父性について。1 ←続きものなので、こちらも良かったらご覧ください。
前日の続きです。
男性の父性が女性次第で発露する、と書いてしまうと
男性には何の力も無いように聞こえてしまうかもしれないけれど
私の言っていることはそういうことではないです。
男性にも潜在的に父性は存在するだろうし
女性だって子供を生んでも、愛しさが湧いてこない人もいるから
「これはこうなってます!」ってパキッとしたモノは何も無いのだろうけど
男の子が誰にも教わらないのに
車輪のついたおもちゃを手にとったり
女の子がお人形を手にとったりするような
そういう目には見えない遺伝子に組み込まれた仕組みは
必ず存在していると思っています。
恐らく父性とか母性もその類。
その新化の過程で組み込まれた情報の中に
父性というものは多く含まれていないのではないか、と考えているわけです。
男性が男性として機能する中で
父性というものが備わってきたのは
人類が知能を持った歴史と連動しているのではないかなーと
勝手に思ってるのです。
(すみません。専門家じゃないのでよくわかりません)
「だって、餌を取るのに父性なんて必要ないから」
という単純な理由です。
人類は長くの間、オスは餌を運び
メスは子を生み巣を守るっていう役割分担をこなしてたので
オスが巣にいない時間のほうが断然多かったと思ってます。
獲物を追いかけて外泊なんてきっとざらにあったろうし
帰って寝るだけだったろうし。
そんな中で父性なんて必要ない。
この場合で言うところの父性は
現代の女性が求めるような「育児参加」や「子供を慈しむ気持ち」とします。
この人類の餌運びの方法の変化が
「うちの旦那、家では何もしないのよ!」
「育児なんて全く手伝わないし!」
「機嫌のいいときだけ子供を相手するのよ!」
という夫婦間の不和の原因だと考えてます。
続く。
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