今朝方、親戚のおじさんが旅立った。
ほんの数ヶ月前まで、頭にタオルをハチマキみたいに巻いて
嬉しそうにビールを飲む姿を見ていただけに
ベッドの中で酸素マスクをつけて一呼吸を一生懸命にする姿が
嘘みたいでした。
癌でした。
人は口に何も入れられなくなると
展開が早いですね。
酸素マスクも無い場合、酸素濃度を保てないだろうから
もっと早いはずなんですね。
家で亡くなった祖父を見ているだけに
そんなこと思いました。
亡くなる瞬間というのは、私が見た限りでは
大きく息を吐き出します。
そして亡くなります。
それが死なのだなって思いました。
パパの関係のおじさんなので
私は血が繋がっていません。
そして昔を知りません。
パパのお父さんと色々なトラブルがあったみたいだけど
私が主人と結婚するとき
本当に喜んでくれて
びっくりするぐらいのお祝いをくれたのを思い出します。
バツイチの私をパパの親族は少なからず(少なからずじゃないけど)
疎ましがっていたし、邪険にされてたので
そのおじさんの優しさがとても沁みました。
亡くなるとき
色んなケースがあるけど
病気で臥せって弱っていく姿を見ることで
少し心の準備ができました。
そして本人も、自由にならない自分の体を感じて
準備をするのかなと思いました。
昔、そういうこと宜保愛子さんが言ってたこと思い出した。
私もそんな風に終えたいなって。
苦しさはあれど、自分の周囲や
自分の心に「そろそろである」ことを
少しでも受け入れる時間があればいいなぁって。
おじちゃん、お疲れ様。
最後は痛みとの闘いやったね。
息するのも大変やったね。
ほんまにお疲れ様。
田舎での麻雀楽しかったよ。
私もいつかそっちへ行くから
その時はまた宜しくね。
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