2015年の年末だったかな。
私は当時、愛され妻を目指して夫婦再生に乗り出していた。
毎年の年賀状の作成をしようとしてた。
いつも子どもたちの写真をバラバラに切り貼りした年賀状ばかりだったから、家族全員の写真がほしかった。なかったし。
「年賀状のための家族写真を撮りたい」
私はそう言った。
2匹の犬も含めた家族写真を撮る。
1枚目はハイチーズなんて笑顔をみんなで作っていたのだが、2枚目を撮ろうとしたときモラハラ加害者がわかりやすくイライラしだし、空気がピリピリしてきたことがわかった。
その空気が子どもと私を萎縮させていく。
「笑えや!」
「なんのために写真撮ってる思ってんねん!」
「お前が撮れゆーたんやないか!」
「わ、ら、え、や!!!!」
私は必死で笑顔になろうとした。
早く終わらせたくて。
だけど顔がひきつってしまう。
どうしても笑えないの。
「笑えってゆーてるやろ!!!」
「早く笑えて!!!」
笑え笑えと止まらない罵声が飛び交う中の家族写真。
合計2枚。
たったこれだけのことすら平穏には済ませられなかった。
何が夫婦再生や。
頭の沸いた私の無駄な希望を繋いだことで、また子どもを苦しめることとなった。
その写真を見るのがきつすぎて結局、年賀状には使わなかった。
だってみんな、お葬式みたいな顔してる。
ひきつった変な笑顔。
モラハラ加害者も感情の見えない爬虫類みたいな顔してた。
私はその2年後に脱出するわけだが、
その写真は見返すことがなかなかできないでいた。
脱出してから3年目。
職場で同僚に当時のエピソードを話しながらその画像を開いた。
同僚はその写真を見て
「嘘やろ」と絶句してた。
同僚曰く、普段から私の笑顔は印象的らしくいつもとても楽しそうに見えていたらしい。
だからこんな顔を見たことがない、と。
「死人みたい」
と言ったのだ。
その同僚は独身男性だったから
「俺、将来妻と子どもにこんな顔ぜったいにさせんようにする」と、しげしげと写真を眺めてた。
なんだかんだ言って、いつも明るい私だから、話を盛り気味にしてるんちゃうんぐらいの認識を改めたとも言ってた。
こんなのはソフトケースすぎて、大した修羅場でもないけど、たまに思い出す。
たったこれだけのことができない。
平穏に終わらせられない。
死人のような顔でいるしかできない。
そんな生活で夫婦再生をしようと試みるなんて。
これは私が私に向かって言っているだけだから気にしないでほしいんだけど、
モラハラ被害者の自分はとことん馬鹿だと思ってしまうことをやめられない。
なぜあんな世界で希望を繋ぐのか。
なぜあんな世界で、私のやり方が悪いだけだ、としてモラハラ加害者に歩み寄ってしまうのか。
言わずもがな、モラハラ加害者は異常だ。
だが、そんなモラハラ加害者の機嫌を伺って、私が悪いからと手を替え品を替えせっせと歩み寄る私も異常だ。
それすらも、家族という単位を必死で保とうとする妻として母親としての標準的な希望としては正常なわけで。
そんな希望がモラハラ加害者のそばでは絶対に叶わないことを気付けないところが異常。
でもさ。
理不尽な攻撃を受けたときに、自分の尊厳を守るために怒りを出していいことを知らなかったんだよ。
理不尽な怒りをぶつけてくる人間に対して、反抗しないように、その嵐が少しでも早く去るように、急所の腹を見せて敵意がないことを表明する、そのぐらいの経験しか持ち合わせていなかったんだ。
機嫌とって媚びて歩み寄る、それしか選択肢のカードを持ってなかった。
たとえ暴力を受けても、身体を丸くして耳に水が入ったようにボワッとした感覚にさせて嵐が過ぎるのを待つしかしたことなかったから。
自分を大切にする雛形を私は持っていなかった。
だからある意味、綺麗にモラハラの型にはまったのだ。
反抗もしない、どれだけ虐げてもどれだけゴミのように粗末に扱っても、私の何が悪かったのだろうと勝手に悩んでくれて、勝手に笑顔で歩み寄ってくる高機能サンドバッグ。
夫婦再生。
私にはそれができる!と、希望に満ち溢れて全ては愛なんてやってた自分が憎い。
今目の前にいたら張り倒すよ。
あんたの無駄な希望で子どもを虐待するな、って。
現実を見ろって。
そこに幸せがないことを認めろって。
これはもう
「モラハラ被害者」という名の病理だと思う。
そんなことを考えてしまう、土曜日の朝なのでした。