ぼくの前後に過去から未来へとのびるタイムラインがあります。
そのタイムラインにドローンのように浮かんで過去へと遡ります。
自分史を探る旅。
高校時代に時のドローンを飛ばします。
この話は正直書くのが辛かったです。
僕の女性観を作り上げ、中学・高校と慕い続けた恋人との封印していた、過去を想起したからです。でも、辛くてもある種のカタルシスとして必要なことだとも思います。
もっと早くにしておくべきだったのでしょうが、今が唯一のタイミングのような気もするのです。
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僕らは文通していたから、
彼女からの手紙はさぞ沢山あるかと思うのですが、
意外と少ない。
このブログで自分史を書くようになって、
取ってある手紙をあらためて数えて見ました。
通算五年以上文通は続いたにもかかわらず、
たったの22通でした。
いまとなっては、
封筒から便箋に書かれた手紙を取り出そうとすると、
ボロボロと崩れてしまいそうです。
葉書も数枚ありました。
年賀状やクリスカスカード、バースデーカードもありました。
切手の料金も安かった。
残念ながら消印の日付がはっきりと読めるものは少ないので、
確かな年号や日付はわかりません。
さぞかし思い出に残る内容が綴られているものと思って、
読み返してみました。
全部記憶していると思ったのですが、
意外と曖昧でした。
驚いたことに、半分以上が、
別れや怒りの手紙でした。
最初の頃こそ、
学園祭に誘ったり、
学校の帰りに会ったり、
お誘いや楽しいことが書かれていました。
しかし、
親密度が増すにつれて、
互いに言いたいことを言ったり、
あるいは言いたいことを我慢したりすることが続くと、
神経質で独占欲の強い僕と、
天真爛漫で自由を尊ぶ彼女との間には、
わだかまることが多くなっていったのです。
彼女のお母さんは、
10代で結婚して彼女を産み、
20代後半で離婚していました。
気ままな生き方が好きで、
僕の自宅にふらりと立ち寄り、お昼を食べたり、
昼寝したり、自由に振る舞っていました。
ある1通の手紙には、
「そんな気ままな母をみんなはどう思うでしょう。
自分勝手な、気ままなひとだと思うことでしょうね。
でも、わたしはそんな母がだいすきです。」
と母親への憧憬が書かれています。
そして、彼女の母は30代前半で夭逝してしまいました。
彼女の中では、
母はますます美化され、自身の生き方の見本となり、
偶像化していたのでしょうね。
僕は僕で、彼女に対して、理想の恋人像を投影し、
幾多の小説に登場するヒロインを重ね合わせて、
そのような女性になることを求め続けたのです。
あげく、
電話をすれば、最後はどちらかかが、ガチャンと切る。
手紙を書けば、いちいち難癖をつけて、
「誠意が無い!」と人格を否定して文が終わる。
文通は辛く、
電話もかけにくくい、
いつの間にか僕らの関係は、
お互いが望むのと反対の関係になってしまっていました。
彼女のお母さんが亡くなってから、
僕らの仲は進展せず、
デートも激減しました。
僕にとっては、
荒れに荒れたこころのすさんだ高校時代でした。
友人は盛んにガールフレンドを紹介してくれたりもしましたが、
僕は見向きもしませんでした。
なんだかんだ言っても、
僕の意中の人は一人だけ。
彼女はチョコレートが好きでした。
ハイクラウン・チョコレートのミルクが好きでした。
何度か一緒に食べたこともありました。
高価なチョコレートでしたが、
一人でも食べたものです。

いつしか彼女に会わないで一年以上が経っていました。
高校3年の6月に修学旅行で北海道に行きました。
アイヌ部落に、
著名な木工作家がいました。
とてもおしゃれなペンダントトップがありました。
「これ、彼女にあげよう」
買いました。
許されていた小遣いは一つの買い物で無くなりました。
旅行から帰って、母に見せました。
「素敵なペンダントね」
一度だけ、母は出かけるときにそのペンダントをして行きました。
でも
二度と母がそれを身につけることはありませんでした(^0^)
久しぶりに、
実に久しぶりに彼女に電話をかけました。
「会いたい」
「いいよ」
意外とあっさり、承諾してくれました。
恐ろしい言葉と共に彼女は承諾してくれました。
「これで最後ね」
何のことがピンとこないで、認めたくなくて、問い返せなくて、
「じゃあ、いついつにどこどこでね」
「うん」
無邪気な僕はペンダントを持って、
約束の日に約束の時間に約束の場所に行きました。
彼女はすでに待っていました。
二人にとってはおなじみの自由が丘でした。
久しぶりに会う彼女は驚くほど痩せていました。
「わたし、腎臓が悪いらしいの」
長かった髪は肩くらいに切っていました。
少し歩いて、
喫茶店に入りました。
中学の頃は歩き回っただけの町。
もう大人の世界を知り始めていた僕らは、
ごく自然に喫茶店に入り、
紅茶とお菓子を注文しました。
「髪、切ったんだ」
「うん、半年くらい前、切ったの」
「それも似合うけど、長いのも好きだな」
「じゃあ、また、伸ばそうかな」
微笑む彼女。
昔ながらの、思い出の中の、大好きな彼女がいました。
なんかふたりとも穏やかな気持ちで妙に和んでいました。
どちらからも、
もう会わない、最後のデートだということは言いません。
それよりも、
トランプのゲームの話をしたり、
テレビや映画の話をしたり。
普通に仲良く、
会話しているのです。
「ナポレオンって知ってる?」
「ああ、知ってるよ。面白よね、あれ」
「こんど、一緒にやろうね」
とか
「あの俳優が出る映画みた?」
「見た見た、続編もあるのかな?」
「わくわくするよね、つぎは見に行こうね」
仲がよかった頃の会話はこんなだった。
ごく自然にお互いの気持ちが素直に表現できて、
気持ちが交差することは無かった。
こないだ、修学旅行に行ったんだ、これ、お土産」
ぼくは例のペンダントを差し出した。
「アイヌのひとで、とても有名なひとがいるの。その人が作ったんだよ」
「すご~い!、これ、もらっていいの」
「うん、君のために買った」
「ありがとう」
彼女は受け取ってくれた。
「あなたは来年から大学いくんだよね」
「うん」
「わたし、大学は行かないで、働くことにしたんだ」
「えー、付属なのに」
「うん、お母さんもいないし、お金も妹のために使って欲しいし」
「そうなんだ」
何の不自由も無くのうのうと暮らす僕には、
返す言葉も無かったけど、
素直に色々話が出来ました。
これが本来の僕らなんだと強く感じました。
別れる必要があるのか、
その必然性がどこにあるのか。
このまま仲直りで、いいんじゃないの?
そうすればよかったのに。
そうすれば未来は変わったかもしれないのに。
僕も彼女もわからなかった……
長い夏の日も次第に傾いて、
夕方が近づいてきました。
僕はその日夕刻からバンドの練習がありました。
今思えばなぜ、
とことん彼女と向き合って一緒にいなかったのか。
彼女は何か言いたいことがありそうな様子でした。
練習なんか断ってよかったのに。
「そろそろ出ようか」
「うん」
喫茶店を出ました。
二人で駅まで向かい、
彼女は1階のホームへ、
僕は2階のホームへ別れます。
既視感のある状況。
「じゃあ、さようなら」
彼女は手を差し出し、
握手して僕は言った。
「バイバイ、またね」
彼女はさびしく笑った。
そして二人は別方向へ別れていくのですが、
未練がましく僕は呼んだ。
「Rちゃん}
立ち止まる彼女。
「これ、もらって」
僕は高校1年のころからホワイトゴールドのネックレスをしていました。
僕のことをクリスチャンだと思っている友だちもいました。
キザと言えばキザですが、唯一のおしゃれだったんです。
外して、
彼女を抱え込むようにして、
彼女の首にかけました。
そのまま僕らは別れた。
2階のホームから彼女を臨むことも出来たけど、
しなかった。
僕は友だちの家に向かい、
遅くまでバンドの練習をした。
何かに没頭しないではいられず、
ギターの中に自分を埋没させて、
逃避することだけが、
僕に出来ることでした。
遅く帰宅した僕に、
まだ起きていた母が言いました。
「Rちゃんから、電話があったわよ」
僕はかけ直さなかった。
彼女は何を言いたかったんだろう。
どうして僕は彼女の声を聴こうとしなかったんだろう。
そして、
二度と僕らが会うことは無かった。
当時はいつかまたきっと会える日が来ると信じて生きていた。
僕が彼女に会う日は、決して存在しなかった。