「自己処罰の傾向。」 という日記を昨日書いた。
いつも素敵ックスなコメントを下さる、noiz さんがこれまた脳が活性化するようなコメントを下さった。
嬉しくてレスしようとしたけど、思い切って記事にしようと思います。
>共依存に関しては、ボクも人格障害やあるいは精神障害の引き金になる要因の根底に共通して存在しているような気がしています。
(noizさんのコメントより)
4年ぐらい前かな。
私がアホほど、アダルトチルドレンという現象を勉強したのは。
といっても、別に学校通ったとか、通信教育とか受けたワケではありません。
全くの独学←大丈夫かよ、私(笑)
その中で、いの一番に出会うのが【共依存】という現象。
知れば知るほど、面白い。
そして、自分はアダルトチルドレンだと自覚したからこそ勉強したのに
思いがけず、自分がかつては共依存バリバリだったことに気付いたのでした。
あまりにも当てはまる思考回路と行動の傾向。
プラス、私に見えてきたのは、なぜその思考回路になり、なぜその行動を起こすのかが
手にとるようにわかったこと。
自身が共依存だったからこそわかる歪みなんだと思う。
そして自然に、境界性人格障害・自己愛性人格障害などの数々の人格障害や
うつ病・分裂症などの精神障害と呼ばれるモノにも触れることになる。
初めて見たときはびっくりしましたーよ。
とんでもない特徴を持った人がこの世にはわんさといるんだなと思って
鳥肌たちましたもん。
(※自己判断のためにそういうサイトを見るのは、個人的にはあまりオススメできません。だって怖くなるだけだもん。)
でも、あるとき。
あるときは、ACの文献を読んでいるとき。
あるときは、共依存の文献を読んでいるとき。
あるときは、人格障害の文献を読んでいるとき。
デジャヴュみたいに、こうなんていうのか同じ感覚になったの。
あれ?同じやん?
あれ?コレもコレも全部同じやん!!って。
アダルトチルドレンとか、共依存症とか、人格障害とか、精神障害とか
全部別のものとして語られているけど、全部同じやん!!って。
それ以来、私の目には全てが同じ種に見えて仕方ありません。
例えるなら、犬。
犬という種に、セントバーナードからチワワまで色んな種類があるじゃない?
あんな感じ。
大きさや色や体格の特徴など。
それぞれ「ほんまに同じ犬か?」と思うほどいるけど、紛れも無く同じ種。
どんな大きな犬と小さな犬とでも、精子と卵子は受精可能なんですよね。
(生めるかどうかは別として)
つまり、
ACや人格障害や精神障害やなんかは【犬種】、全て共依存から派生している【犬という種】。
私はこう思うに至りました。
どんなに見た目や言動が大きく違っても、それらは同じ【共依存】という根幹を持っている。
でも実のところ、私の考えはもうちょっと極端で、派生・引き金というよりは
全ての人格障害や精神障害は共依存症なんじゃないかなって。
それをタイプわけしてそれぞれに名称をつけているだけだとも思ってます。
今でこそ、自己処罰の傾向がかなり薄れ
テケトーさ満載、「自己処罰をしている」と自覚するに至りましたが、
正直この気質・傾向で色々と得をしたことが多いです。
風邪をひいたとき、
「なぜ、風邪をひいてしまったのだろう…」
「きっとあの時、私が不摂生をしたからだわ…」
「どうしてあの時、布団をちゃんとかけなかったのだろう…」
とかやってても風は治らんっていう(笑)
まさに、自身のうつ病経験と照らし合わせると、
この内省を真冬に素っ裸でしているような滑稽さ。
ガクガクブルブル震えて、あーでもないこーでもないなんてやっている。
いやいや、その前に服着ろって!!みたいな。
ちゅうか、布団入って早よ寝ろって!!みたいな。
そんなだから悪化するし、悪化すれば何故悪化したんだろうなんて
また懲りずにやっている。
本人大真面目です。
今後のために、内省は必要不可欠であると今も思うけれど
やはり一番大事なのは
「じゃあ、どうするか」
に視点を向けることやなと思うに至り
アホウな内省をガクガクブルブルするようなことはなくなりました。
その「じゃあ、どうするか」の材料にするために、内省を使う。
内省に支配されるのではなく、内省を材料にする。
こっちが使ってやるんだってなもんです。
とても偉そうな物言いになってしまうけど続けます。
自分の歪みに目を向けるべく、ほじくり返すことも人生では必要なときがある。
でもその多くは、自分が何の障害を持っているのかだけに固執してしまって
果ては、飲んだ薬の種類の羅列をプロフに書いている人もいる。
自分の当てはまるとする障害を、何かができない理由にする人もいる。
「~だから」
なんて自分を納得させていたら、ずっと同じままだよと思うことがある。
皆が道の途中なんだといつも思う。
私だって、20代の頃に誰かにそう言われても「は?」ってなもんかもしれない。
だから、その足踏みはその人にとって必要な時間なんだろうなと思う。
ただ、どうしても私の目から見ると、
根っこが腐った木の、枯れた葉だけを取る作業に見えることがある。
キリが無いということ。
根っこが悪くなっているのに、表層だけでどうにかしようとしているような。
押し付ける気はないし、へーこんなこと考える人がいるんだーって思ってもらえたら
とっても嬉しい。
でももし、ちょっぽりでも心に引っかかったら
なんか心がザワザワしてしまったら
なにか焦るような気持ちになってしまったら
是非とも、【共依存】という現象を勉強してみてください。
次は多分今晩になるけど、私が独自にほじくった【共依存症】という現象を
私の言葉で話してみようと思ってます。
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