魂の存在を疑ったことの無い私は
人生の青写真のようなモノの存在を信じている。
聞くところによると、生まれる前に自分で設定するのだとか。
どんなトラブルからどんなことを学ぶか。
私は信じているよ。
信じているけれど、今起きていることが
自分に課せられるように設定しているなんて
到底思えないし、今は思いたくないよ。
だってそうじゃない。
そうかもしれないと信じていたって
彼女が死んだことすらまだよくわからないのに
自ら設定したなんて思える?
うまいことなってると思うよ。
私がちゃんとトラブルにあって
ぐっちゃぐちゃになるようになっているのだとしたら
主人との出会いは必然だろうね。
その主人の父親に包丁をつきつけられたのも必然だろうね。
そしてその義父が恨みの手紙を残して自殺するのも必然だろうさ。
まともな神経を持っていたら
主人の家族に会えば、結婚しようなんて思わないだろうと思うからさ。
全ての体験が今の私を作ってはいるけれど
修行好きな魂なんて言われても、魂の存在を信じてるけど
ちっとも嬉しくない。
自分が望んだ?
そんなこと知るか!
と思いたくもなるよ!
自殺をせんとってくれと思うのは
一つしかない命だからとかそんな命の大事さを説く気なんて毛頭ない。
そんなに死にたかったら死んだらいいと思うけれど
自殺が本当にあかんのは、残された縁のある人たちが
本当に苦しむからだ。
多分、自殺した当人よりも長い間苦しむことになるからだ。
出口が無い感じに
ずっとどうにかできなかった自分を責めるからだ。
近しければ近しいほど、それはメビウスの輪のようにずっと続くからだ。
苦しめたいと思って死ぬ人もいるだろうけどね。
この表現の難しい感情を
どのように処理したらいいのかわからないし
処理できるのかもわからない。
きっとずっとあるのかもしれないし
急にどうでもよくなるかもしれない。
どうでもよくなれ!と思ってしまう。
盆に墓参りに行こうと思ったけど
私はそれすらやめようと思い始めている。
私が彼女の立場なら嬉しいことも
全てが見当違いかもしれないと今痛切に思うから。
これも全部、自分が設定しているなら頑張らなきゃねって
頑張れるか!って話で。
私は毎日、めっちゃ大声で爆笑できるし
妹との電話ではおなかが痛くなるぐらいに笑うし
息子とのやりとりで涙流れるほどウケる。
悲しい涙なんてもう出ない。
悲しくないわけじゃないけど。
体調もすこぶるいいし、
自分の生活はお金に困窮している程度で
滞りなく全てが回り続けている。
彼女がいなくなっても、何も変わらず続いていく。
だけどなんでこんなに頭の中が一色みたいな感覚なんだろう。
悪魔みたいな自分が顔を出すよ。
私の半分を構成するどろどろしたものがあふれ出す。
早くスイスから帰ってきている友達に会いたいな。
その日だけをひとまず指折り数えて待つとしよう。