ぼくの前後に過去から未来へとのびるタイムラインがあります。

そのタイムラインにドローンのように浮かんで過去へと遡ります。

 

自分史を探る旅。

中3の夏から秋にかけて、時のドローンを飛ばします。

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5月頃に彼女の学園祭に誘われた後から続けます。

 

 

たがいにいつかまた会いたいと思いつつもなかかなタイミングがあいません。

電話番号を(家の固定電話です)教えあったことで、

手紙以外の情報交換手段も手に入れはしたものの、

当時の電話は内容を家族全員に聞かれてしまうという代物でした。

 

文通は続いていました。

 

ある日手紙が来て差出人を見て「おや」と思いました。

彼女のイニシャルはROなのですが、

R. Sawada と書かれていたのです。

「Sawada?」

 

内容を読むと、

”芸能人の知り合いはいませんか? 最近、タイガースのジュリーが気になってしまって、どうしても会いたいなと思って、あなたのことがおざなりになってしまっています”

というようなことが書かれていました。

 

まさにグループサウンズ全盛の頃です。

ぼくもギターが引けたので、友だちとバンドの真似事はしていましたが、

グループサウンズの評価はあまり高くありませんでした。

 

はっきり言って演奏しても面白くなかったからです。

まして、タイガースのジュリーだって!!

Sawada だと!!

 

文通だけにしても、

いっぱしの彼女と彼氏の関係を信じていた僕にとっては、

結構ショックでした。

 

そのとき以来、ジュリーをライバルと見なして激しい敵意を抱きました。

今考えると噴飯物ですが、真剣に悩んだわけです。

 

返事では”芸能人の知り合いはいないよ”と当たり障りのないことを書きました。

ジュリーのこともあえて何も言いませんでした。

内心は穏やかではありませんでしたが…

 

ジュリーのポスターに向かって、

この野郎、と手裏剣を投げつける毎日でした。

というのは、嘘です(笑)

 

 

その後彼女が手紙でジュリーのことを言及することはありませんでした。

飽きたのか、気遣いなのかはわかりません(笑)

 

 

夏になって暑い日に電話が鳴りました。

彼女からでした。

「お父さんが来ててね、プール行かないかって言うの。一緒に行かない」

断るわけがありませんね。

 

「行く」

「うちに来て欲しいんだけど、分かる」

「うん」

 

1年生の時に一緒に海に行ってその帰りにたった1回で彼女の家を覚えたことはずいぶん前に書きました。

 

自転車で20分くらいで到着。

 

彼女の母のOさんは、離婚して実家に戻っていました。

彼女もそこに住んでいたのですが、お父さんと仲がいいことが僕には意外な気がしました。

 

初対面のお父さん、彼女、僕の3人で向ヶ丘遊園にあったプールに行きました。

 

それから、2時間3人でプール遊びをしました。

彼女のは水色のセパレーツの水着。

ぼくはブルーのパンツでした。

(↑ 着替えの小屋?)

 

平泳ぎの練習をしたいというので、

教えて上げたのですが、

僕の泳ぎは競泳のブレストでした。

効率よく速く泳ぐのが目的でした。

 

これが、

なかなか素直に言うことを聞いてくれないんですね。

「こうした方が息継ぎが楽だよ」

「ああした方が、速い記録が出るよ」

全然いうとおりにしない。

ようするに僕のことを信用していないのですね。

 

けっこう腹が立ちました。

「勝手にしろ」って感じですね。

 

むしろお父さんと気があって、

笑い合ったりしているのも、

自分が仲間はずれになったように感じていたのかも知れませんね。

 

ひしゃげたカエルみたいな平泳ぎの、

背中を押させて沈めてやりました。

イーダという顔をするので、

思い切り水をかけてやったり。

「やったな!」

盛大に二人で水しぶきを掛け合って、

そこにお父さんが加わるので、

共同戦線をはったり。

 

無邪気な僕たちでした。

 

時間はあっという間に経ちました。

「そろそろ帰ろうね」

お父さんに促され、僕は最後に潜水をしました。

初めて50メートル息継ぎ無しで潜水が出来ました。

 

「初めて出来た!」

「すご~い!」

彼女の賞賛と笑顔が嬉しかった。

 

 

夏が終わって、

9月に僕の学校で作品展がありました。

ぼくは公衆電話から電話をかけて、彼女を誘いました。

「ごめんね、その日は予定があったダメなの」

「わかった」

 

そのとき、僕は何をとち狂ったのでしょう。

5月に学園祭に行ったときから、

僕の親友はあのとき一緒だったSさんと連絡し合っていました。

ぼくは仲介をとってあげたので、Sさんの電話を知っていました。

 

魔がさしたのでしょう。

僕はつづけてSさんの電話番号を回し作品展に誘ったのでした。

 

結果は断られました。

 

 

しばらくして、

手紙が来ました。

 

「あなたからの手紙を、全部焼きました」

それだけ書かれていました……

 

 

 

 

2019年世界柔道選手権が行われている。

連日 日本選手のメダル獲得が報道されるとうれしいニュースである。

 

選手権が行われている場所は言わずとしれた九段下の日本武道館である。

 

一般の人が武道館へ行くのは、

エベントやコンサートなどが殆どで、

武道を見に行くことは少ないかと思われる。

 

かくいう僕は、

過去10回以上、武道の大会で行っている。

 

僕の職業の1つはスポーツトレーナーである。

 

様々なご縁で、

かれこれ25年以上前に母校の大学の体育会空手部を見ることになった。

 

当時の空手部は元世界チャンピオンが監督を務めており、

なかなか強い子たちがいた。

僕は週に1回道場に顔を出して怪我をした選手たちの治療をしてリ、

練習風景を見学したりしていた。

 

色々な個性の選手たちがいた。

3人くらい印象の残っている子らがいた。

 

K君はある年のキャプテンであった。

九州出身の彼は、

ぱっと見、口ひげを生やし、バンカラ・イメージの怖い人であったが、

話をすると好青年の九州男児だった。

 

彼のオヤジさんはある町で空手道場を営む硬骨漢であった。

「おれのオヤジは怖かったすよ。車で走っていて、タバコを吸っている不良を見かけたりすると、いきなり停車して、降りていってね、駆け寄るやいなやタバコをうばって、そのまんま、ガキがたばこなんかすうんじゃないっていって、頭で消しちゃうわけです。文句があるなら、道場へ来いって。くるわけないですけどね(笑)」

「じゃあ、きみもその血をひいてるわけだな」

「そんことないっすよ」

 

と否定していたK君。

ぼくは知っているよ、しばしば君が駅のそばでストリートファイトをしていたことを(笑)

もちろん、正義の戦いだね。

 

別の年のSくん。

腕を折ってギプスをしていた。

ちょうど大会の1週間前。

「先生、ギプス外してください。おれも4年だし、試合に出たいです」

「外せないよ。もし同じところを怪我したら、一生不自由になってしまう可能性があるんだぜ」

「かまいません。おねがいです」

「絶対にダメ!」

 

当日、こやつはどっかでうまいことを言ったらしく、ギプスを外してきた。

そして、試合に出て、勝った。

 

がむしゃらがまかり通る時代があった。

 

 

闇鍋もした。

汚い扮装をして電車に乗るという行事もあった。

誠に楽しい漢の体育会が満喫できた時代だった(もちろん女子もいたよ)。

*いつしかこの行事は鉄道会社からクレームがつき断絶になった。

つまらん世の中になったもんだ。

 

空手では5年間くらい武道館へ行かせていただいた。

 

 

その後別の大学の教員として、

体育会の顧問をやることになった。

今回は、僕もずっとやってきていた少林寺拳法であった。

 

週に2回くらい練習にも参加させていただいた。

自分の授業に出ている学生が部員であることが、

妙にうれしかった。

 

こちらも春に関東大会、

秋に全日本大会があった。

 

幸か不幸かあまり強い大学ではなかったので

午前中予選、午後本戦で午後まで残ることは少なかった。

 

みんな忙しい勉学の中でよくぞ練習してくれているなと言う思いが強かった。

いろんな技を試させてもらって、

ごめんなさい……

 

 

春には、桜吹雪の舞う千鳥ヶ淵は、

ぼくと学生たちの青春の聖地でもあった。

 

 

願わくば、

来年のオリンピックで日本選手が1つでも多くのメダルを獲得できますように。

 

 

*ぼくは武道館で出場したことはない。

このレベルで孫と出場していた(笑)

 

 

自分のブログを読んでみると、

「たがいに見つめ合った」

「じっと目と目を合わせていた」

「視線が合った瞬間、電光のようにひらめいたものがあった」

というような表現が多いことに気がついた。

 

人は外の世界の情報を取り入れて適切な処理をして生きている。

外からの情報を取り入れるのは、

感覚器官である。

 

通常 5感と呼ばれる。

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、体感覚 である。

 

利き手があるように、

”利き感覚”というものがある。

 

ある人は、

視覚的情報を元に様々な行動を決める。

 

別の人は、

聴覚的情報を行動指針とする。

といった具合である。

 

ぼくの場合は、

人と人との関わりに関しては、

視線という視覚情報が重要な役割をするようである。

 

 

利き感覚に関しては多くの研究がなされ、

大別して

1.視覚(VisualなのでVと表記)

2.聴覚(AuditorycなのでAと表記)

3.体感覚(KinestheticなのでKと表記。嗅覚、味覚は体感覚で代表させる)

の3つで考えるとわかりやすい。

 

右利きの人でも左手が全く使えないわけではないのと同様に、

どれか1つだけしか使えないというわけではない。

割合の問題である。

 

大事なことは、

人と人との関わりにおいて、

自分と相手の利き感覚を理解しておくと良いということである。

 

伝えたいことが素直に伝わるかどうか。

 

例えば、

視覚優位の人同士なら、

「あそこの景色、すっごく良かったよね、また、行きたいね」

「そうだね、いっぱいに広がる地平線と、日が沈むところ最高だったね」

という会話が成立して、コミュニケーションは滑らかである。

ところが、

視覚優位の人と、聴覚優位の人だとこのような会話になる可能性がある。

「あそこの景色、すっごく良かったよね、また、行きたいね」

「景色? それよりも波の音がして、遠くの教会の鐘の音となんとも言えないハーモニーを醸し出していたことが印象に残っているなぁ」

「えー、そうかな? いっぱいに広がる地平線と、日が沈むところ最高だったね」

「景色よりも、風の調べ、打ち寄せる波の音との調和でしょう」

なんてことになりかねない。

これに体感覚優位の人が加わるとさらにややこしくなる。

「あそこの景色、すっごく良かったよね、また、行きたいね」

「景色? それよりも波の音がして、遠くの教会の鐘の音となんとも言えないハーモニーを顔しだしていたことが印象に残っているなぁ」

「そんなことよりも、頬を撫でる爽やかな風と、腰を下ろすとしっとりと包み込むような、草が生えていたよね」

と問題は複雑化。

 

コミュニケーションを円滑にしたいなら、

相手の利き感覚にあわせると、心地よい状態になれる。

 

反対に、一刻も早く会話を打ち切りたいときは、

相手の利き感覚に逆らえば、なんとも言えない違和感を醸し出すことが出来る。

 

まずは、

ご自身の利き感覚がV、A、Kのどれになるのかを考えてみよう。

次いで、

相手の人の利き感覚は何かを見抜く練習をしよう。

 

それだけで、

ずいぶんコミュニケーションの達人になれるかも。

 

 

もうちょっと突っ込んだ話は、次回に。