池再生プロジェクトの裏で起きていたこと。 | ■なんのこれしき■ 魂からの言葉しか書けない作家acnです。全て余すところなく、臆することなく、真実だけを描き続けます。

■なんのこれしき■ 魂からの言葉しか書けない作家acnです。全て余すところなく、臆することなく、真実だけを描き続けます。

魂からの言葉しか書けない作家、acnです。
2025年11月『「くたばる喜びとっておけ」歪みと支配たちへの長いラブレター』を出版。
2026年7月18日に2作目となる『安全を知らない脳』 ― 回復を目指した視点がとりこぼしてきたもの ―
を発売。新しい概念の提唱をしています。

私は今日まで、これは書かないつもりだったけれど、気が変わった。


私は、池再生プロジェクトの発案を理事会に提出し、その承認を待った。

4枚にも渡る、企画案だった。


鯉の姿も見えないほど藻だらけになった池の埋め立ての案が出たからだ。


濾過器も壊れ20年以上稼働していない、水換えをしても四日で藻だらけになる池は、経費削減として理に叶っている。


でも私は、そこに柵を設置し、生体ブースを作り、エビやタニシなど生体や、植物の力、そしてバクテリアなど様々な生物による生態系バランスを整えることで「藻の独り勝ち」をどうにかできるのではないか?と考えた。

失敗する可能性ももちろん書いた。


2ヶ月後、その案が通った。

私は飛び上がって喜んだ。

5年の構想でもあったから。

夫もとても喜んでくれた。


柵が1番の課題だった。「錆びない」そして「鯉が生体ブースに入らない」が最大の目的だった。


私は図面を書いた。

サイズから素材まで丁寧に書いた。

元漫画部だ。わけない。


理事会からは、概算の提出を求められた。

夫は「俺が柵を担当するから」と言った。

私は即日に、柵以外の概算表を完成させた。

私は夫に、図面を見せて説明した。

「塩ビで」と。

それなら安価で、錆びないから、と言った。

ネットに入れた玉砂利は、バクテリアのマンションとなるから、と。


夫は難色を示した。

「もっと頑丈にしないといけない」と。

そしてどんどんとダムのようになる夫の話を聞いてうなだれていた。

違う、塩ビでないとあかん、と話した。

私が扱えないものは今後の管理が難しいからという理由もあった。それも話した。


しかし夫は私の出した案のネット以外を全て変えてしまう。でも何日も待った。予算を教えてほしい、と言った。

私は理事会に急かされていた。


ようやく夫から提示された予算は3万だった。

そして材料は、私の指定したものはネット以外全て違うものだった。


生体や植物や玉砂利の総計は8000円ぐらい。

「高すぎて理事会に通らない」


夫は珍しく声を荒げた。

「なら、予算出してくれよ!」


私は「その予算を聞かれてるのは私だよ。柵を担当すると言ったのはあなただよ。塩ビなら7000円以内でいけるから塩ビと言ったよ。なんで私は、理事会からもあなたからも予算!と言われているの」と言った。


「俺の会社の材料で用意できる」

と、夫が言った。


今?今それ言う?と思ったが、水換えをしてまだ水が綺麗(水換え4日で濁り出していた)なこの段階で一刻も早く柵を設置したかったから、飲み込んだ。

早く設置できたら、どこを通ってもよかったからだ。


待った。


私はインプラントの手術が6月9日だと、半年前から決まっていた。


その時点で5月半ば。

だから「その前にお願い」と伝えていた。


しかし猛暑で、あっという間に藻で鯉の姿は見えなくなった。


理事会からは柵の設置を急かされていた。

「理事会から設置を急かされて怒られた」と少し盛った。


インプラント手術の日を迎えた。

そして手術翌日に、夫から軽トラで材料が届けられた。

池の幅の鉄パイプ2本と、とても重いコンクリートブロックが自宅に宅配で届いた。

池の底に沈める支柱だった。

「重いよ」と言ったら

「重くないよ」と返ってきたから黙った。


私は手術翌日で、視界が悪くなるほど顔が腫れていた。

それら材料を受け取って、六角レンチの使い方を夫は私に教えて去っていった。


六角レンチの使い方は元々知ってる。

車の整備できるから。


だけど、この重いコンクリブロックを水中に入れて、重い270cmの鉄パイプ2本を藻で何も見えない中で組み立てる?

私は言葉を失った。


外で組立てて、水中に?

全ての重量を考えたら、出来上がりを水中に入れることすら、素人感覚で言っても男性3人の作業であることは明白だった。


そもそも私は、手術翌日の身体だ。

きっと術前でもできない、そう思った。


「何かできることだけでもしよう」

私は玉砂利をネットに詰めた。

何個も何個もそれを作りながら、涙がボロボロ出た。


理事長がそこに来た。

私の顔を見て驚いていた。

材料を指さして「この作業は、私ひとりではできない」と私は言った。

理事長は「このパイプは錆びるからダメだ」と言った。

「まさか!」と私は言った。


あれほど何ヶ月も説明して、まさか錆びる素材を持ってくるだなんて考えもしなかったから。

「支柱のコンクリブロックをここに持ってきたいけど、重くて持てない」と私は言った。


「そのコンクリブロックは返品しておきや」と言われ頷いた。


「どんな物を作りたいのか」と聞かれたから、砂に絵を書いた。

2分ぐらい説明した。


そしたら30分ほどで、私の図面通りの材料の柵が完成した。

驚いた。

私の伝え方の問題ではないと思った。


即、柵を設置した。

そこから池再生プロジェクトは始まった。