共依存者は誰かの支えになることを常に必要としている。
それはつまり、その状態でない時には
その状況を作り上げてしまうぐらいに強引だ。
支えになる。
救いたい。
とても美しい響き
もどき。
私がいなきゃあの人はダメになる。
これもまた一見、無償の深い愛のように感じる人がいるかもしれないけれど
これは相手を支えているということに依存している。
相手を支えているという自分を愛している。
つまり自己愛。
我の欲望。
だと私は考えているので、その類の言葉には愛を感じられない。
救いたいと思う気持ち自体が傲慢だと考える私もまた、
どこか歪んでいるのかもしれないが。
自分がいなきゃ相手がダメになるというような考えって、
どこかこう卑しい感じがしてしまうの。
自分が支えているという満足を得たいだけの共依存に見える。
相手は支えてもらわなきゃ立てないということと同じだから、失礼やなぁと感じる。
助けたがり救いたがる、とある宗教みたいで凄く不快になってしまう。
相手は支えなど必要としていないかもしれないのにね。
という考えの私です。