脱出したときの罪悪感は想像の遥か遥か上をいった。
住み慣れた家。
毎日ご飯を作った台所。
子どもたちと騒ぎながら入った風呂。
大切に育てた植物。
愛犬の犬小屋。
庭の梅の木。
毎日をここで紡いだ。
懸命に懸命に。
怒鳴られ蔑まれながらも家族として過ごした我が家を私は今から出ていく。
逃げるのだ。
夫という名の、モラハラ加害者から。
脱出を友人たちに手伝ってもらいながら、私は自ら家を出るというのに、大声で泣き叫び続けた。
懸命に作り上げてきた17年を全て捨てる、それはまるで身を削がれているかのような痛みだった。
初めて子どもが立った日や、子どもたちのバースデーケーキを焼く自分や、庭でプールをしたことや、色々なことがあとからあとから浮かんで、苦しくて苦しくて泣いた。
涙が止まらなかった。
私はただ普通の、穏やかな家族でいたかっただけなのに、たったそれだけがこれほど難しいなんて。
それがこの家族の単位では不可能だなんて。
脱出当日の早朝、私はモラハラ加害者に手紙を書いた。
顔を隠して、誰かにさせられてセックスされていたこと。
罵倒と無視しかなかったこと。
子どもが生まれてから今日までのことを書き殴った。
懸命に歩み寄ろうと何度も何度も働きかけたこと。
それを全て無視と罵倒で済ませたこと。
セックスを断ったら壁に子どもを投げつけたこと。
私が大好きなおばあちゃんのところに連れて行ってくれると言ってくれたことが嬉しくて感謝したけれど、帰りに「お前のせいで1日潰れたやんけ!」と怒鳴り、乱暴な運転をして恐怖でお腹が張って痛がる妊娠8ヶ月の私を車から降ろして立ち去ってしまったこと。
娘がいつか結婚して、もしも私のように扱われていたら私は娘の夫を殺す、と書いた。
それは10枚にも及んだ。
あなたがそうさせたのだとはっきり書いた。
だがどうせ捨てると思ったから私は10部コピーしておいた。恐らく戦わねばならないと思ったからだ。
脱出先に着いてすぐに弟から連絡があった。
私の両親がモラハラ加害者に謝罪していると言うではないか。
モラハラ加害者を恐れ謝罪する両親。
らしいなと納得すると同時に、行き先を伝えなくてよかったと思った。
その他はもう何も考えられなかった。
脱出して1週間目に大好きなおばあちゃんが死んだ。
私への連絡は警察を通すようにと親には伝えていたが、知らされることは無かった。
小4の息子が言う。
いつものウィンナーが食べたい。
わかった!とすぐにスーパーに向かった。
カートを押しながらふと思う。
ここはどこ?
いつもの買い物をしているのに、ここはどこだろう。
なぜ私はどこかもわからないところで買い物をしているのだろう。
あ、家を出たんだった。
もうあの家には帰れないんだった。
悲しみの塊みたいなものが込み上げてきて、涙がポロポロ流れた。
そしてパニックを起こし倒れた。
とても辛い日々を過ごした。
モラハラ加害者は、自分こそが被害者だと言って
「子どもが可哀想やとは思わんのか?」
「俺ら夫婦のことに関係ない他人の弁護士とか巻き込んでおかしないか?」
「もう1ヶ月になるぞ、お前のわがままに突き合わせて子ども可哀想やろ」
「お前がおかしなったから俺もえらい迷惑や」と繰り返した。
だけどね。
この辛い日々は。
今日、この部屋から見える青空に繋がっていた。
あの日、脱出して本当に良かった。
あの日、辛かったけれど逃げて良かった。
私の選択は間違っていなかった。
モラハラ被害者はゲームオーバーから人生が始まるんだよ。
覚えててね。