なぜなら私は
パパの「見てくれ」が大好きだからだ。
身も蓋もなく
言ってしまお(笑)
見てくれは「私メガネ」を通すと
マッド・デイモンか
ディカプリオか
みたいにデフォルメされてしまうけど
幸せやん?私(笑)
けどパパは全く喜ばない。
なぜなら、そこには具という内面要素が全く入っていないから。←当たり前。
内面はねぇ。
難しいよねぇ。
(この時点で失礼)
だってねぇ。
(更に失礼)
というのは嘘で
(少し本気のくせに)
パパの価値観やモノの見方は好きなのです。
忍耐度の低さがキツいだけで。
ただ、その忍耐度が低いことが引き起こすトラブルが多いから疲れてしまうけど
現時点、私が自ら選んだ人間は
私にぴったりのレベルであろうから(精神性など)
特に離婚する気は全くありませんし
色んなことを流せてなお
笑えるようになってきたので
まだまだな自分やけど少しは精神性あがったかな?と思いたい。
それらのトラブルを乗り越えるために
パパの容姿は非常に大切なのです!(笑)
全てにおいて
これ以上は無い!
と思わせてくれた容姿。←どんだけやねん(笑)
たかが容姿。
されど容姿。
具と皮の話ちゃうやん(笑)
いずれにしても
容姿が内面をカバーする時期は確かにあるけれど
その時期は若さと同じく通用する期間は短い。
中身と外見は連動しているから
どれだけ外見が美しくても内面の卑しさは年齢を重ねると隠せなくなってくるよに思う。
生き方が顔にでちゃう。
だからやはり
どっちも嬉しいし
どっちも大切やと思うけど
「内面」という基礎がしっかりしていないと
欠陥住宅なりまっせ、と思う勝手な私であった。