自分がACに気付けるってラッキーって話。 | ■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

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モラハラ専門カウンセラーacnです。
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また風邪ひいた。


一番下が急性中耳炎とかで、夜に泣いて

オタクタイムが順調に過ごせなかったからだわ(笑)


めっさ鼻詰まってる。

一ミリも空気通しません!って感じ。

詰まりきってる。


昨日はノドがむちゃんこ痛かったけど、今は脚の方が痛い。

風邪ひいたら身体痛くなんの。



ここ数日、共依存のことばーっか書いてきて

さすがに飽きかけてる!


読んでる人のほうが飽きてるか(笑)



ACのことを書こうと思ってハパソコに向かうのに

気がついたら共依存一色。


ACってことは共依存(だった)ってことだから

混ざり合ってしまうんよね。


でも、ACと共依存は別の名前にする必要があって。


ACに気付いた人の「生き辛さ」とは、つまり共依存的な生き方のこと。


どう動いても同じような結果を招いてしまう。


だからACに気付くということは希望だって言うの。


「ACを自己認知する」=「共依存的じゃない生き方を選択できる(かもしれない)」ってこと。


「私はそんな癖をもってます」の「癖」が「共依存」。


だから、「私はACなんだろうか、共依存なんだろうか」というよりも


「共依存的な癖で生きてきて、癖の存在に気付いたAC」ということやと思います。


だから、前も言ったように


とあるACからの回復のヒントのサイトにあった

「不快に思う全ての存在を消去しましょう」とか、そういうことでどうにかはならんと思うワケ。


一時的な避難、逃避としてでもあまりやったらアカンのちゃうかなと思う。


だってそれこそがむちゃ共依存っぽい。


痛い時にムリして見ることないけど、でも無かったことにしたらアカン。


ACに気付くっていうのは、散らかった部屋を掃除するのと似てる。


「散らかってるやん!!」って。


親の価値観、親の人との関係の結び方で生きてきてるやん!!って。


それをどうやって整理しましょうかっていうのが、山登りみたいにちょっぽりしんどいこともある。


でも気付けたっていうのは、それ自体が凄いことなんやなって最近思う。


なんでかっていうと、ある女性は親に人生を完全に支配されてしまっていて

その女性に彼氏が出来ようものならタンスにある服をハサミで切り刻んだりするの。


でもその女性は「あれは父が私を愛してくれているからやねん。悪気は無いねん。」って言う。


悪気ありまくりやん!と思っても、彼女がそう思っていないから。

多分言えば彼女の精神が崩壊してしまいそうで、今は傍観。


私の親の話をしても、全部のオチは

「愛されてるやん」になる。


自分の旦那よりも自分の親を大事にし、自分の親が旦那を怒鳴っても

旦那に「悪気は無いねん。許してやって。」と言う。

親には注意しない。

旦那さんはどんな罵声を浴びせられても

その妻である彼女が彼女の親を注意することはない。


旦那はその不快を伝えると

「私の親のこと悪く言わないで!!!」となる。

優先順位が著しく間違っているため、結局離婚してしまいましたけど。


そんなときにもまずは怒鳴った自分の親に対して

「そんなん言うな!」って旦那さんを庇っていたら

離婚は無かったのじゃないかな。

旦那さん、彼女のこと凄く好きだったから。


でも彼女の親が旦那を嫌っていて

何をやっても文句言われてました。

本当に酷かった。


そんな彼女はACにもたどり着けないから。


ってことで、気付けただけでラッキーって思ってて間違いない。


そんな希望的観測を伝えたくて。





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