■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。 -5ページ目

■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

モラハラ専門カウンセラーacnです。
2025年11月1日『「くたばる喜びとっておけ」歪みと支配たちへの長いラブレター』をクエーサー出版より出版しました。
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極めて主観的な話になる。

モラハラや共依存や支配や被支配などの話ではない。


なので興味のない方には、とんでもなくくだらない話になるだろうから、読んで少しでも目が滑るようなら、この先は是非とも読まないでいただきたい。


私が「私」という人間を観察した時、思ったことがある。


「バージョンがないな」

ということ。


「誰か用」の自分がいないな、と最近気づいたのだ。


例えば、職場でも家でも同じ。

我が子と話しても、モラハラのカウンセリングをしていても、私はひとつのバージョンで存在している。


気心知れたゆうちゃんと話していても、近所の方と話していても、私は「同じ」だなって。


そしてふと気づく。


ゆうちゃんもそうなのだ。

ゆうちゃんにもバージョンがない。

ゆうちゃんはゆうちゃんのままだ。

(当たり前のことを力説している気分になってくる)


私は安堵する。

なぜならゆうちゃんは、外側に見せているバージョンと内側のゆうちゃんが同じだからだ。

そこにズレがないから、まるで動物といるような安堵感がある。


でも正直に言えば、内側に持っているものと外側に見せているものが一致していると私が感じられる人は、実際にはほとんどいない。

私からすればレアキャラ。


誰かの人生をどうにかしようとしている人を共依存と呼ぶ。

その人たちは、誰か(主に伴侶や子ども)をどうにかすることで安心しようとすることを握りしめている。

或いは、自分の工夫や言葉かけによって平和が保たれている、という幻想を握りしめている。

その幻想を守るために「自分」を踏みつけている。

自分の人生を生きない、自分のニーズを無視する世界を選ぶことが、自分のニーズだと錯覚している。

それは内側と外側の齟齬を引き起こす。


錯覚を起こすことを責めているわけではない。

これはもう、ロールモデルとしての養育者の模倣と、そのように生きることが命の存続に関わる生存戦略だったろうから。それ以外の在り方を選択する余地すらなかったのだ。


だからこそ私は、その生存戦略メカニズムを駆使して17年のモラハラ生活を生きていけて、そして再婚してからもそのようなメカニズムで5年を過ごすわけだ。


しかし今になって多少の戸惑いが出てきている。


内側と外側に極端な齟齬がある人と話すと、会話が成立しなくなってきたのだ。

極端と書いたのは、懸命にその齟齬の部分を直視しようとして足掻いて、自分を粗末に扱わない道を模索する人と分けたかったから。


「いい人でいたい人」とか

「大きく見せたい人」とか

「謙虚そうに見せたいけど見下している人」とか

「被害者のつもりで加害者の人」とか

「褒められたいから褒める人」とか

「孤高の存在と見られたいから孤高を強調する人」とか、まだまだあるけど、


つまりそのような、内側と外側の齟齬、内側の自分を直視したくないからこその無自覚の擬態を私なりの主観のセンサーが反応してしまうと、もんのすごい拒否反応が起きてしまうことがわかった。

しかも身体症状つきだ。

鼻水が垂れて、目がしょぼしょぼして泣いてもないのに涙が出る。アレルギーみたいに。


私の言葉で言えば

「自分を粗末にしている」状態となるのかな。


それを認めたら「いい人」や「被害者」でいられなくなるような何かを抱えていて、その抱えて圧縮して「なかった」ことにしている「何か」を、誰かの中に映し出して二極化して責めている構図がモラハラなのではないか、と思うと身震いしてしまった。


戦争は常に「正義vs正義」だから。


私は「無自覚な擬態だな」と私が感じることを、嫌悪していない。だって私もそうだったし、順番が必ずある。


ワープなんて出来ない。

それが人生だから。


擬態の直視なんて「死」に等しいぐらいきついから。

それは「覚醒」などと呼ばれるような、到達したら楽になれるみたいな、ふわふわした耳障りのよい世界の話ではない。


それを直視しないためだけに人生を使う人がほとんどかもしれない、と言っても大袈裟じゃないとすら思う。


自分の1番見たくない側面、ユング的にはシャドウ(影)と呼ぶ急所を認識しない為に生きているのに、その側面が紛れもなく自分にあるだなんて。


自分は善人で誰かの役に立っていて、誰のことも傷つけていないと信じることで生き繋いできた人が自身の加害性に目を向けることの難しさってことだ。


でもその側面を死に等しいほどの衝撃で認め受け取り、内側と外側を統合できた人は、動物と同じような感覚を感じる。

どんな自分にもオッケーを出しているから。


先日会ったトシさんにも内側と外側の齟齬のなさを感じた。だから話していてとても心地よかった。


ここは私の場所だから言ってしまうけど、内側と外側の仲直り的なことをするために人間関係があるのかな、と思っているところだ。


そしてそれはゴールではなく、あくまでも螺旋階段、途中でしかなく、死ぬまでその時々の直視せねばならない自己が現れるのだろうなと思っている。



ついうっかり忘れていた。

私は本を出版したんだった。



「くたばる喜びとっておけ」〜歪みと支配たちへの長いラブレター〜、Amazonにて発売中


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三省堂書店オンデマンドでも購入できます


いずれにしてもレビューを楽しみにしていますね。

という圧力をかけてしまいます。


モラハラ&棚卸しカウンセリングメニュー


■電話相談■

60分 8000円


■メール相談■

2往復 5000円


■対面カウンセリング■

60分 20000円

※未破裂脳動脈瘤があるため、対面の値段変えました。

命懸けやし。場所は難波限定。

(事前に2往復のメールのやりとりあり)

(一度お電話でカウンセリングの確認をさせていただきます)

(交通費別途お支払いいただきます)


モラハラやDVにはめっぽう詳しいです。

不登校や親子関係などの共依存関係にも強いです。

行政や警察などへの対応なども詳しいと思います。

脱出後の1番苦しい時にも是非使ってくださいね。

私が1番辛かった時に欲した存在になるためにカウンセラーになりました。


※電話カウンセリングと対面カウンセリングのみ、3000円の値上げをしました。(2025年3月より)


umechobin@yahoo.co.jp


①件名に「モラハラカウンセリング希望」或いは「人生の棚卸しカウンセリング希望」のいずれかを書いてください。


②お名前、年齢、既婚の有無、いらっしゃればお子さんの人数と年齢。


③ご住所(都道府県だけでいいです)


④電話番号

(ご連絡可能な時間も書いてください)


⑤今のお悩み、出来る限り詳細に書いてください。


⑥電話相談か、メール相談か、対面か、どれをご希望か書いてください。


※対面カウンセリングの場合のみ、事前にお電話で確認させていただきます。




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