「今、生きている」
ことを意識しながら生きたことある?
息を吸って吐いて。
血が体中を巡って。
今、手首を切った人も生きているから血が吹き出すこと、流れているから流れ出すこと。
そしてその傷は、日々を嘆く本人の意図とは別のところで懸命に黙々と修復を始めるってこと。
気付きながら生きることの大切さを感じる。
生きるとはそういうことだと思う。
やたら知識が高くなってしまった人類は、自ら自分の生き死にを選択してしまえるようになったけれど。
意識を持たない細胞や臓器のように生きることだけを目指して。
きっと癌で余命を宣告された人の一秒と、
今日もいつもと同じつまらない日だったと言う人の一秒は、同じ長さなのに質が違う。
そういったことに目を向けて生きたい。
限りがある命だとわかっているのに、
自分が生きているってわかっているはずなのに、すぐに忘れてしまいそうになるのは何故だろう。
その限りが明日かもしれないということがあまりにリアルに欠けるのは何故だろう。
大切な人の死を経験すると、急にリアルになるのは、ドライアイスに囲まれた遺体がとても冷たく固いから。
焼けこげたあの子たちの姿が頭から離れない。
だからこそ。
私は悲しみも愛しさも、今日が限りだと思うくらいに惜しまずに生きたいと手を合わせる。
どう生きたって後悔するんだ。
だから懸命に「生きる」をやろうって、いつも思う。