考え方に癖があると気付いたら後は早い。
「なぜ幸せになれないの?」
とさめざめ泣く友が目の前にいたら私は多分こう言う。
「自分は幸せじゃないと思いこんでいるからだ」って。
そして
「足りないものを数えてたら誰だって幸せになんかなれん」と。
しかもそんなこと言う人に限って、幸せなことがあっても「いつこの時間が終わるのだろう」なんて案じている。
挙げ句、「私には幸せは似合わない」などと言い出す。
もう手がつけられない。
幸せな時間にもせっせと不幸を探して、「今」を生きていないのに、今あるものに有り難みを感じないで失うことばかり考えていたら、幸せなんかなれっこないではないか。
しかも幸せの定義は曖昧で、自分の求めているような形では無いものを全て「幸せではない」とジャッジしているのは自分やのに。
私はウンコが出ただけで、生きているなぁと感じて幸せに感じたりする。
だって死んだら、ウンコすら出来ない。
朝がくれば、地球が頑張って自転してくれてるんやなぁ。
朝がくるって幸せなことなんやなぁと思う。
幸せになりたいと思うことは、ごく自然な思考やとも思う。
ただ私が思うのは
今ある幸せに目を向けることも出来ないのに、幸せなんかくるかい、と。
ミソジを過ぎて肌の老化を嘆いたって、60歳になったら
「あの頃に戻りたい」とか思うだろ?
いつも後ろばっかり見て、今あるものの価値をないがしろにしてるままじゃ
なにが揃ったって満足できない。
不幸なのは、そんな思考回路やと思う。
そういうのは癖のもんで、どうとでもなるから面白い。
口では幸せになりたいとか言いながら、足りないものばかり探して不幸のつもり気取ってる時間がもったいない。