こんな学生がいるという話しを知り合いの教授から聞いた

トンデモ話しの始まりです。

【教員魂とカウンセリング・マインドの相剋:「やれよ」事件】
 
教授はゆっくりと話し始めた。。。
 

約400名入る大教室で70%くらい席は埋まっていた。

右最前列に2人の学生が座っていた。
授業開始後20分くらいからやや私語が目立ち、

特に一方の声がかなり気になってきた。


何度か目線を送るのだが気づかないようだ。
周囲の学生もちょっと気になってきた様子。

私は教壇から降りて、
持っていた指示棒で彼らの机をトントンと叩いて「ちょっと、うるさいよ。」と言った。

学生は私の方を見た、
私も彼を見た。

視線が絡んで、
やおら彼の口が開いた。


私は「すみません」という言葉を期待した。

「やれよ」。

これがそのとき彼の口から発せられた言葉である。
一瞬意味がわからなかった。

「やれよ?」私は小声でつぶやいたと思う。
「やれよ」彼がもう一度言った。

「ん?」私は戸惑いの表情で彼を見た。


「授業。」

と彼は言った。

 

 

その時点でようやく私は了解した。
うるさいから静かにするようにといった私に対して、
彼は謝罪の言葉ではなく、
授業を中断している私を咎めるように、
命令形で再開を促したのだ。

瞬間胸ぐらを取って席から引きずり出してやりたい誘惑に駆られたが、
かろうじて我慢した。

私はしばらく彼を見つめてから、
「何年生だ?」
「1年」

ややあって私は「ふーん、君は少し口の利き方に注意しなさい」

と言って、
教壇に戻り、
授業を再開した。

授業を進めながら、時々彼らの方を見ると、
友人の方が静かなる我が怒りに感応したようで、
神妙な顔つきで聞いている。

ご本人もそれ以後は私語もなく、
ノートも取っている風情である。

視線は合わせようとしない。
他の学生も静かである。


まあ、
一時の感情にまかせてこっぴどく叱責しないで良かったのだろう、

と自分に言い聞かせる。

しかし、
やり場のない感情は何となく胸の中にわだかまっていた。


時間が来てチャイムが鳴った。


「以上、終わります」

 私は彼らを、
「さっきは突然の叱責に驚いたんだろ、謝りに来いよ。タイミングは今だぞ。」

と見つめた。

こちらへやっては来ないが、
何となく教室を出て行く様子もないので、
私は彼らに近づいて言った。

「仲直りしたいかね」
「はい、先生」

件の学生は屈託のない様子で白い歯を見せて、
あっけらかんと快活に応えた。


何もなかったかのように。

「なんなんだ、こいつは!」

私はやりきれない気持ちになったが、

「これでいいんだよな」
と心の中のカウンセラーに尋ねた。


 それ以来、
たまたまキャンパス内で顔を合わせると彼は快活に
「こんにちは」と挨拶をしてくれる学生のひとりになった。

授業も熱心に聴き、
成績も良かった。


「これでいいんだよな」
『うん、いいんだよ』と心の中のカウンセラーは応えた。

 

 

 

 

 

先生として経験した学生にまつわるお話を書きます。

 

今となっては楽しい思い出。

 

教授とは、

誰でしょうね(^0^)

 

 

こんな学生がいるという話を知り合いの教授から聞いた。

トンデモ時間の始まりです

教授はゆっくりと話し始めた。。。

【生理学か常識か:最前列で弁当を食う男】

私は、25年も一般選択科目で心理学を教えてきた教員だよ。
年間で平均1500人以上の履修者がいてね、

いろいろな学生に出会ってきたよ。


また、心理カウンセラーでもある。
学生の相談もするし、

病院勤務で多くの生と死にも出会ってきた。

カウンセラーには、共感的理解と無条件の肯定的関心という至上命令(?)がある。
教員には教育という至高の目的がある。
時として両者は対立せざるを得ない場合がある。


コウモリのように私はどちらの立場に立てばよいのか迷うことも多い。

私の視点や対応が教育的に正しいのか正しくないのか、
カウンセラーとしてアイデンティティを保てるのかどうかわからないことも多い。


もとより正解の無い問題かとも思う。

私の専門は心理学であり教育を専門とするわけではないが、
カウンセラー・教員・研究者の三つ巴の立場から、、
授業中に出会った、
トンデモ学生を紹介して、
意見を述べて見ようと思うよ。

きっと興味を持ってもらえんじゃないかな。

生理学か常識か:最前列で弁当を食う男

その日、

私は心理学に必要な知識としての生理学を講じていた。


全血液量、血糖値、脱水症状などの人体標準値や恒常性の話をしているとき、

中央最前列に一人で座っていた男子学生がカバンから何かを取り出し、

包みをほどき始めた。

二段重ねの黒い物体だった。
典型的なお弁当である。


見つめる私と目が合った彼は、臆することなく箸を取り出して食べ始めた。

 

 


生理学モードにいた私は、

とっさにこの学生は糖尿病か何かでたまたま朝食を取り損ね、

低血糖発作を防止するために炭水化物などを摂取する必要があるのだろう、

と思った。

緊急にカロリーの摂取を必要とする様々な病気が頭をよぎった。

常々私は、

 

朝食を取らないと血糖値が下がりすぎてブラックアウトすることがあるとか、


人体の60%は水分だ、
隣の人は半分以上水の入ったでかいペットボトルみたいなもんだ、

脱水する前に水分の摂取は認めるぞ、
と公言していた。

少なくとも生理学の講義中に発作を起こした学生を供覧する気はなかった。

『それにしても最前列であまりにあからさますぎるぞ、周りの学生に迷惑だろ』、

と教師心がささやき、ようやく私は彼に尋ねた。

「朝ご飯、食べてこなかったの? 何か、持病でもあるの?」

彼はきょとんとして答えた。


「いいえ、おなか減ったもんで」。

単なる早ベン、それも最前列で、オレの眼前でだとぉ。


大事なお弁当を奪い取って投げつけてやりたかったが、さりげなく伝えた。
「退出して外で食べたまえ。いくら何でも教室最前列はまずいよ」。

教師は我慢が肝心。

「そうですよね」


かれはそそくさとお弁当をしまって、ノートを広げた。


次回からは生理学より常識を優先させようと決心した。

 

 

いつかどこかで聞いたお話です。

 

学生と教員の関係というのは、

悩ましいものなのです。

 

 

思えば色々な仕事をしてきました。

 

アルバイトとフルタイムがありますが、

新聞や宅配便の配達、

製薬会社の研究室で新薬の研究、

塾の先生として小中学生の算数、理科の教授、

心理検査の処理プログラムのプログラマー、

日本語学校の先生、

鍼灸整体の先生、

大学の心理学の先生、

クリニックや自治体の心理カウンセラー、

などなど。

 

このうちどれが一番好きで、

やり続けていたいと思うかを

考えてみました。

 

 

どれだと思いますか?

 

 

 

じつは大学の先生なのです。

22年もやったので、自分の経歴の仲では一番キャリアがあるのですが、

実は、22年やった心理学の授業ではなくて、

今年の後期に担当している教職課程の授業が一番やりがいがあるのです。

 

22年間やった授業は、

いわゆる大教室での講義でした。

 

最大390人入る教室でも立ち見が出るほどで、

マイクを使ったマスプロ授業でした。

 

僕と学生の間に、

ビビッドな対話や交流はありませんでした。

寝ている学生もちらほらいました。

 

とはいえ、

全国大学講義ランキングでは、

ベスト2に入る人気の授業でもありました。

 

原因は色々あるのでしょうが、

感想を書いたもらうと、

面白いとか楽しいという記述が多かったと記憶しています。

 

ぼくとしては、

役立つとか、興味深かったと書いて欲しかったのですが。

 

 

そして、最近の授業です。

小さな教室で、三十数名の受講者しかいません。

1年生対象だったので、

当初大丈夫かな、この子たちはと思いました。

先生になりたい学生のための授業なのですが、

第一印象は非常に頼りなかったのです。

 

しかし、僕の懸念は杞憂に終わりました。

数回の授業でお互いに信頼感を獲得すると、

とてもまとまったクラスになってきたのです。

 

僕が質問すると、当てなくても誰かが的確に答えてくれます。

グループを作れと言えば、あっという間に作ってくれます。

課題を出せば、しっかりと調べてたがいに補い合う発表をしてくれます。

 

そうだ、僕はこんな授業がしたかった。

教える側と教わる側の垣根が取れて、

知らず知らずのうちに互いが切磋琢磨し合って、

妙に相手に気を遣うこともなく、

気圧されることもなく、

自然体で語り合える。

 

そんなゼミのような、

学びの場が欲しかったのですね。

 

後期の授業は早や半分終わってしまいました。

願わくば、このままの関係でいつまでも続けていたい。

 

恋愛のように、

僕は授業とその場のセットとセッティングに恋していることに気づいてしまいました。

 

学生たちも僕の気持ちに感応してよい先生になってくれたら嬉しいです。

 

思えばいろんな学生がいました。

 

次回から、

授業と学生にまつわるエピソードを書いてみます。

 

乞うご期待。