救いたがる人。 | ■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

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モラハラ専門カウンセラーacnです。
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共依存者は誰かの支えになることを常に必要としている。

それはつまり、その状態でない時には
その状況を作り上げてしまうぐらいに強引だ。

支えになる。

救いたい。


とても美しい響き

もどき。


私がいなきゃあの人はダメになる。


これもまた一見、無償の深い愛のように感じる人がいるかもしれないけれど

これは相手を支えているということに依存している。
相手を支えているという自分を愛している。
つまり自己愛。
我の欲望。

だと私は考えているので、その類の言葉には愛を感じられない。

救いたいと思う気持ち自体が傲慢だと考える私もまた、

どこか歪んでいるのかもしれないが。

自分がいなきゃ相手がダメになるというような考えって、

どこかこう卑しい感じがしてしまうの。


自分が支えているという満足を得たいだけの共依存に見える。
相手は支えてもらわなきゃ立てないということと同じだから、失礼やなぁと感じる。

助けたがり救いたがる、とある宗教みたいで凄く不快になってしまう。

相手は支えなど必要としていないかもしれないのにね。

という考えの私です。



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