私には傷があった。
過去形にしたのは、今現在「あった」という表現しか出てこないから。
傷は複雑に幾重にも重なっていたと思う。
その傷?トラウマ?体験?が私という人間の骨組みであったことは確かだ。
でなきゃパニックを起こしてところ構わず倒れて漏らしたりしない。
脱出が本格的になった頃から始まったパニック。
3年は続いたな。
あの頃は倒れながら、ぼんやりと思っていたんだ。
「これ、昔も体験したなぁ」って。
恐らく私は小学生の頃、何度もパニックを起こしていた。真夜中に大声で叫びたくなるほどの不安感がお腹らへんからモゾモゾと湧いてきて息がおかしくなる。
これを繰り返していた。
学校でも漏らしたりもしてた。
パニック障害なんて概念すら知らないし、わかるわけがない。
ただお腹がゾワゾワして不安感が津波のように押し寄せて。泣いて。吐いて。を繰り返して。
多分小学4年ぐらいから不眠だった。
寝たら危ないという感覚があって、今も眠りに落ちそうになると「危ない」と思って起きようとしてしまう。椅子に座ると結構眠れるのだけど。
今も横になって熟睡してしまうのはあまり好きではない。
記憶を失くしていることすら知らなかった。
(失くしていると気付いたのは30歳)
脱出を遂げた後も何度か記憶がなくなり、なくなる前兆もわからないし、とにかく怖かった。
怖い感覚が伝わるかな。
記憶って一本の線みたいにあるはずなのに、ぷつんぶつん途切れてるの。
体験した人しかわからないかもしれない。
足掻いたね。
とにかく足掻いて、わかりたくて必死だった。
暴れるのよ。心の中で。
怒りや悲しみが圧力を持って自分を突き破ろうとするみたいに。
苦しいのよ。
どれだけ声をあげて泣き叫んでも、悲しみの塊からは糸みたいに細いものしか出ていってくれなくて。
憎しみと愛情が同じだけあって。
アクセルとブレーキを一緒に踏んでるみたいな。
アンビバレント。
約10年は見続けた母親を罵倒する夢。
私の心は怒りでいっぱいなまま、掛け値のない愛情とは「欲しいけれど絶対に得られない空想の産物」として、絶対に得られない相手を選び、過去と同じように愛されたいのに罵倒される位置に自分を置いたのだろう。
元夫が持っている愛着の傷は私の傷にぴったりマッチということだ。
今ならわかるよ。
私も元夫も傷だらけだったんだよ。
元夫が両親の前では子犬みたいに大人しくて良い子だったことを思い出した。
お互い立場は違えど、傷だらけで幼児的な万能感を爆発させて私を罵倒し、私は私でそれを受け入れた。
親相手にはその役割しかしてないしね、私。
罵倒と暴力と無視無関心。
それ以外をされたことがないのに、それ以外の対処や反応などできるはずもなく。
再現、追体験、今度こそはって思ってたんだろうなぁ、無意識の領域で。
昨夜、考えてた。
いやいつも考えてるけど、昨夜考えたのは、
なぜ私はここまでの回復を遂げたのかということ。
「あった」と過去形にできるほど健やかに他者と関係を結べて、職場などの人間関係も滞りなく継続していられるのかってこと。
親へのこだわり?怒り?欲しかったもの?みたいな、ぐるぐるしたところにももういなくて、はっきりとした諦めの先にいてて、諦める前が苦しかったんだろうなと昔を眺めてる感覚。
それを私が私にやらなあかんのやなーと思ってるぐらい。
私は現在、確実に癒されている。
その理由。
脱出を手伝ってくれた友人のゆうちゃん(女性)の存在だ。
私は多分、ゆうちゃんに救われたんだ。
一昨日までは、自分でやりきったのすごくね?!とか思ってる自分の頭を蹴りたいぐらいだ。
私が駅でパニックを起こして倒れて救急車で運ばれた時、遠方から車をかっ飛ばしてきてくれた。
そして病院のベッドに横たわる私に
「きてやったぞ」とガハハと笑うゆうちゃん。
脱出前の元夫との家に送ってくれた。
その帰りの車内でも何度もパニックを起こす私の手をぎゅっと握って
「パニックなって当たり前や。パニックならんほうがおかしいんやから気にすんな。死なへんから」
と繰り返した。
私は「なって当たり前、なって当たり前」と呪文のように唱えた。
どこかには書いたと思うけど、病院から帰宅した自宅には私の両親がいた。
母親は、忙しい中で私が倒れたことでどれだけ自分に迷惑や手間がかかったかを捲し立てて帰って行った。
「お母さん、結局、acnちゃんに大丈夫かの一言もなかったな」
ゆうちゃんが呟いた。
いつものことだから気がつかなかった。
なぜか涙がポロポロ出た。
「acnちゃんがどんな世界で生きてきたかがよーくわかった。よう生きてきたな。私は生涯、何があろうとacnちゃんの味方やからな。覚えとき」
そんなことを言ったと思う。
それ以来、ゆうちゃんはずっと側にいた。
私が泣き喚こうが、死にたくなろうが、パニックを起こして倒れてようが、私が辛さを吐き出してボロボロだろうが、まるで何もなかったみたいに
「お、落ちついたか?飯食うか?」
と、飄々と延々と側にいた。
ゆうちゃんは私のお母さんであり、お父さんだったのかもしれない。
子どもと揉めて号泣している私に一言も理由も聞かなかった。泣き喚く私をドライブに連れていってくれて、カフェラテを
「ん」と言って渡してきたのみだ。
約4年もの間、私のそばにはゆうちゃんがいた。
気がついたらパニックも出なくなっていて、私は親へのこだわりや様々な執着や恨みや怒りや悲しみすらなくなっていた。
そんなゆうちゃんと今晩、久しぶりに会う。
2人で晩ご飯を食べに行って、銭湯行くんだ。
だからこのこと、ゆうちゃんはどうせ
「やめろやー」って言うだろうけど、直接言おうと思う。
「ありがとう」って。
右がゆうちゃん、左が私。
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モラハラやDVにはめっぽう詳しいです。
不登校や親子関係などの共依存関係にも強いです。
行政や警察などへの対応なども詳しいと思います。
脱出後の1番苦しい時にも是非使ってくださいね。
私が1番辛かった時に欲した存在になるためにカウンセラーになりました。
2025年、1月から人生の棚卸しも手掛けることにしました。
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