■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。 -193ページ目

■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

モラハラ専門カウンセラーacnです。
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馬子さんからいただいたご質問。
ririさん、ダイヤモンドさんからも同じご質問だとのことなので記事にすることにしました。

【ご質問】モラハラ家庭で育ててしまった子どものケアでacnさんが具体的にしたこと。

これはね、私が正解を持っているわけじゃないことをまずはモラハラ被害者の方々にわかっていてもらいたい。
しかも正解なんてあるかな?
無いんじゃないかな?

子どもの年齢にもよるしね。

いつになったら質問に答えるんだよと思うだろうけど、思いつくままに書くから気長に読んでください。

私が脱出したときの子どもの年齢は、
16歳娘、14歳息子、10歳息子だった。

脱出してから「ケア」しなきゃと思ってた。
子どもの心を「ケア」しなきゃって。
だから子どもたちの言葉を受け取ろうとした。
それが「ケア」だと思い込んでたんだよ。
愚痴も八つ当たりも何もかも、怒りも悲しみも全て受け取ることがね。
自分は死にかけのくせにね。

14歳息子は野球チームに入ってた。
そのチームで野球ができない辛さを容赦なく私にぶつけてきた。
「ママのせいで俺は野球ができひんくなった!どうしてくれる!」
泣いて私を揺さぶった。
申し訳なさで胸が潰れそうに苦しかった。
私は謝るしかできなかった。
早く野球に復帰させてやりたくて、脱出先でたくさんのチームの監督や関係者と話した。
でもそれはダメだった。
野球ができたらいいってものではないからね。

息子は発達障害だ。
小学5年の時に診断されている。
読字障害と注意欠損、衝動性のコントロールができにくい。それは今もあるし、今後も変わらないだろう。
生涯付き合っていくものだ。

この息子は、私の次にモラハラ加害者からのターゲットであった。
アホだバカだといつも上と下の子と比べられ、幼児の頃には壁に投げられたり、電動ドリルで髪の毛を直径5センチほど引きちぎられたりしてた。
抜けたところからは血が出てた。

助けられるときもあったけど、助けられないときも多々あった。
私が訴えたら余計に酷くなるから必死でモラハラ加害者と息子を接触させないようにとつとめた。
だから野球に出てくれて接触が減り良かったのだ。
私も保護者として大忙しだし。

そんな息子から唯一の野球を奪ってしまった。
この罪悪感は大きく、未だに野球少年を見かけると固まってしまい涙が出てしまう。

結局息子は野球をしなかった。
学校にも行かず、家で暴れた。
襖はバッキバキに壊され、壁には穴が開き、顔を合わせれば罵倒された。
昼夜逆転。ゲームばかり。
引きこもり20年ってのが見えてきて、私は気が狂いそうだった。
けれど毎日、弁当を作った。
そのまま捨てられていたりしたけど。
学校に行かない方向で考えたくなくて、行くていで考えて動いてた。

そんな中、娘も毎日私を罵倒していた。
娘の罵倒にはとても心をえぐられた。
なぜならモラハラ加害者と全く同じだったから。
私が何て返事しようと「は?頭大丈夫?」などと言うからだ。
口を開けば
「あんな人間選んだんママやろ?何被害者気取ってんの?」と笑ってた。

10歳息子は、運動会直前の脱出で、あれほど練習したダンスができなかった。
私を責めることは言わなかった。
けれど「運動会出たかった」と泣いた。
申し訳なさで死んでしまいたかった。

これが同時に、そして約2年ほど続いた。
娘と長男からは死ねと何度も言われた。
特に息子からは毎日言われた。

ご質問の回答だけどさ。
子どものケアって、美味しいご飯作って、洗濯して掃除して。
モラハラ被害者らしく罵倒されてただけ。
子どもの罵倒を受け取り続けた。

けど限界がきたんだ。
もうええ加減にせえと。

ママが逃げなあかんかったのは何故か。
何故、17年を投げうって、家庭を壊してまで逃げなければならなかったのか。
それはママのせいか?
モラハラ加害者が言ってたみたいに、全部全部私のせいか?
もうやめてくれ。
私が何をした。
お前らもろとも生きていくために無理やり連れてきたんや。それはお前らを産んだのは私やからや。
おっぱい飲ませて育ててきたのも私や。
生きるために逃げたんや。
とすごく腹立ってね。
だけどさ、そんなに死んでほしいなら死んでやるわって気持ちになった。

「死ね言うなら死んでやらー!!!!!
そんなに死んでほしいなら今から死んだるから見とけ!!!!
嬉しいやろ、よー見とけよ!!!」

と首を吊ろうとしたらお向かいのおばさんとおじさんが泣きながら入ってきたんだよ。
「死んだらあかん!!!」って。

めちゃくちゃ泣いた。
恥ずかしさが一周して、おんおん泣いた。
死ぬのもやめた。

そして私はもう子どもらの言葉を受け取らないことにした。
娘が心えぐること言っても
「は?」って返した。
息子が暴れたら私もバットでもう1枚の襖を目の前で破壊した。
(出る時に弁償しましたw)

もう清々しさすら感じるほど、悪いお母さんになった。
開き直ったっていうか、どうでもいいというか。
受け取らないことで子どもにどんな影響があるかとか、子どもに嫌われてしまうのかとか、もうほんと諸々、どーでもよくなって。
だって自分が1番救われてなくて、1番惨めで、脱出しても子どもに謝っててバカじゃね?と。

腹くくって、どうでもいいをやった。
どうでもいいから本当になんでもどうでもいい。
ご飯も適当になった。
買ってきたお好み焼きとほか弁と王将とか。
ホステスにもなった。

ぶれない、「どうでもいい」だった。
それはもしかしたら、どうでもいいなのに毅然としてた。
今思えば、凛々しいどうでもいいだっかもしれない。

子どもがぶつけてくる暴言は、私の気持ちに正直に、子どもたちの暴言より暴言吐いたこともあったかもね。
子どもからの攻撃にごめんねごめんねと謝る私は死んだのだ。

だからケアしなくなったんだ。
ケアしてないんだよ。
最低だよね。

けどモラハラ被害者やってた自分より今の自分が好きだよ。
そしてこのままの自分でいて、もし子どもがモラハラ加害者気質を模倣していたらいずれ子どもが離れていくだろうなと思ってるよ。
モラハラ被害者気質ではなくなった母親とは関わりにくいと思うもの。

たかが母親がモラハラ被害者気質を克服したぐらいで何かが劇的に良くなるなんて幻想にしがみつくのはやめた方がいい。
どこかに正解があるとすることも。

私がしたことはこれだよ。
あなたは何をする?

誰かを真似る?
それとも自分でやり方見つける?

うまくいく方法ってのを求めたらズレてしまうんじゃないかな。

でもまぁ、毅然とした自分になることは子どもにどう接するか以前に人として必須かもね。

これでお返事になってますでしょうか。



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