あれだね。
「謙虚さ」と「自己卑下」は線引きが難しいね。
ここからが謙虚さで、ここからは自己卑下ですって標識でもあれば、おっと危ない危ないとかって方向修正もできるのにね。
けど面白いのはさ、
モラハラ加害者が自分のことを
「謙虚で人格者だ」と本気で思ってて言ってしまえることだよね。
なぜだか聞いたこっちがゾワゾワするほど恥ずかしくなっちゃうよね。
私、人生の中で
自分のことを謙虚だって言っちゃう人で謙虚だなと思える人に出会ったことないわ。
そうした自己認識が現実の自分と物凄く乖離してるケースって多いなって思う。
その中には強い自己卑下も含まれるなぁって思うことがある。
自分では自分を存分に大切にしている認識でいて、
少しでも自分をより良くしていきたいと心から願いながら
「こんな私なんて」
って思ってる人がとても多いと気付いた。
今日はモラハラとか共依存とか小難しいことは抜きにして、単にふわっと私が思うことを書いてみる。
とか言いながら、どうせモラハラとか共依存て書くんやろうけど。
「こんな私なんて」
と、自分をその程度の存在扱いしたら
その程度の存在に扱われる現実を引き寄せるんじゃないかって。
苦虫を噛み潰したような顔でモラハラ加害者の攻撃に耐える日々も、そのような攻撃を受けることを自分に許可している気がしてね。
そんな現実であることを望むはずがないんだけどさ。
でもここからは逃げられないってことを強く信じて、その現実を選択して、選択通りの現実を引き寄せている気がして。
不登校の場合。
子どもが不登校になったら、まず子どもを問題として定義して、子どもをどうにかしようとするでしょう。
まずは子どもの友人関係とか、子どもの体調とか、子どもの精神とか。
それらを子どもに聞いたり専門家に調べてもらうでしょう。
子どもに何らかの原因があるのではないか、と。
果ては、霊能者に霊視してもらったりして子どもに何かが取り憑いているとか、前世からの因縁とか、先祖がとか。
賛否両論あるとは思うけど、私はそこが問題だと思う人なの。
そこってのは、子ども側に何らかの問題があって不登校になっている、と認識してるところ。
もちろん様々な理由が複雑に絡んでいると思ってるよ。そこには発達障害による二次被害も含まれるだろうってわかっている。
私の息子が発達だからね、そこはわかってる。
けど私は、子どもを問題として、そこをどうこうしようとする、子どもの未来のためにって、子どもにアプローチする在り方に問題を感じてる。
引きこもった30代のお子さんに怒鳴られながら、部屋の前にご飯置いてる老いた母親の映像を見たことがある。
胸に重く記憶に残っている。
親の在り方に問題があるとは書いてみたものの、「ここのこんなところです」とはっきり明確に区切って言葉にできるわけじゃない。
でも私はやはり「親」で一旦区切りたい。
両親の在り方が影響していることは明白だから。
お母さんはね、子どもの幸せを願う生き物だよ。
もはや本能だ。
私もお母さんだからわかる。
だけど、お母さんが子どもの幸せ「だけ」を願ったらダメだ。
しっかりお母さんも楽しく生きなきゃだよ。
そうなんだ!って、楽しく生きる姿を見せてまともな大人になってもらおうとするのも違うよ。
どうこう効果を期待して何かをするのはいやらしいことだから。
子どもは、お母さんが社会や人生で楽しんでいる姿からこの世界が安全で楽しめるところだって思えるんじゃないかって。挑めたりするんじゃないかって。
お母さんの頭の中が、モラハラ加害者のことや子どもの不登校のことだけで埋め尽くされるているところに不登校があるのではないかって私は思う。
そこに「自分」がいるようでいないからね。
それを私は共依存だって言ってる。
共依存という在り方でいることで、モラハラとか不登校という状態を現実として選択して引き寄せているのではないか、って。
てことはね。
本当の問題ってのがあるとしたら、
共依存じゃなくなることが出口なんじゃないかと。
共依存という在り方は「治す」とかいったものじゃなくて、「わかる」「理解する」ことなんだ。
共依存としての自身の在り方が立体ホログラムのように見えた時、多分今抱えている多くの問題のメカニズムが理解できてしまうから、被害者ではいられなくなるシステム。
それを私は渡したいんだ。
モラハラで苦しむ全ての人たちへ。
引き寄せたいと願う現実がある時、ついつい
「子どもが学校に行きますように」って願ってしまうけど、それがきっとダメなんだ。
願うべきことがあるとしたら、
「子どものことばかり考えてしまう自分の、子どもへの依存や執着がなくなりますように」ってことなんだと思う。
子どもの状態やモラハラ加害者の機嫌次第で決まってしまう幸せの形に依存している、と自分がわかっていることでやっと引き寄せられる現実が変わってくる。
完全に共依存関係になっている親子や夫婦の中で、ひとり共依存じゃなくなるとどえらい歪みが生まれて、そこからの離脱は大変だよ。
長い時間をかけて完成した共依存関係だからね。
共依存の主要パーツとして機能してきたわけだしね。
脱出よりも大変かもしれない。
でも出口はそこだよ。
「こんな私なんて」
って考えてしまう親の在り方の癖すら模倣するのが子どもだからね。
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モラハラやDVにはめっぽう詳しいです。
反抗期や親子関係などにも強いです。
行政や警察などへの対応なども詳しいと思います。
脱出後の1番苦しい時にも是非使ってくださいね。
私が1番辛かった時に欲した存在になるためにモラハラ専門カウンセラーになりました。
私はそれを経験してるからきっとあなたの気持ちに寄り添える。
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