冷たくなったおっちゃんは少しだけ笑ってるみたいに見えた。
痛くて苦しそうだったから、歪んでいるかと思ったけれど。
美しい顔だと思った。
ここしばらく
おかしな言い方になるけれど、触れられない遺体を目にする機会が続いていたので、心から美しいって感じたの。
触れられないっていうのは物理的に触れられないのじゃなくて、触れることを躊躇してしまうということ。
今回は、paserinさんがいて精神的にものすごく助かった。
私は今回子供の世話以外ほとんど何もしていない。
狭い中で赤ちゃんや子供たちがとんでもないことをしでかさないようにずっと気を抜けないのが大変やっただけ。
若干の心無い言葉もへっちゃらぷーで聞けました。
色んな人間模様を目にした。
関わる人たちの
内面を改めて垣間見た。
なるべく場を楽しくさせることに集中し、たまに調子のり過ぎた。
paserinさんの笑顔ってなんであんなに賢そうなんやろ。
賢そうな笑顔てなんやろ(笑)
でもそやねんもんなぁ。
今回、娘がめちゃ泣いてた。
「もう死んだり焼いたりとか嫌やあ!」
「なんでみんな生きてたのに死んでしまうん?」
「おっちゃん生きてたのに!」
私は返事に困った。
「そうやな、もう死んだりとか嫌やな。寂しいな。
せやけど苦しそうにしてたから、楽になれたとママは思うことにしたよ。」
と言ったら
「せやな、おっちゃん楽になれたやんな。」
と、小さい体で一生懸命に考えていました。
痛みにしんどそうだったけれど、自殺じゃない命の終わり方を見せてくれたおっちゃんに感謝しています。
自分の痛みよりも
そばで見ている人の気持ちを考えたおっちゃんはかっこよかった。
果たして自分がそのように在れるかといえば、自信は無いけれど
でも理想だけはそこに置いておきたいと思えた。
そんな命の最期の姿でした。