僕のタイムラインには、

決して少なからぬ数の車とバイクが並んでいる。

 

家族と一緒の峠越えの旅 その2 

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写真は、鶴峠(つるとうげ)。

山梨県北都留郡小菅村字白沢・長作の間にある峠。標高870m。別の時の写真です。

 

 

前日に秩父の峠を巡って、最後に埼玉県から長野県へ三国峠を越えました。

信州佐久に、妹夫婦が古い民家を何人かで借りていました。

夜はそこに泊まりました。
もとより、
我々以外は誰もいません。

のんびり天の川を眺めて、
明日の旅路に思いをはせるうちに
いつしか夢の中……

 

明けて、諏訪湖へ出て南へ下る旅です。

本日最初の峠、麦草峠(むぎくさとうげ)は、長野県茅野市と佐久穂町の間にある。北八ヶ岳の丸山と茶臼山の間に位置する。県内の南信地方(諏訪地域)と東信地方(佐久地域)との境でもある。標高は2,120m。

杖突峠、標高1247m。 

ちょっとだけ、
国道256号線に出て、
杖突峠で写真を撮りました。

広い国道には興味ないので、すぐさま 山道へ戻り、
高遠は、入笠山のダートに入りました。

ここは山の山頂付近に、
千代田湖という湖があります。

金沢峠、標高1315m。ダート。

芝平峠。ここは、国道20号への分岐点もある、山の中の要衝。

入笠山は、知る人ぞ知るオフローダーの聖地でもあります。

オフ車のクラブの集まりなどがしばしば催されていました。

普通の人は高遠の入笠山といってもまず知らないでしょう。

そんな山に、
僕はこのときすでに3回以上来たことがありました。

全て違う乗り物です。
最初は、バイク YAMAHA セロー225.
次は、取材でいすゞ ビッグホーン。
次が今回が、ランクル BJ41V/KCY。

因縁の山ですね。
その後も、別のクルマとバイクで2度ほど行きました。

けっこう好きな場所の1つです。

国道256号線 中沢峠。伊那と駒ヶ根を結ぶ道筋の峠。

国道256号線、分杭峠。標高1424m。

ここもある理由で好きな峠です。

短期間に、4往復近くしました。
やはり、バイクとクルマ色々です。

最初に通ったときはバイクでした。

同行した仲間は数学者でした。

そして、
国道の標識を見てニヤニヤするのです。

「僕はこういう番号が好きだなぁ」
「256がそんなに良いのかい?」
「うん、2の8乗だ。キリが良い。」
とよくわからないことをおっしゃったのです。

ふーん、
数字にこだわるのは、
ミニ・クーパーの排気量みたいなもんだな、
と思いました。

ちなみに、2のn乗の国道は、
国道1号は東京ー大阪。
2号は大阪ー北九州門司。
4号は東京ー青森。
8号は新潟ー京都。
16号は横浜市西区ー横浜市西区(環状)
32号は高松市ー高知市
64号はなし。
国道128は千葉館山市ー千葉市中央

国道256は岐阜県岐阜市ー長野県飯田市
国道512はない(507以上はない)。

しらびそ峠。標高はほぼ1800m強。

南アルプスを走って、
しらびそ峠に至る。

ここはまさにスーパー林道の名に恥じないスカイラインです。

尾根筋を走る道は、
曲がりくねり、
拓けたところでは、
左右に景観を提供してくれます。

道も気持ちの良いダートでオフ車にとっては、
天国のような気持ちよさを与えてくれます。

しらびそ峠で一休みして、
その夜はしらびそ山荘に泊まりました。

鹿の刺身や山菜を食べて、
しんしんと冷え行く夜の中、
ここも天の川が近くに見えました。

兵越峠(ヒョウー越し)、標高1180m。

国道とは言え、
ここはまさに酷道で有名です。

青崩峠はいまだに開通していません。

バイクやジープで何度も通った道ですが、
通るたびに発見があります。

また、通れなくなってる
とか
崩れそうだとか、

今回は通れた とか。
ろくでもない想い出ばかり

でも、好きな道です(^0^)

山住峠。山角神社のある分岐点です。

スーパー林道はこのまま秋葉神社へとつづきます。

そして、
林道終点の秋葉神社の参道で、
最後の砂利道が終わりました。


少し走ると、
東名の浜松インターです。

一気に東京まで帰りました。

このとき、
ホイールナットが緩んでいて、
6つあるボルトが4本折れ、
危うくホイールが外れそうになったのは、
また、別の話です。

まあ、
家族共々無事に帰って来た峠越えの旅でした。

 

帰宅して車の冷えるキンキンという音を聞いていました。

「今回もありがとう」

 

自宅からもアルプスの中で見たのと同じような星の見える夜でした。

 

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数年後に南アルプススーパー林道をバイクで走ったら、
山住峠の手前で見事に道が崩落していました。

残念ながら、
どうしてもその先へは行かれませんでした。

見えてるのに、
行かれない。

登山と一緒で、
勇気ある撤退を余儀なくされました。

 

僕は車とバイクをこよなく愛する。

自動車運転免許証を取得できる年齢なって以来、

車とバイクは僕の頭から離れたことはない。

 

僕のタイムラインには、

決して少なからぬ数の車とバイクが並んでいる。

 

そのうちの原点に近い部分に、

ライフワークとしての峠越えがある。

過去にいくつかのブログで車に関する話と1つとして、

自分の峠越えの旅を書いたこともあった。

 

少し古い話も含まれるが、

ここでもあらたに車の話を書く。

 

当然、峠越えの旅の話から、

始めることとなる。

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まずは時を1985年へと巻き戻したい。

 

 

昔から峠とは、人里と人里を結ぶところ。

多くの峠をたどると、

綺麗に保たれている峠もあれば、

遠からず草むして道もなくなってしまうだろう峠も多い。

なぜか人形がたくさん供えて(?)あったり、

石仏が1つだけひっそりと佇む峠もあった。


峠は、悲喜こもごもの人の想いのたゆたうところ。

最初の峠は、飯能街道 小沢峠(こさわとうげ)、

成木街道(なりきかいどう)、東京都道53号青梅秩父線

1985年は多くの峠を越えた年でした。

特に8月から10月にかけては、
雑誌の取材をやったりで、
毎週のように遠距離ドライブに出かけていました。

まずは、
家族と2泊3日で行った峠をたどる旅について述べてみます。

横浜近郊から、
奥武蔵グリーンラインの峠をたどり、
上州からへ出て一泊、

次の日は、
信州から高遠を経て南アルプススーパー林道を南下。
途中のしらびそ山荘で一泊、

次いでさらに南アルプスのスーパー林道を南下して、
浜松で東名に出るという経路です。

2つめ峠は標高620メートルの山伏峠。

道は狭く、カーブも勾配も急な登りだった。

3つめの正丸峠は、標高650m。数件の食堂、土産物屋が並ぶ。

このあたりから、
奥武蔵グリーンラインに入る。

いくつもの峠をたどるが、
ほとんど平行移動に近い。

道は狭く、所々ダート。
行き交う車両は皆無だった。

虚空蔵峠 標高710m。

そろそろ日暮れてくる。刈場坂峠(かばさか)、標高850m。

遠く夕焼けに時々雷が光る。高篠峠。標高858m

すっかり暮れてしまった。白石峠。

このあたりの峠越えは、

ネットで見ると自転車で挑む人が多いようだ。

けっこう難所でキツいと書かれていたりするけれども、
こんなの、キツくないよ。

だって、道があるもん。

僕が通ったころは、
多くが未舗装のダート。
良くてひび割れだらけの簡易舗装だった。

ひどいと、
草ぼうぼうの藪こきが必要だった。
クルマに傷がつくのを嫌がるような人が、
通るところではなかった。

ロードレーサー風の自転車じゃ到底無理だったろうな。
隔世の感あり。

俗っぽい。停車もせずに写真撮って通過

 
上州と信州を結ぶ有名な峠。上州側はダート、信州側は狭いけれども舗装路だった。
写真は昼間とったもの。標高1754m。

その日の夜の画像は、はこちらです。

思えば35年以上前の画像となる。
車はトヨタ ランドクルーザー BJ41V KCY 3台目の愛車であった。
 
この日は、三国峠から長野県に入り、
佐久の山奥の小屋に泊まった。
 
2日目は別稿にて。
 

人は好きな言葉がある。

 

月並みだけど、

僕は次の言葉が好きだ。

 

 

「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている価値がない」

 

R.チャンドラーの生み出した探偵、フィリップ・マーロウの台詞である。

 

原文は

「If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.」  (PLAYBACK 25章)

敢えて蘊蓄は述べず。ただ味わうのみ。

 

 

 

また曰く。

「嘘を言って愛されるより、本当のことを言って嫌われた方がいい。」

 

雨の降る日に想う。

雨は等しく誰の上にも降る。


何を思うかは人それぞれ。

 

僕は傘をささずに歩きます。
濡れるのは嫌いじゃない。

悲しみの涙に濡れるのに
較べれば…

 

優しい雨ならば
耐えられるから

 

 

By あきんすけ