11月1日から実家の函館にいってきました~~~~。
たくさんもてなしていただき、楽しい日々を過ごしてきました。
大満足。
うちの両親は悪い人ではなかった・・・・・って思ったりします。
過去のあの恐怖はなんだったのか?って思わずにはいられませんでしたが。
ましゃおみ社長お披露目でした。
お父さんはましゃおみをめちゃめちゃ可愛がってくれました。
ましゃおみをベビーカーで散歩いこうとしたら、お父さんも一緒に行こうかといってくれて。
一緒に散歩しました。
お母さんも全力でもてなしてくれて。
北海道という土地で、公務員を選んで育ててくれたからこそ。
お金に困らずに、3人私大も含め卒業できたのではないか?と思います。
じゃ~よかったね・・・・っていう話で終われるかと思うところでしたが。
やはり。
私末っ子で、母よりどちらかというと父に見た目が似ています
きっと性格も割とお父さんと似ているところあるんですよね。
せっかちいいますか。
時間に厳しいといいますか。
実家に帰省して思ったけど。
私お父さんに愛されているんだよね。
可愛がられているんですよ。
これが、母親の嫉妬を幼少期かっていて。
あとは、姉からの嫉妬されていたんだよな・・・・ってことがはっきり意識化できたわけです。
子供がいない姉はましゃおみをかわいがってくれているようにみえなくもないけど。
ましゃおみかわいいね~~~っていう言葉より。
何かと顔が大きいねとか。
スタイルがよくなることはなさそうだねとか。
何かととげのあることを言うんですよ。
あ~~~嫉妬しているんだな~って今なら流せるんですけど。
ましゃおみ写メとか送ると、無視しますからね。
だから送るのほんとうに僅かしか送っていません。
私が37歳ですから。
十分待ちましたよ。
それでも姉が子供産まないんだもの。
私だってギリギリだからさ。
十分待ったと思っておりますよ。
だから文句言われる筋合いはありません。
そう考えると。
幼少期から、母親に嫉妬されて。
姉に嫉妬されていたな・・・・・と意識化できて。
それがとっても怖くって。
いっつも譲ってきたんだよな。。。。
って。
別に普通にしているだけで、嫉妬されてしまっていたから。
なんだか、生きているだけで、申し訳ない。
っていう罪悪感を持って生きてきたんだよな。
だから、いっつも何かもらったり、得たりすることを避けてきたんだって。
だから、いつも申し訳なさそうに生きてきたんだって。
なにか悪いことをしている様な気持ちを持ってしまっていたんだ。
自分はそこにいるだけなのに。
何かと相手の気分を概して嫉妬させてしまう存在。
私は余計な子供なんだ。
3人目の私は、はっきりと親に
できているとは思わなかった。
できていることに気づくのが遅かった。
と言われている。
だから作ろうとした子供ではない。
その上、嫉妬されるってことは、余計な存在とも解釈していたんだろうな。
だから、迷惑かけない。
相手が喜ぶ存在であろうと決意し。
自分の気持ちは封印したんだ。
わがままをいった記憶なんてない。
求めらていた子ではないし。
嫉妬はされるし。
なんか摂食障害になったのもうなずけるくらいの理由がそろってきたな。
つじづまがあった。
幸せになりたいのに。
いっつも最後の最後で譲ってしまう。
誰にもばれないところで幸せを享受しようと思っていた。
幸せな話を人にしてはいけないっていうルールもあった。
回避が強いのも。
幼少期のこの嫉妬が大きな要因。
嫉妬されるから、お父さんにも甘えられなかったし。
母親からは愚痴を垂れ流され、お父さんに愛されていることを嫉妬されるし。
兄は無視だし。
姉も嫉妬してくるし。
私のことを理解し、子供らしく居させてくれる人は我が家にはいなかった・・・・・。
その幼少期のやり方を大人になってもやっていたから。
人からの助けを求めなかったし。
甘えもしないし。
一人で何かを解決しようとしすぎていた。
ちょっと不幸せそうな自分を演出していたし。
上司から好かれたり、評価を受けると、譲ったり、逃げ出したくなっていた。
それは、きっと、受け取ったら周りから嫉妬されていじめられるっていう無意識の行動だったんだ。
結果受け取らなくっても、嫉妬されるという現実を引き寄せていたけど。
何かと嫉妬されるというトラウマの再演を起こりまくっていて。
男らしくし、女の人の敵にならないように。
自分を隠して道化役を演じることで。
好きな人より、周りの女子に好かれることを選んできた。
健気でしたね・・・・
もう大人だから、そんな方法とらなくてもいい。
上司から好かれたりしないと、出世できないし、仕事もうまく回らない。
だからこの癖を治したいものだ。
