カウンセラーという仕事をしていると、
時として制御不能の黒い風が吹いて、
尊い命が失われてしまうことがあるというお話しです。
T氏の場合
ある日、ご主人の気分がすぐれないのだという奥様が来た
ご主人のT氏の家は素封家で、
いくつかの家作を持ち経済的には何の不自由もない生活であったが、
会社勤めをしていて、仕事上の様々なストレスにより鬱状態になったものと思われた。
いろいろと話を聞いて、会社の産業医とも相談の結果、
しばらく休職してもらうことになった。
約半年の完全休職、
その後週に数日間の緩やかな勤務を3ヶ月
というスケジュールで心身を癒やしていただくことになった。
その間2週間に1回くらいのペースで
奥様からご主人の様子をうかがい、
順調な快復が示唆された。
婦人の話も、
当初は鬱状態の主人のことばかりだったが、
一人息子のいる家族の様子、マンションでの家庭生活の様子と変化が見られ、
一時の思い詰めたような状態から、
明るい笑顔が見られるように変化していった。
9ヶ月後、T氏の会社復帰が決まった。
再発の可能性はあるものの、
その時はその時、
危機を乗り越えたこの経験を大切にしましょうということで、
婦人との面接も終了することにした。
ご本人とは直接面接しなかったものの、まずまずの終結といえた。
復帰後のT氏に関しては、
人づてに順調であることを知っていた。
だが、“黒い風”が吹いた。
ほぼ1年後、T婦人の友人から連絡があった。
「T婦人のご主人が亡くなったんです。自殺でした。」
マンションの7階から飛んだそうだ。
ある日、、
家族と朝食をすませ、
婦人が子供と主人を食卓に残して洗濯をするために浴室にいき、
戻ってきたら主人の姿が見えなかった。
リビングの窓が開いていて風が吹き込んでいた。
不審に思って、ベランダから階下を見下ろすと、
T氏がはるか下の地上に倒れているのが見えたという。
ほんの少し前に楽しげに団欒の朝食を済ませたばかりだというのに。
最近は会社へも何の屈託もなく通勤し、
婦人にはT氏が身を投げなければならない理由は全く思い当たらなかったという。
鬱病の薬もここ数ヶ月服薬していなかったそうだ。
なぜ……
耐えがたい。
僕は自分を無感動状態に追い込み、心を閉じる
人は生活を営んでいくうちに、
様々な悩みや苦しみに出会う。
もちろん喜びや楽しみにも出会う。
人生はそんな縦糸と横糸で織りなされている。
たとえ悲嘆のどん底に取り残されても、
すぐに諦めてしまうほど人は弱いものではない。
しかし、
ほんの何気ないときに、
ふと怪しい風が吹き込むことがある。
そんな風を僕は“黒い風”と呼ぶ。
黄泉の呼ぶ風だ。
黒い風は一瞬にしてその人から全てを奪う。
そこに理由はない。
どうしようもないものがこの世にはあると思う。
論理も理屈もない。
風はただ吹くだけだ。
吹き去ったあと、一人の存在が消える。





