私の考えの軸には、「全てに繋がりがある」というものがある。
そこを軸に思考しているというよりは
順をおって考えると、全部繋がっていた!という風に見えるということです。
友達関係も
会社での人間関係も
夫婦関係も
子供との関係も
子供の問題行動も
嫁姑戦争も
自分の立ち位置での
行動や言動が繋ぎ目になっていると思ってる。
誰か1人に現れた歪みを、部分で見たり考えたりすると見えなくなりやすい。
誰か1人に現れた病名とか、問題行動になるから
その部分をどうにかすることばかりに必死になるけど
その必死になっている人こそが、その歪みを助長させていることもある。
良かれと思い頑張る人を怖がらせたいわけではないけどね。
例えば、過食嘔吐とリストカットを繰り返す愛娘の病をどうにかして治したい!
と、心療内科に駆け込む母親の多くは、実はその母親こそがその行動を支えていたりする。
その母親の過干渉や過保護などによる、娘との距離の取り方が不全していることの表れ。
父親であるケースも稀にはあるのだろうけれど
女性特有の過食嘔吐やリストカットは別名「母原病」とも言われているぐらい
その行動の根っこには実母との関係の歪みが存在する。
でも現実は、その母親こそがその娘を一番に想い心配し
娘を病であるとして更に監視を強化し、
その娘はその母親の重すぎる愛に窒息するのだ。
母親自身もまた、そのような愛のかけられかたをして育ったのかもしれない。
本当の愛だと思い込んでいるのかもしれない。
「しがみつき、まとわりつくこと」と
「適切な愛情」の区別が実はついていないと思う。
部分を病として、病をどうにかすることにばかり気をとられると
治そうと必死になっている人たちがあたかも「正常」のような気になるけれど
実は歪みは、家族の一部分に出ているだけで
家族という関係の中で起きると私は思っている。
DVも、暴力を振るう側が法律的人道的にもダメなことには違いがないことには異論はないけど
その暴力を振るう素質のある人を選んでしまうという配偶者選択のミスや
本来暴力の素質を持たない人から暴力を引き出すような関わりをしてしまう人が実際に存在する。
色んな問題を「点」として見る必要がある場合ももちろんあると思うが
やはり私は、点と点を繋ぐ線、つまり「家族」というひとつの集まりの中で生まれる
歪みとして繋ぎ目を重要視していきたい。
という好き勝手な呟きでした。
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