モラハラ被害者は、モラハラ加害者から脱出できてからも恐れている。
その恐れの気持ちは長年継続されてきたモラハラ加害による洗脳である。
いつまた攻撃されるのかとビクビク過ごしている。
物理的に離れても、心はモラハラ加害者と共にあるのだ。
がっつりとモラハラ加害者に捕まっている。
と、表現したいところだが。
ちがう。
モラハラ被害者であるあなた自身が、がっつりとモラハラ加害者を掴んでいるのだ。
掴んで離さないのはモラハラ被害者なのだ。
違います!って声が聞こえてくるよう。
昔の私が読んだら、言いそうだもん。
離れたくて脱出したのに、自ら掴んでるって何よ、あなたはそう思うかもしれない。
だけど事実だから仕方ない。
この状態を、「共依存」と呼ぶ。
この状態はきつい。
言語ではなかなか言い表せないな。
激しい身体的DVに長年苦しめられてきたDV被害者が、死ぬ気で脱出を果たしたのち、共依存からの解脱症状のあまりの辛さにDV加害者の元へ自ら帰ってしまうほどにきつい、と書いたら少しは理解されるだろうか。
これから高確率で起きるかもしれない恐怖は、現実的に起きる恐怖を上回る。
そのことはラットの研究を交えて書いたことがある。
ランダムに電気ショックを受けたラットは、次にいつ電気ショックにあうかわからない恐怖から、自ら電気ショックを受けにくるのだ。
共依存からの解脱ってこんな感じ。
加えて、モラハラ加害者から離れて自由になったところで、何の制限も怯えもない生活のほうが逆に不安、みたいな訳のわからん状態になり居心地が悪く感じてしまう。
それほどに、強固にモラハラの一部として機能し、その機能に依存していたのだ。
状態が悪いなりに、悪い状態に適応してなんとかやってきた身体も精神も、悪い状態にロックされているんやね。その状態が共依存。
共依存状態どっぷりの時は、中毒状態であるから
モラハラ加害者の車輪でいることに使命を見つけられるが、きついのはそこから脱するとき。
共依存からの解脱がきついんだ。
まだモラハラ加害者を恐れているなら、あなたはどっぷりと共依存状態であるとしてほしい。
いつまた攻撃されるかとビクビク過ごす、そんな状態であるなら、あなたはモラハラ加害者と心を共にしている、と認識してほしい。
それはもはやラブラブであるほどだ。
こんなこと言う私を憎く思うだろうが、私は耳触りのいい嘘は書けない。
私を憎むことで事態が好転するなら好きなだけ憎んでくれて構わない。
モラハラ加害者は弱いよ。
ハリボテだ。
恐ろしい怪獣に見えるだけの、ハリボテのちっぽけな男だ。
モラハラ被害者のほうが強いよ。
自分を極限まで滅することができるんだから。
自分の喜びや欲求など丸ごと無視して、モラハラ加害者や子どものことばかり考えてるんだから。
ま、それが子どもにとっては虐待なんだけど。
そのハリボテ、これからも恐れていく?
本当は強いあなたが?
あなたの生き方はどこからきてる?
それは誰の模倣だろうね。
あなたはモラハラ加害者を凝視してしっかり掴んで恐れる前に、モラハラ加害者がただのハリボテのおっさんだと気付かないといけない。
そのハリボテのモラハラ加害者を恐れる自分の根っこを掴まないといけない。
モラハラ加害者を掴んでる場合じゃないんだよ。
あなたは弱いと思わされて、弱いと思い込んでいるかつての私と一緒だ。
私は強いとよく表現されるが、私は初めから強かったわけじゃない。
過去記事を読んでも明らかでしょう。
この記事読んだら、ひとまず恐怖感は簡単には拭えないにしても、「ハリボテなのか」とだけ、心に置いてほしい。
あなたは強いんだから。