浮気論。 | ■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

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モラハラ専門カウンセラーacnです。
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先日、「浮気を見抜く究極の方法。」 というブログネタを書いた。

意外と反応が多かったのでびっくりしました。


なぜこういう考えなのかを説明しようかなーと思いつつ

このことって文章にしにくいことなんです。

あんまり伝える気もないから(笑)


そんな中、私のリアル友人である梔子良香 が、浮気についての素晴らしい考察をしていて

私の思想と一緒だったのでここにリンクさせて頂きます。

(リンクは一番下にあります。話の流れ上。)

自分で書くのを省いて楽をしたいとかでは決してありません(笑)


梔子も私もとてもよく似た経験を経てこの考えに行き着きました。


「執着」は手を放すのがとても怖くなるの。

それがとても歪んだものであると自分で認識していても

「放せない」と思い込んでいるし、放すことが死にも匹敵するぐらいに怖いの。

だからこそ「執着」なのね。


でもね、実際は

執着している生き方のほうが、死に匹敵するほどしんどい生き方であることは

放してからでないと気付けないことなの。


死を意味するぐらいにしがみついているモノから

手を放すんだよ?

そんなことできっこない!と思ってることをする。

それは本当にビルから飛び降りるぐらいに覚悟が要ることだった。

(大げさに聞こえるかもしれないけど)


そしたら、なんてことはない。

数センチの高さをビルに感じているような

そんなあっけなさだった。


いや、そのあっけなさに至るまでには

とても苦しい時間があるけど。


それが「見抜かない」という、自分なりの選択。


そこを説明するのはとっても骨が折れるなーと思ってたの。

そして、別にそんなに理解してもらおうとも思わない。

この考えは、受け入れられにくいとも思っているし。


浮気を疑っているとき、探ろうとするとき

浮気の存在を知ろうとしているんじゃないのね。

浮気が全く無いという証拠を探すために見るのに

無かったら無いで、どこかにあるはずだ!って

キリがないの。


そしてその行動は、自分を納得させるというか

自分が満足したい行為なのね。

相手のことを信じられない自分の能力を棚にあげてね。


どこまでいっても、自分が基準だから

相手の携帯に何の痕跡がなくても

「消すのがうまい」なんて思ってる。

相手に直接聞いたって、自分が疑ってるもんだから

相手の答えなんて聞いちゃいない。

「嘘だわ…」とか思ってる。


疑うってね。

疑う行動をした相手が悪いって正当化する人いるけど

私は逆さまに見るよ。


自分の「信じる」って能力が弱いことを認めろって。

キリが無く疑ってしまうのは、相手じゃなく自分の問題。

私はそういう風に見る。


詳しくは、梔子良香 の記事をどうぞ!!



http://ameblo.jp/d-e-b/entry-10103684025.html




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