教授はゆっくりと話し始めた。。。

【健全な精神は健全な肉体に宿る:拒食症の彼女】

 

私の講義は前/後期各2単位 別講座である。

 前期は生理学的心理学ということで、
人体や脳の機能に関する話をする。

視床下部の機能として摂食中枢の説明をし、
現象として摂食障害を取り上げる。


 気になる1年生の女子学生がいた。
見るからに顔色が悪く、
もともと小柄なのだがひどくやせている。
BMI15以下ではないかと思われた。

病的羸痩(るいそう)である。
羸痩とは標準体重より20%以上少ない場合を言い、
メンタルにはうつ病を招くことも多い。

 ちょうど講義していた、 
“ダイエット→過食→リバウンド→過度のダイエット→拒食症→激やせ→生死に関わる” 

という摂食障害が強く疑われた。

だからといって、
当人から相談がない限り、
私が「君は病的にやせているぞ、
このままだとカーペンターズのカレンみたいに、
拒食症で死んじゃうぞ」

と言う訳にもいかない。

毎週講義のたびに、
私は、
相談においでと、
意味ありの視線を彼女に送り続けたが、
特に反応はなかった。

見かけは非常に病的だったが、
講義に出席している限り彼女の生存は保証されていた。

前期の終わり頃になって、
見かけなくなった。

そのまま学期は終了し期末試験も終わった。
彼女の名前を知らなかったため単位取得できたのか、
無事に生存しているのかも調べようがなかった……

 

2年半後、
居室に可愛らしい女性の訪問を受けた。

「××学部の○○です。分かりますか?」

実は分からなかったのだが、
「ああ、○○さん。元気そうですね」と応えた。

「実はあの後、休学して入院してたんです。
でもって、
しばらく入院してました。
今はとても元気になりました。
学校にも戻れて、今3年生です。
また、よろしくお願いします」。

何となく理解できた。

例の激やせの彼女だったのだ。

直接話をしたことは無かったのだが、
私の熱い視線は、

私がとても心配していることを彼女に伝えていたらしい。

「先生にお伝えしようとは思っていたのですが、
メンタルにも落ち込んでいて、
なかなか相談に行かれないうちに、
入院することになってしまったんです」。

屈託の無い笑顔で語る彼女は、
年齢相応の女子学生だった。

 

「良かったですね。頑張ってね」

何を頑張ってもらうのか分からないが、
私は爽やかな気分で彼女を送り出すことが出来た。

結局、
それらしき見立てをして心配しただけで私は何もしていない。

でも、
物事はうまくいった。

それで良いのだと思った。

以前病的で心も体も病んでいた彼女は、
今や健康を謳歌している。
コミュニケーション能力も良好である。
多分学業もそれなりに良好だろう。


健全な精神は健全な肉体に宿れ、
and/or 
健全な肉体に健全な精神が宿れ、
なのだ。

まずはめでたしめでたし。。。

 

 

教授はゆっくりと話し始めた。。。

あまりに教科書的な:何を言っても無駄なヤツ

T君は必ず遅刻する学生だ。
ノートをとるでもなく教科書を熱心に広げることもしない。
講義は休まないが、
積極的に授業参加しているとは思えない。

最前列に座るものの一番窓際が定席である。
たまに後ろの席の友人と何か話すが、
別の授業の課題のことのようだ。

表情は険しくあまり笑い顔を見たことはない。
動作はがさつな印象を受ける。
周りの状況などはさして気にならないようだ。

 
たまに授業終了後に質問に来ることがある。
質問内容はつい先ほど私が丁寧に説明した事項や、

授業とは直接関わりのないことだったりした。

 
説明してもわかったのかわからないのかはっきりしない。
同じことを再度尋ねることもしばしばあった。


また、未学習項目であることや授業と関わりのないことを告げても聞き入れてくれなかった。


教員としては聞き分けのなさに辟易する学生である。

カウンセラーとしては教科書的な学生である。

学期の半ばにあるビデオを全員で視聴し、
課題を出してレポートを書いてもらった。

T君は例によって遅刻した。
従って、
課題を遂行するに当たっての予備知識の部分の講義は聞けず、
課題ビデオの半分以上を見逃した。

レポートの提出は2週間後であった。
T君は提出しなかった。

ほぼ1月後、唐突に質問に来た。
「レポートの課題は何ですか」
「提出は1ヶ月も前だよ」
「レポートの課題はなんですか」
「もう締め切りは過ぎているよ」
「レポートの課題はなんですか」、

『私の日本語は通じないのだろうか』と思いつつ、
課題と題名を告げる。

この場合課題を告げない限り「レポートの課題はなんですか」という無限ループから抜けられなそうだった。

「提出はいつですか」
「もう1ヶ月も前に過ぎているよ」
「提出はいつですか」
「いまさら出してもらってもね」
「提出はいつですか」
同様のループである。

「受け取ってくださいね」
「いや他の人に不公平だし、だめでしょ」
「受け取ってくださいね」。
またしても無限ループ。

結局私は大幅に遅れたT君の的外れのレポートを受け取らざるを得なかった。
数日後レポートを持ってきた彼に、
「評価するかどうかは別問題だよ」と宣言したものの、
理解してもらえたとは思えない。

レポートも鉛筆で書き殴った教科書丸写しのものだった。
かりに意識してこうした行動を取っているのだとしたら
大した演技だと思う。


誰だって応対するのがいやになってしまい、
T君の要求を飲むしかないのではなかろうか。

教員としてこのような学生は一刻も早く厄介払いしたいのが本音である。

変に仲良くなるととことんつきまとわれる。
むげにあしらうと逆恨みされる。
ブスっとやられる可能性もある。

正直怖いのである。

 カウンセラーの視点では、
T君はADHD(注意欠陥・多動性障害)を伴ったASD(自閉症スペクトラム障害)と判定できる。

BPD(境界性パーソナリティ障害)もあるかもしれない。

ADHDに対しては薬物療法が功を奏する場合もあるが、
基本的にASDは治癒しない。

BPDに至ってはカウンセリングは通常無効とも言われる。
彼に向いた職業や環境で適したものが見つかれば、
能力を発揮できることもあるだろう。

 

周囲の協力と見極めが大切である…

紋切り型の解釈しか出来ず、
大過なく彼との関係を終了させてしまった自分に愛想が尽きる。
疲れてウンザリだ。。。


『カウンセラーが必要なのはお前だろ』とこころでつぶやくのは誰。

 

 

 

 

教授はゆっくりと話し始めた。。。

【保育士か大学教員か:うるさいのを注意されたその時、男子学生は!】

ある爽やかな日のことである。

学生たちは、気の合う仲間とともに席を取り講義を聴いていた。

5-6列目にひときわ仲の良さそうな6,7名の男女グループがあった。
3人ずつくらい前後して座っていた。

時間の半ばになって、
その中の大柄な一人がろくにノートも取らず盛んに後ろを振り向いて何か話しかけているのが、
非常に気に障ってきた。

「そこら辺の人、ちょっとうるさいよ」と私はグループに対して注意をし、
それとなく彼をいさめるように示唆した。
メンバーはそれを了解したようで、
一人騒がしい彼を無視し、
授業に集中しようとする様子がうかがわれた。

 私はそれで十分だと思って授業を続けたが、
賑やかな彼はますます一人で乗ってきてしまい、
大人しくなりそうもなかった。

「そこの人、静かにして」と直接注意しても収まらない。

依然としてうるさく、
横向きに座って完全に授業から遊離したと思われた時点で、
私は彼のもとに赴き、

「君はうるさいぞ。周りの人にも迷惑、授業の邪魔をしている。

静かにしなさい」と厳しく言った。

 

 

「どうだ」と言う気持ちでグループのメンバーを見てから、
教卓に戻った私は、
何ともいえない奇妙な視線を感じた。

彼は静かになった。
うつむいてじっとしている。

何かかが聞こえる。

うっう、とか、
くっくと聞こえる音声である。

「あーあ、やっちゃった」とグループの一員が囁いた。
音声は嗚咽だった。

奇妙な視線は非難の視線だった。

嗚咽+非難の視線+囁き=先生が泣かしちゃった! 
であった。

男子学生が泣いていた。

しかし、
まもなく成人になろうかという図体の大きな男子学生が、
授業中の喧騒を叱責されてしくしくと泣くだろうか。

最初に私がグループに注意したときに、
友達は彼に積極的にうるさいとか静かにしろとは言わなかった。
あえて無視するだけだった。

仲のよいグループ員は知っていたのだ。
彼が叱責にきわめて弱く、
べそべそと泣いてしまうことを。

 

 

非難の視線には明らかに
「先生、どうフォローすんのよ」
というニュアンスが込められていたのだ。

カウンセラーも教員も形無しである。


講義終了後、私は彼らのもとに赴いた。
男子学生はまだ涙ぐんでいる。


「あと、頼んだよ」
私はリーダーとおぼしき学生に言って逃げるように教室を出た。


『この見極めはロジカルには不可能だろう?』
研究者の私は嘆いた。

『保育士も取っておくかな…』
教員の私が囁いた。

『絶対に発達障害だ!』
カウンセラーの私は呟いた。
 

 

今のわたしの授業で学生がうるさいことは無い。

わたしが叱責することも無い。

 

さて、

何故でしょう(^0^)