「じい」つまり私の父。 | ■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

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今日は保育所で祖父母のイベントがある。

朝から雨降りなのに、「じい」がうんち息子のために車で来てくれた。

定年退職後、畑に命をかける父は
雨が降ろうが雷が鳴ろうが畑に行く。

祖父母イベントの件を電話すると

「えー!?ちょっと待ってや」

と予定を調べている様子。

「畑以外なんも予定ないやん!」

と突っ込むと

「あ、あほか!」

と、失礼しちゃうわねと怒っていた。

ほんまに何も予定ないくせに(笑)

私が子供の頃の父は置いといて
いいじーちゃんになったなと最近よく思う。

あの年月を経たからこその「じい」なのか。

私はそんな父を
ようやく最近になって誇りに思うようになった。
(37年かかったけど)

色んな父親がいるということを
体感した数年。

なんだかんだ言って父は私とよく似ている。

顔もさることながら、内面が。

決めつけられることを嫌い、
持論が山ほどあり、調子のりの酒飲み。

私と父はよく「変わっている」と表現されるところまで同じだ。

色んなことがあったけれど
それが人生の大問題である時期は私の中で終わった。


父に

「畑に墓たてたろか?」

「葬式の時はレットイットビーかけたるわ」

などとのたまえる関係になれるとは思ったことが無かった。

27歳ぐらいまで
ほとんど会話したことの無い父と
どのように関係を構築して行こうかと悩んだ日が懐かしい。

このままじゃ死ねないと思ったんだ、27歳のとき。

10年かけて
やっとこ楽しくなれました。

それは子供たちに
父親と仲の良い自分の母親を見せたかったという動機。

と表向きには思っているけど
やはり
私は父と普通に会話がしたかった。

父の人間性を知りたかった。

試して良かったと思う。

今頃はうんち息子くんと遊んでいるのかな?

うちに帰って来たら二人でコーヒーでも飲もうと思う。


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