人生は剪定と同じや。【自分らしく生きる、とは自分に戻ることやないか】 | ■なんのこれしき■ 魂からの言葉しか書けない作家acnです。全て余すところなく、臆することなく、真実だけを描き続けます。

■なんのこれしき■ 魂からの言葉しか書けない作家acnです。全て余すところなく、臆することなく、真実だけを描き続けます。

魂からの言葉しか書けない作家、acnです。
2025年11月『「くたばる喜びとっておけ」歪みと支配たちへの長いラブレター』を出版。
2026年7月18日に2作目となる『安全を知らない脳』 ― 回復を目指した視点がとりこぼしてきたもの ―
を発売。新しい概念の提唱をしています。

山梨県の一人旅、最終日の前にまた脱線したくなったので、そのままの勢いで書く。


55歳になるまで、本当に色々あった。

短く1行になってしまうのが口惜しいほど、色々あった。

しかしとうとう到達したのだ。

「幸せ」という感覚に。


問題がなくなったわけではない。

問題は山ほどある。

悩みもある。


作家をしながら、草刈りと、池再生プロジェクトと、保護猫活動をすること。

ただそのことが私は今、人生で1番楽しいと感じている。


朝から汗だくになって草刈りをして、池のメンテをする。水シャワーを浴びて、明日の草刈りを思いながら眠る。

幼い頃から、気絶しそうになるほどクモが唯一の弱点だった私だが、クモへの恐怖よりも、その草を刈りたいという欲求が勝ってしまった。

わざわざ触りはしないが、今やいても平気である。

そう。クモは生きてるだけなのだ。

それを見てぎゃー!と叫ぶおばちゃんのほうがクモだってきっと怖いはずだ。


剪定をしていると見えてくることがたくさんある。


植物というのは、少しずつ成長する。

だからこそ、育てた植物を切ったり間引くことは、長く私にとって難しい作業だった。


しかし私は気づいてしまった。

種類によっては切る場所や間引く間隔などもまちまちとはいえ、全てを大切に育てようとして、そのままにするだけでは、結果的に全体が弱ることがわかってきた。いや、弱るどころではない。

全滅の危機になる、とわかってきた。


異常に伸びた新芽を放置することで、本来行き渡るはずの養分が本体へ行き渡らなくなる。


適度な剪定によって、過剰に育った新芽や、密集した余分な枝を剪定したり間引いたりすることで、養分は適切に分配され、剪定や間引きした部分には太陽の光が届くようになる。

そうすると見る見ると本体の幹や葉が生き生きとしてくるのだ。

ちょっとやりすぎかも、と思うほどスカスカにすることがこれほど必要だとは考えたことがなかった。


紫陽花は、枯れた花の下らへんにある、二手に出た新芽の手前で剪定する。(ちゃんと植木屋さんに聞いた)

つまり剪定したところから二手に伸びる。

伸びるであろう先を考えて剪定するわけだ。


そんなことを考えながら、黙々と刈る、刈る、刈る。


剪定を経て、生き生きとしてくる植物や木々を見ながら思った。

これは人間関係と同じやな、と。


本来、自分に向かうべき養分が、他者の反応や機嫌や、好かれたい、嫌われたくないなどといった他者に向けて流れてしまう構造と同じやな、って。

他者の顔色を伺ったり、他者にどう思われるかを考えることへと養分を注げば、本体は弱り、魅力自体がなくなるのではないか。

「好かれよう」とする雰囲気は存在から漏れ出る。


私は今、たくさんのものを削ぎ落とし、ようやく自分へと養分を使い始めた、そんな気がしてならない。


すっぴんで、首にタオルを巻いて、空調服を着て、腰袋をつけて、長靴を履いて草刈りする55歳。

池では毎日のように、園芸棒と百均のボウルで自作した柄杓で、シート状に剥がれてきた藻をすくう。

(バクテリア効果)

メダカが500匹(もしかしたらその倍かもしれない)ほど生まれてしまい、あわあわしてるところ。

広い池だし、ゲンゴロウわヤゴもミズスマシもマツモムシもいるから自然淘汰されるだろうと見守っている。


草刈りを終え、藻を取り終わったあとは、毎日池の前であぐらをかいて池を眺める。

さぞかし住民の目には不審にうつることだろう。


がしかし、どうでもええのだ。

この格好のまま、スーパーに行けるほどどうでもええのだ。

それはもう私の中に、他者の目に割く意識の枝、そこへ流れる養分がないからだ。


夕方、アブラゼミの声を聞きながら、青々としたコガマ、蓮にとまったイトトンボ、水中を泳ぐヤゴやゲンゴロウ、そして生まれすぎたメダカの子たちを目を細めて眺める。

ただ夏の夕方の匂いに酔いしれる。

(自分は汗臭い)



そんな時、しみじみと幸せだなぁ、と思うのだ。


もう山奥でひっそりと暮らしたいな、と心から思うのだ。

東出昌大もびっくりの山女として生きて死にたいな、と思うのだ。


自然はとても険しく、災害が全てを一瞬で奪うことをわかりながらも、この世界の美しさに涙が出そうになるのだ。


削ぎ落とされた先に見えた世界。

私は確かに、多くのことを恐れていたはずだが、今は思い出すことも難しい。


ふと30年前、祖母から託された「戦前戦後の生活」という題名の和紙の貼られた1冊のノートのことを思い出した。

懐かしい祖母の字が並ぶ。

全て祖母の手書き。


家系図、その人の服装、性格、何もかもが書かれていた。

戦後の食料難で線路づたいに、門真から天満橋まで大根を歩いて買いに行ったこと、その大根の絵まで描いてあった。

3歳の我が子を亡くして泣き暮らした中で、支えてくれたおばさんへの感謝の気持ちが詳細に書いてあった。

まだ若い時分の私には読み取れなかったことが、時を超え津波のように心に流れ込んできた。


最後のページに、ひいじいちゃんの遺言があった。

私は30年、このページを読んだことがなかった。


「議員をやったり、事業を起こして金を稼いだ。

でも死ぬとわかったときに大切なことがわかった。

人間は自分らしく生きることや。それか1番大切やとわかった。◯(祖母)は、自分らしく生きてくれ」

と、言われたと書いてあった。


私は涙が止まらなかった。


ひいじいちゃん。

ひまごの私は、作家になって今草刈りしてるよ。

とても自分らしく生きてるよ。

悩みは尽きないよ。でも自分らしく生きることからは手を離さないよ。


誰に何と言われようと、思われようと、私は私を守るよ。自分が自分の1番の味方でいるよ。


そんなことを思う55歳、夏でした。


『安全を知らない脳』 ― 回復を目指した視点がとりこぼしてきたもの ―


未だ、50年近く経っても治療法が確立したとは言えないPTSD、パニック障害、うつ病などを、机上ではなく、現場から「取りこぼされてきた視点」を言語化しました。既存の概念だけでは説明できない群が「ある」として、新しい概念の提唱をしています。

必要な人に届きますように。精神科医や臨床心理士の方にも読んでいただきたいです。




「くたばる喜びとっておけ」〜歪みと支配たちへの長いラブレター〜


図らずも、2冊目の一次資料になってしまった、ドキュメンタリーです。

あなたの「普通」とは何かを問う一冊となっています。


【カウンセリングメニュー】

女性の人生について、担当します。


これまでモラハラ専門カウンセラーとしてやってきましたが、その枠組みから範囲を広げることにしました。多分、私なら、モラハラやDV以外にもきっとお役に立てるって理解したから。


■電話相談■

60分 8000円


■メール相談■

2往復 5000円


■対面カウンセリング■

60分 20000円

※未破裂脳動脈瘤があるため、対面の値段変えました。

命懸けやし。場所は難波限定。

(事前に2往復のメールのやりとりあり)

(一度お電話でカウンセリングの確認をさせていただきます)

(交通費別途お支払いいただきます)


モラハラやDVにはめっぽう詳しいです。

不登校や親子関係などの共依存関係にも強いです。

行政や警察などへの対応なども詳しいと思います。

脱出後の1番苦しい時にも是非使ってくださいね。

私が1番辛かった時に欲した存在になるためにカウンセラーになりました。


※電話カウンセリングと対面カウンセリングのみ、3000円の値上げをしました。(2025年3月より)


umechobin@yahoo.co.jp


①件名に、どういったことの相談をされたいのかをお書きください。※例 「親との関係」「人生について」など。


②お名前、年齢、既婚の有無、いらっしゃればお子さんの人数と年齢。


③ご住所(都道府県だけでいいです)


④電話番号

(ご連絡可能な時間も書いてください)


⑤今のお悩み、出来る限り詳細に書いてください。


⑥電話相談か、メール相談か、対面か、どれをご希望か書いてください。


※対面カウンセリングの場合のみ、事前にお電話で確認させていただきます。



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