして、そのまた10年後も、よかったねっ、幸せだよねってお祝いしよう。

生きている間に、沢山、お祝いしよう。
今日を無事に終えたとき、
今日も楽しくて嬉しくて幸せな一日だったって。^^



かみさま・ほとけさま・しゅごれいさま・せいれいさま
ゆうじん・ちじん・かぞく・からださん



目に見えるものにも、目に見えないものにも

みんな ありがとう^^
先週、2/1は兄の13回忌法要でした。
兄のこと、あの頃の事を思い出していました。

亡くなった当日頃、父から知らせを聞いたこと、
突然の知らせだったので、信じられない という思いと、
父からの連絡なので、嘘ではないのだろう という思いと、
何かドキドキとしていました。

実家に行ったら数日は帰れないし、今日は休日だから、
とにかく部屋をキレイにしよう と、そのとき掃除をしました。
夕方か翌日に実家に行きました。
兄弟が実家に久しぶりに集まり、泣きました。

20歳のとき、はじめて異常な行動をとったことで
うつ病 発病していたことに気づき、
その後、躁鬱を繰り返し、
最終的に精神分裂病と診断されていた。

本人は、僕は病気じゃない、という。
私も、病気じゃない、と思う。
でも、これはかなりヤバイな、と思う行動がある。
確かに分裂しているからでる言葉や話がある。
だから、病気だ、とも思う。
両方だと思う。
でも、多分、病気 というレッテルを貼られてしまう本人が、
一番辛いということも、私はよくわかるのです。

父はそういうことが、わかってなかったかもしれない、
というか、生活のためにも、レッテルを貼って援助をもらうよりしかたがない、ということがあったんだろう。

母も、すこしはわかっていたかもしれない、
でも、年がら年中火の車なのだから、そんなことは仕方のないこと。
役所に行って手当てをもらえるならそのほうがいいのです。
そうするより仕方ないのです。

両親は家で縫製の仕事をしていたので、
ミシンを踏んで仕事をしている父のところに来て、
4-5時間も、ずーーーーーーーっと喋り続ける。
それが、毎日、毎日。
はたからみたら、異常な行動。


3つ上の兄のこと、
私は結構良く知っていた。

他の兄弟とは、随分と異なる感性を子どもの頃から持っていた。
自己表現、アピールが下手。
長女にいつもきつくコテンパに、言葉の暴力を浴びさせられるが
一切反論しない(多分出来ない)

優しいとも、弱いとも、幼稚とも思える、
そんな人だった。


両親は、子どもが多すぎて、日々の仕事と生活に追われまくって、
ケンカしまくっていたから、
残念ながら、そういう子どもへの配慮やアプローチがわからなかった、と思う。

20歳で発病したのは、兄がものすごく劣等感を持ち続け、
プライドが高く、他者との交流方法を身につけられなかったから、だと思う。

高校1年生だった私は、うつ病と聞いて、すごくイヤだった。
家族に、兄弟に、そんな人がいる なんて、人に言えない と思った。

入退院を5回、復帰して仕事したりもして、
でも、友達がいなくて、テレピやゲームやパソコンが友達、という、

自宅の自分の部屋から一歩も外にでない、
両親以外との交流がない
そりゃー、病気になるよなぁ。

人間社会に生きているのだもの、
他者と交流しなかったら、
感謝をしたり、恩を返したり、
していなければ、生きていられない、
生かされることがない。

辛いことがあったよ、あのときいやだったよ、
悲しかったよ、苦しかったよ、

そうやって、言うのはいいよ。
吐き出すときもあるよ。

でも、いつかは、
全てのこと、環境、自分の身の回りにいる人、
そういう自分以外のもののせいにしていても、
どうしょうもないということに気づいて、
人のせいにしてきたことを、
全部自分のせいにすること。

だって、自分の投げ掛けの結果なのだから。
自分が投げたボールが、自分のもとに戻るのだから。
どうやってもそれから逃れることができないのだから。

苦しくて辛いのなら、
人のせいにするのをやめる。

弱いの、悪いの、お金がないのを人のせいにするのをやめる。
社会のせいに、環境のせいにするのをやめる。


兄が亡くなったときは、悲しかったし、
何もしてあげられなかったと、苦しくなった。
しばらくは色々と考えていた。

今思うと、仕方がなかったことだけど、
そのときは、力になることができなかった自分を
悔いていた。

五回目の入所。
本人は行きたくない、行ったら帰って来れないからイヤだと言った。
でも、父も母も、年をとって体力が落ちていたし、2人だけでは
見る事ができないので、兄が母を突き倒してケガをさせてしまったのだから
仕方ないよ、また直ぐに戻ってこれるから大丈夫、と施設に送った。

毎回、週に1度は面会に行く母。
このときも、両親で施設に行った。
けれど、父が、今回は兄が母に怪我させたので、今日は会わなくていい、と
母に言い、母は、兄に会いたかったけど父に言われてしまっては
面会に行くことができないので、それで帰っていった。

兄の訃報を聞いたのは、その翌日だった。

つまり、面会に行った日、母は面会せずに自宅に帰ったその日の晩、
兄はこの世を去った。



実家で、母に会ったとき、一日で
母の髪の毛が真っ白になった。びっくりした。

私は、過度な心配性の母親を、内心責めていました。
母親がものすごい心配するお陰で、
兄に取り付くことができない。
そのために兄の病気が進行してしまうことは
私にはよくわかっていました。
だから、亡くなってしまっても、
母のせいだと思っていたのです。

母のせいだと心で思っていて、でも、
一日で髪の毛が真っ白になるなんて
はじめてみたので、びっくりしました。
ショック なんていう軽い言葉では当てはまらない
母の心境の現れでした。
母のせいだとは、とても言えませんでした。

母は、あのとき、面会していたら、
こうならなかったと、何度も何度も
悔いていました。

母の、異常なまでの心配性と恐怖が
やはり子どもに多大な影響を与える。
私もそれを受けているけれど、
今思えば、それすらも学び。


あの頃は、混乱していたけれど、
時間が経って、
私も結婚したり、子どもができたり、
色んな経験を経て、

今回の法要では
兄に、ちょうどよく生まれて、ちょうどよく死んで、
ちょうどいい両親、兄弟、社会情勢、友人、
私たちに沢山のことを教えてくれてありがとう。
いつも、ご先祖様たちと一緒に、私たちを
見守ってくれて、助けてくれてありがとうと、
感謝の気持ちを伝えることができました。

もしかしたら、家の悪いものを一手に引き受けてくれていたのかもしれない。
兄のお陰で、私は人の気持ちがよくわかり、
優しさ、温かさ、知恵を伝えることができます。

32年の生涯を終えて、おめでとう。
明日は、マイ新月。
だからってワケじゃないけど、
ここ1-2週間の動きや留まりや溜り、
つまり、スーパーデトックス新年バージョン が ありました。

あちこちで、2014年は、新たなスタートの一年だということを聞き、
自分自身に重ね合わせても、そのような感じがするので、
そういうことにしています笑。

昨年も、一昨年以上にあちこちに出かけたお陰で、
よい仲間やご縁が広がりました。

ここ2年ほど、外に、遠くに出て行っていたのですが、
家まわり、自分まわり、家庭、子ども、近所、地元、土台、土作り、貯金。
今年はこんな感じ。

アウトプットを沢山する。
講演会をやる。
裏方、スタッフをやる。
自分の本業に力を注ぐ。
ということになりました。

2日ほど前にダンシャリ友人に
近況をシェアしあうと、大概同じような流れ(笑)

どうしても書類整理に手が着けられなくて、
今なら出来るし、手伝ってほしいというと、
ちょうど明日なら都合がいいと。
それが、私のマイ新月の日と重なりました。

よく、新月前には捨てやすいから、ダンシャリ、片付け、断食etc
するといいと言われています。

まあ、やれるときにやる、
やる気になったらやる、
それでいいと思ってるのですが、

不思議と、
新月前後に、捨てたくなる(片付けたくなる) 要素が増える感じがします。

家の掃除も、だけど、
心の中の掃除も、同様に起こってくるような気がします。

そして、自分の中で大きかった書類ダンシャリ。
これを明日、友人の協力によりスッキリすることにより、
仕事とお金の流れがスムーズになり、
よりいっそう、書類周り、貯金、お金周り、友人関係がスムーズになることでしょう。^^♪

今まではよき仲間が増える一方だったのですが、
今年はよきお金仲間も増えそうです^^♪
嬉しいなぁ。
ブログ整理をしていたら、
2011.7.3に下書きしたまま眠っていた記事が出てきたので、そのままUPしてみます。^^;

このころは、3.11にあった大地震と原発事故のことで、
毎日毎日、どうやって生きていくか、
どうやって子どもを守っていくか、
どうやって生活をしていくか、
未だかつてないほどに、
恐怖が次から次にたたみ掛けてくる中で、


真剣に、
本当に真剣に、
どうやって生きていけばいいのか、
それこそ毎日24時間ぐらい考えていました。

震災から1年は、一日がものすごく長く感じた。
たったの1年の時間が、10年分ぐらいの長さに感じた。
ものすごく濃くて、毎日毎日、ものすごい情報と恐怖と不安に
苛まれながら、生きていました。


2歳の娘と、ギリギリの暮らしをしながら、
どうやったらいいのか、
生活不安、恐怖が消せるのか。
どうやったら、子どもを心身健康に、元気にしていることができるのか。。
極限の長期的な恐怖と不安と、
同時に染み入るような優しさと温かさのメッセージ。

これは気分転換に、面白かったこと、面白いと思ったものを書いたみたい^^
2年半前に私がかいたものだけど、、成長したなぁと思います。^^


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今から約20年前、宇土巻子さんの著書、カントリーキッチン(だったかな?)を読みました。
アリスファームをされてる宇土さんの本は面白く、田舎暮らしに憧れていた私は、何度もこの本を借りて読んでいました。

牛の父を絞りそこから本格的にチーズを作る方法とか、
土地を耕し農産物を作る方法とか、
随分と昔に読んだので、内容はおぼろげですが、
身の回りにその環境があれば、すぐにでも実践できるように、
現実的に書かれていたと記憶しています。

このころから、梅干づくり、味噌作りなど、
私の母が作るのは見たことがないものに、憧れを抱いていました。

数年前に妊娠をし、少しばかり時間が出来たこともあり、
梅干、味噌、豆腐、などを作るようになりました。


もともとベジタリアンぎみな私。
玄米や全粒粉(小麦粉)など、精製度の少ない、骨太な素材が好き。
野菜も基本的には皮の着いたまま調理します。
だから、簡単だし、コクは出るけど、ゴミは出ない。
一石3丁ぐらいです。

ここ数年は同居人の希望で、米はほぼ玄米で、
そうなると、味噌汁や漬物や納豆があれば、まぁまぁ足りてしまう、という感じになってくる。
野菜惣菜が色々あり、月に2-3回位焼き魚や煮魚があれば嬉しい、という感覚。
家計がキビシイという状況も手伝い、随分と簡素な食事です。

上限のある家計ということと、
なるべく健康を維持する食事という生活の中で
発酵食品(納豆、糠漬け、漬物、しょうゆ、甘酒など。。)に関心を持つようになった。

納豆は子どもの頃から大好きだし、
以前天然酵母のパンを作ったりもしました。


いつからだったか、梅干づくりや味噌作りに興味を持っていました。


このおじい様(ご本人は「おにいちゃん」を希望?)、なにせ、かっちょいいです
本業は、グルンパという機械の発明家で、
国内外で「悪臭解消業」をされている方だそうです。

このご時世に実名も電話番号も住所も写真も公開し、
Twitterや手づくりのHPなど、ハイテク通信技術を駆使され、
(しかもハンパない更新速度で)
現代社会に吼えていらっしゃる、まさしく「獅子の精神」。
自称・喧嘩好きで過激なのですが
表現力豊かな文章にぐいぐい引き込まれ、
不快感を与えないから不思議

米のとぎ汁乳酸菌、ブログなどいくつか

http://omariak.exblog.jp/16288132/

レシピなど
http://indian.blog11.fc2.com/blog-entry-784.html

飯山さんの
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/344.html

アメリカ在住者
http://bayachainsaw.blog3.fc2.com/blog-entry-203.html

わかりやすいかも
http://blogs.yahoo.co.jp/tisane8/4275992.html