若人よ、鳥人間になれ。
しかしながら、それは現役の問題だから私はこのブログで勝手気ままにPRっぽい(?)ことを書こうと思う。
まあ、この隠居ブログをきっかけにAircraft Makersを知るなんて気の毒な人はいないだろうから、ここでは自分らしく過激かつユニークな切り口で、痛烈な皮肉も交えたりして鳥人間の魅力をアピールしたい。
大学では、変なサークルに入れ。
誤解してもらいたくないが、私が言いたい「変な」とは英語で言う“ unique”という意味合いだ。
だから、変なサークルというのは早●田大学のスーパー●リーのような悪気のあるサークルでなければ、学園祭でカッパ踊りをするような変態の集まりでもない。
簡単にいえば「典型的でない」ということだ。
中学、高校で閉塞感や頭打ち感を感じていた人は特にそうだが、これを打開するには自分を変えるか、環境を変えるかのどちらかしかない。
手っ取り早いのは環境を変えて、それに従って自分を変えてしまうことだ。
大学に入ったことが大きな環境の変化だという人も今はいるだろうが、そんな新鮮さはせいぜい3ヶ月で失せる。
「大学の勉強は刺激的で毎日が新鮮!」という大学のパンフレットに出てくるような人は問題ない。しかし、現実はそう甘くない。4年になるまでは高校・予備校とそう変わらないと思う人が大半だ。
そういう意味では鳥人間はまさにうってつけ。
そもそも、手作りで飛行機を作るというのが非日常であり、遠征して飛行機を飛ばすとなれば、その高揚感や期待感がいままでに経験したことのないような世界へ連れて行ってくれる。
青春をただ謳歌したいと言うなら、テニサーでもいい、音楽でもいい、そういうサークルをオススメする。きっと楽しいだろう。
でも、プラスアルファで何かを求めている貪欲なアナタには鳥人間をお勧めする。
安定志向の人には向きません。
はっきり言っておくが、鳥人間サークルは「ハイリスク・ハイリターン」の世界だ。
よって、「安定志向の人」には向かない。
そんなわけなので、私感ではあるが今大流行の「草食男子」「サイダー男子」「スイーツ男子」にも向かないだろう。
先程も述べたとおり、ただ楽しいだけで終わらないのが鳥人間。
単に飛行機を作っているだけならいいが、時にはノルマが迫ってきたり、分業体制ゆえのぶつかり合いがあったり、楽しいこと以上に困難や面倒臭さもある。
作業場は夏暑く冬寒い環境で、作業をすればあちこちが汚れたり真っ黒になる。
そして何よりも、部費が高いという点が安定志向の人に向かない。
正直に言うが、ACMの部費は月4000円と破格だ。
つまり、1年間で4000×12=48000円
3年間在籍すると考えれば、48000×3=144000円
そう、10万円を超えてしまう。
飛ぶか飛ばないか判らない、しかも自分が乗るわけではない(パイロットを除く)、手作り飛行機にこれだけの大金を投資するのだ!
(飛ぶと信じて作るが、正直言ってどんな有名チームだって飛ばすまでは結果がわからない。)
ちなみに、本番琵琶湖で飛んだとしても最終的に着水すれば機体は普通大破する。
大金と一年をつぎ込んだものが数分(場合によっては数秒)で琵琶湖の藻屑と化すのだ。
人力飛行機と打ち上げ花火はニアリーイコールと言ってよいだろう。
安定志向の人ならばこれがどれだけリスキーでバカバカしいことか解るはずだ。
中古で車を買って助手席に座ってくれる人を探すのに精を出す方がマシという意見には、危うく私ですら納得してしまいそうになる。
だから、ここでストレートにそう思った人は鳥人間に向かない。投資サークルか過去問融通サークルをおススメする。
一方で、これをバカバカしいと思わなかった人、あるいはバカバカしいと思ったけど嫌な気はしない、むしろ楽しそうと感じた人。
そういう人はぜひ鳥人間の門を叩いてほしい。
積極的な人を求む
ここまで読めば私の一番言いたいことがわかると思うが、「大学でデッカイことをやってやろう」という野心あふれる人に、鳥人間はピッタリだ。
しかしながら、部にボケッと在籍しているだけでは得られるものは何もない。
部内で積極的に意見を出したり、仕事を見つけていかなければ自分を高めることにはつながらない。「きっと誰かが決めてくれるさ」とか、他人頼みの考えはダメなのだ。
ACMは創成期からいよいよ発展期へ移った。なので、フレッシュな人材にどんどん斬新なアイディアを出してもらいたい。
入部したらガンガン積極的に関わってみてほしいのだ。
特にそういう積極性が強い人は、入部当初から「パイロット」「設計主任」「代表」のいずれかを目指して頑張ってみることを強くオススメする。
恐らく、パイロットなら1年トレーニングを積めばなれる。設計主任もヤル気を見せればすぐに見習いとして実地研修に入れる。代表に関しては学年が上がらないと難しいと思うから、それまでに人望を築いたり、選挙で勝てるように賄賂を用意しておくのがいいだろう。
なぜこの3つの役職を強く勧めるかというと、3つの役職にそれぞれ大きな「責任」が生じてくるからだ。
「パイロット」は、「アンカー」でもある。
長期間かけて大勢でコツコツ作った飛行機が最後どうなるかというと、パイロットただ一人の手に委ねられるわけだ。
琵琶湖の場合は最もシビアで、離陸してしまえば広い湖の上を孤独に飛ぶことになる。テレビで応援団が岸から声を張り上げて応援している様子が映るが、ある程度沖に出ればそんなものはパイロットまで届くわけがない。鳥人間は甲子園ではない。
だからパイロットは孤独とプレッシャーに耐えなければならない。
しかし、それ故に飛んだ時の感動も大きい。他のメンバーが見ることのできない景色を見られる。
パイロットが鳥人間で最も注目される「花形」であるのもまた事実だ。
「設計主任」は、飛行機全体の技術的な決定権を持っている。つまり、創造主、神である。
設計主任として活躍するには専門知識を色々と勉強しなければならない、それは生半可なことではない。設計ミスをすれば多方面に影響が及ぶし、だからといってチンタラやっていてはいつまでたっても制作に入れない。
しかし、それ故に飛行機が完成完成したときの達成感が一番大きいのは設計主任だろう。
「代表」は、サークル組織としての決定権を持っている。つまりCEOである。
組織をまとめるためには色々な工夫が必要だったり、浮世離れした鳥人間サークル内で唯一現実的な感覚も要求される。その上、あらゆる最終決定を下すために判断力も必要になる。
しかし、それ故に大きなプロジェクトを率いている快感は何にも代え難い。
つまり、これら3つの役職になった人は胃が痛いこともあるが、達成感もそれだけ大きいということになる。
この3つに関して最近では立候補者が定数以上(2人以上)になったことがあまりない。
複数の人が積極的に立候補して、激しく争ってもらいたいものだ。
こんな感じだろうか?
ここまで述べたことに少しも共感できない人はもういい!
テニサーでも飲みサーでもいいから自由に青春を謳歌すればいい。
しかし、共感できるひとは素質アリ。ぜひACMの入部を検討してほしい。
真面目なサークル紹介は現役部員がしてくれているので下記の公式ブログをチェックしてもらいたい。
Aircraft Makers 公式ブログ
http://ameblo.jp/acmweb/
時間があればイベントに参加して現役部員の生の声を聞くことを強く勧める。
ちなみに、私はもう現役部員ではないからサークルにはいない。
このブログを読んで、鳥人間にはこんな口の悪い変人がいるのかと入部をためらった失礼なヤツ。現役部員は好青年ばかりだから安心して入部してもらいたい。
追記
これを読むと私が鳥人間のことを批判したりバカにしているように捉えられてしまうかもしれないが、そんな気は一切ない。
私は鳥人間を心から愛し、それ故にこのような文面になったことを最後に断っておく。
人力飛行機パイロット
コンテストの際に利用する宿が確保できたという内容だったが、その中で
「パイロットは1週間前に現地入りし、トレーニングすることで彦根の気候などに慣れる」
という感じのことが書いてあった。
強豪チームとなるとここまでするのかと驚いた。
そして、「人力飛行機パイロット」特有の二面性を再認識した。
それは「ヒコーキ乗り」としての一面と、「アスリート」としての一面だ。
前者は操縦技術を磨くことが重要で、テストフライトなどで経験を積むことが重要だ。
後者は肉体強化が中心で、日々の継続的な鍛錬が物を言う。
どのチームも後者に重きを置いていることには変わらないだろう。しかし、刻々と変わるコンディションで長距離を飛ぼうと思ったら前者も決してバカに出来ない。
パイロットは鳥人間チームの中で孤独な役職だと思う。
私は、2年目の時に短期間だがパイロットのサポート役を務めていた。
操縦訓練や備品の買い物を補佐したり、コンテスト遠征時は同行程で行動してマネージャーのようなことをしていた。
しかし、いくらサポート役がいてもトレーニングも大半は独りだ。
そして何より、本番では最高の孤独が襲ってくる。
離陸してしまえば完全な「独り」ということになる。
無線があるとはいえ、極限状態では気休めにしかならないだろう。
多くのメンバーがコツコツ作り上げた飛行機。
その命運が最後の最後でパイロットただ独りに委ねられる。
全てがパイロットにかかっているのだ。
重圧はきっと計り知れないものだろう。
パイロットは今も昔も鳥人間チームの中で「花形」の役職だ。
制作した人も設計した人も全員が全力を尽くしても、現実問題としてテレビをはじめ部外者はパイロットにまず注目する。
その代償として重圧を背負っていると考えれば納得がいく。
ともあれ、どんなに頑張って飛行機を作っても最後はパイロットのさじ加減ひとつということだ。
パイロットはその点を意識しなければならない。
鳥人間の認知度
先日、同期で引退した友人Y氏と先々代の代表S先輩と小生の3人で某カレーショップへ行った。
そこでは同じく元メンバーである後輩がバイトをしているのだが、勤務時間を狙って我々が冷やかし半分で行けば、当然バイトの同僚や上司から
「あのお客さんは友達か?」
ということになる。
そこで、後輩はその同僚(若い女性)と店長(40歳くらいの男性と見受けられた)に
「鳥人間サークルで一緒だった先輩です」
と説明した。
すると、どうだろう。店長の方は「鳥人間」を知っていたのだが
若い女性の方が
「全員鳥人間の存在信じてるんですか?」
と返したそうだ。
これは何かのギャグだろうかと一瞬思ったが、どうやらこれが現実らしい。
もしかすると、昨年のM-1グランプリで笑い飯が演じた傑作漫才「鳥人」のことを言っているのだろうか?
それにしても、鳥人間の認知度がこの程度ものかと考えると悲しくなってくる。
関西の支援者の方から
「関東では関西ほど鳥人間の認知度は高くないでしょうねぇ」
と言われて、妙に納得していた節があった。
確かに、会場は琵琶湖だし、制作しているのは大阪のよみうりテレビだから関西の方で認知度が高いと言われても一見不思議ではない。
しかし、よく考えれば系列局であり在京キー局である「日本テレビ」のゴールデンタイムに堂々放送されている番組ではないか。
関東だろうと関西だろうと認知度に差が出るはずがない。
最近、鳥人間の認知度が緩やかに下降しているのは否めないだろう。
先ほどの40代くらいの店長は知っていて若い女性は知らないというのが象徴的な例だと言える。
つまり、30代以上の世代には認知度が高く、20代以下の世代には認知度が低い。
30代くらいの人が子供だった時代、テレビは茶の間で見るものだった要素が強い。そこで夏の風物詩ともいえるスペシャル番組「鳥人間コンテスト」は多くの家族に見られていた。
これに対して、今となっては生活様式の変化から茶の間でテレビを見る人自体少なくなった。
メディアが多様化し、CSやBSなど多チャンネル化も進んだため、かつてほど「スペシャル番組」が注目されなくなったのも背景にあるのではないだろうか?
不況で製作費が降りないというのも深刻な問題だが、鳥人間コンテストはもっと深刻な問題を内包しているのかもしれない。
今年、とりあえず大会は再開される。
だから、多くの現役バードマン、特に出場が決定したチームのバードマンは昨年の中止のゴタゴタを忘れ始めているだろう。
それは当然だし、今年の大会に全力を尽くすべきだからそれで大正解だ。
私も、引退する前はすべて前向きにしか考えておらず、大会が翌年から再び毎年開催されることを信じていた。
それを否定する人には強い怒りを覚えたほどだ。
しかし、引退して時間が経つと客観的な見方もできるようになってきた。
今は「第33回大会その後」が心配なのだ。
例えば、今年の1月から鳥人間コンテスト復活の記事がちらほらと出ているが
昨年休止の鳥人間コンテスト開催へ 来年以降は「白紙」 (滋賀彦根新聞)
http://shigahikone.blogspot.com/2010/01/blog-post_22.html
この「白紙」という文言が気になる。
余談だが、ニュース記事ではないものの、コラム記事で
ひこにゃんが住む(!?)「彦根市」ってどんなとこ? (シゴトの計画)
http://4510plan.jp/360/newscolumn/16370/
このコラムの中で、彦根市が
“よく知られたイベントとしては、かつて桂三枝の司会で知られたテレビ番組「鳥人間コンテスト」の開催地でもあった。数々の自作人力飛行機がびわ湖に向けて飛びたつ姿が放送されたが、あの発射台が設置されていたのは、彦根市の松原水泳場である。 ”
と紹介され、あたかも鳥人間コンテストが過去のイベントのように扱われている。これを書いた人の中では鳥人間コンテストは終わってしまっているのだろうか?
嘆かわしき事態だ。
少なくとも、“番組”制作サイドと“飛行機”制作サイドの「理念に対する食い違い」が少しでも解消され、視聴者に広がる「頭打ち感」を打開しなければ人気の下降は食い止められない。
今まで通り、「鳥人間コンテスト選手権大会」にバードマンの檜舞台を求める限り、ある種の“素人”である視聴者にとっても魅力的な要素を探っていかなければならないのだ。
それは難しい問題だろう。
バードマンは真剣に飛行機を作っているから、そういう点には盲目になりがちだ。
テレビ局側と参加者側がWIN-WINの関係になる日は来るのだろうか?
私も色々と考えては見るのだが、なかなか良い答えが見つからない。
とりあえず、今年は琵琶湖へ行ってみようと思う。
第一目的は、出場していたあの頃を回顧する「時間旅行」をするためだ。
でも、もう一つの理由がある。
本当は考えたくもないが…
今年の大会を見逃したら、次はいつ琵琶湖で開催されるかが不安だからだ。