そこにある現実は
私たちが望むと望まざるに関わらず
常に傍にあり
いつでも触れられるようになっている。
いつでも見えるように、いつでも気付くように
毎日淡々と
ただ傍にある。
まるで合わせ鏡の中で生活しているかのように。
「私」を淡々と映してくれている。
「私」が腹を立て見下している人間は
「私」なのだと
私は思う。
そのぐらいすべては精巧に成り立ち
選び選ばれ
その中で生かされている。
分析してわかった気になる前に
合わせ鏡に映った相手という名の
「私」を責めていることに目を向け
その腹を立てる要素こそ
精巧に成り立っている自分の要素だと
自己を省みるべし。
良かったらクリックして頂けると嬉しいです。