【育児ネタ】~双子妊娠をふりかえる~ | 全てが愛で満たされ、健やかでありますように

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奈良県でヒーリングサロンをしています。
スピリチュアルカウンセラーのacoです。
現代レイキマスターとしてヒーラーもしています。

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お腹に双子ちゃんがいるとわかって先生から言われる言葉は

 
 
 
多胎妊娠には安定期はありません。
 
 
色んなリスクが伴います。双子を産める病院は県内に3ヶ所しかありません。(当時)
 
 
 
この3つの病院にはNICUがあります。うちでは産めないので、そちらへ移って下さい。
 
 
 
と、なんとも不安を煽る言葉ばかりでした。
 
 
 
双子妊娠といっても、3タイプあって、へその緒の数や羊水を仕切る膜の数によって出産リスクが変わります。
 
 
 
 
ハイリスクであれば、3つしかない病院ですら受け入れてもらえない病院もありました。
 
 
 
 
幸運なことにうちは二卵性双生児で、一人に1つ胎盤と羊水の膜がある1番リスクの低いタイプでした。
 
 
 
 
双子妊娠中は、思い描くマタニティライフとはほど遠い、不安の連続の日々でした。
 
 
 
 
3歳になったばかりの、やんちゃ盛りの長男くんに加え、いきなり新生児が二人もやってくること。
 
 
 
私に3人も育てられるのだろうか、、、
 
 
 
どうやって育てるん?
 
 
 
当時、何でも一人でしなくてはならないという価値観を持っていた私は
 
 
 
考えすぎて思考が停止し、
 
 
途方にくれた日もありました。
 
 
 
加えて悪阻がひどく、
 
何も食べられず
 
 
五キロも体重が落ち、薄っぺらい体が、さらに薄くヒョロヒョロになりました。
 
 
 
入院を進められましたが、
 
 
 
3歳の長男くんを実家に残すことを考えると、
必死で困ります!と訴えている自分がいました。
 
 
 
先生には、
「2週間後、100gでも減ってたら即入院ね!頑張って食べて!いつでも入院できるようにしとくから連絡して。」
 
 
 
と宣告され、
 
 
吐き気と戦いながら、死に物狂いで食べ物を体内に流し込みました。
 
 
 
一人目の悪阻とは全くレベルが違い、仕事も家事もできず、結局はしばらく実家でお世話になっていました。
 
 
 
ちなみに長男くんの時は白衣がパツンパツンになる妊娠8カ月まで元気に働いていました。
 
 
 
 
悪阻が落ち着いたかと思うと、
妊娠5~6カ月にかけて、お腹が信じられないスピードで大きくなりました。
 
 

前回の出産でお腹の皮膚が伸びているのと、双子が入っているのとが相乗効果で、
 
 

妊娠6ヶ月にして、単胎なら臨月くらいの大きさになりました。
 
 
 
あまりに、急に大きくなりすぎたので、体がどこを重心にして立てばよいのか、バランスがわからなくなり、腰に痛みが走り、しばらく辛い日常生活をおくりました。
 
 

双子妊娠というのは、子宮の入り口が開きやすく、子宮頚管の長さを気にしながら生活しなくてはなりません。
 

 
子宮頚管が短くなると、早産のリスクが高まるため、切迫早産で管理入院をしなくてはなりません。
 
 

双子妊娠において、管理入院をしない妊婦というのは、ごく稀で、月に2度の検診ごとにいつ入院しなさいと言われるか、非常にびくびくしながら臨んでいました。
 
 

妊娠25週をすぎたあたりから、また体に異変を感じました。


息が苦しい。
胸が苦しい。
吸っても吸っても、呼吸が楽にならない。
発作?
過呼吸?


いや、違う。


家族に背中をさすってもらい、じっとしてると、なんとかおさまるのですが、怖くて怖くて。
 
 

旦那さんは仕事柄、不在のことが多いので、予定日の約3か月前には早めの里帰りをし、またまた実家で暮らすことにしました。
 
 

先生に動悸の症状を伝えても、

「双子妊娠にはよくあることですよ」
 
といわれ、そういうものなのかと納得。

 
ただただ怯えつつ耐える日々でした。


 
33週を過ぎたころ、産科の先生と、助産師さんと、ソーシャルワーカーさんと私たち夫婦で面談する機会がありました。
 
 

コウノドリの小松さんみたいに、助産師さんが
 
「不安なことがあったら何でもいってね」
 
と言ってくれたので、

 
心境の変化や帝王切開のこと、双子育児のこと、子育て支援のこと、などなど色々お話を聞いてくれました。
 
 

そして、漫画を読みすぎて気になっていた、NICUを見学したいと勇気を出してお願いしてみました。
 
 

快く承諾してくださり、NICUに案内してもらいました。
 
 

感染予防につとめた二重扉を抜け、丁寧に手洗いすると、9台の小さなベッドが並んでいました。
 
 
中には小さな小さな赤ちゃんが並んでいて、
 

 
透明のケースに入って酸素管理をしている子や
 

 
チューブにつながれている子、
 
 

お腹から直接管が入っている子、
 
 

身体が硬直して反り返っている子、
 
 

いろんな赤ちゃんが生きるために頑張っていました。
 
 

一人に一台、バイタルを確認するモニターが設置されていて、
 

 
ドクターや、看護師さん、助産師さんが、モニターをチェックをしながらお仕事をされていました。
 
 
 
酸素不足や、心拍、いろんな要素でモニターがピコンピコンとあちらでもこちらでも鳴っていて、賑やかな忙しい印象を受けました。


早産、低体重で生まれる可能性が高く、いずれはお世話になる場所。



実際に目で確かめることができて、不安が少し和らぎました。
 

 
案内してくれた看護師さんが、

 
「産科で、33週まで管理入院しない妊婦さんて珍しいから、どんな人なんだろうって噂してたのよ」
 
とニコニコしながら
 
 
「でも、納得したわ、こんなに背が高かったんやね。赤ちゃんもこのお母さんなら大丈夫!と思ってきてくれたんかもしれないね。」
 
 
と言ってくれました。
 
 
すでに、私より予定日の遅い双子妊婦さんも入院しているようで、すごく珍しがられていたようです。
 
私は168cmあり、お腹の赤ちゃんは横並びではなく、少し縦にずれた状態で収まっていました。
 
 
次男くんが頭を下に、三男くんは頭を上に逆子の状態で、まるでトランプのJQKのように(笑)
 
 
恵まれた体格に感謝して、残り少ないプレママ生活を送りました。




 
 
管理入院編に続きます。