ぼくの前後に過去から未来へとのびるタイムラインがあります。

そのタイムラインにドローンのように浮かんで過去へと遡ります。

 

自分史を探る旅。

高1の秋に時のドローンを飛ばします。

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彼女が妹の七五三で我が家に挨拶に来たのは、

ついこの間のこと?

 

記憶の中では時の経過は意味を持ちません。

あのときも今も七五三は11月15日。

すなわち今日です。

 

彼女のお誕生日です。

 

「お誕生日おめでとう」

といわせてもらいます。

 

 

映画に行った年の春、ぼくらは高校生になりました。

 

さぞかし自由度が増して、

自由気ままに交際できるようになったかというと、

そうはなりませんでした。

 

春が過ぎある日、

手紙が来ました。

 

「訳があって、当分おつきあいできません。

ごめんなさい」

という文面でした。

 

ボクにとっては、

青天の霹靂、

寝耳に水、

降って湧いたような、

藪から棒、

驚天動地の内容でした。

 

詳しい説明もなしでいったいどういうことでしょう?

 

落ち着きの無さはADHD、

思い込んだら夢中になるのはASD。

どちらの特性も十分すぎるほどもっていたボクでした。

 

とにかく思い込んだらそのことに夢中。

他のことは一切目に入らない性格のボクにとって、

一心に思い詰めていた彼女からの交際中止を告げる手紙の影響がどれほどのものであるか、

想像がつきますか?

 

 

腑抜けが1匹できあがりです。

 

寝ても覚めても

「なぜ、なぜ、どうして、いったいなにがあったんだ、おれ、なんかわるいことしたか、いけないことをやらかしてしまっているか、あれこれ、これあれ、ハッパフミフミ……」

 

学業は手につかず、

部活も集中できず、

なにもできない、なにもしない。

 

ある日、

母から告げられました。

 

「Oさん(彼女のお母さん)、病気なんだって」

「病気?」

「そう、かなり悪いらしいわよ」

 

再び青天の霹靂がボクの頭の上で鳴り響いて。

「彼女のお母さん、病気、かなり悪い。お母さんの看病で、俺どころじゃないんだ、なるほど、そういう訳か、なにか、出来ることはないのかな、手伝えることないかな、邪魔かな、彼女大丈夫かな、なんか言ったらいやがられるかな、連絡しないとな、 いや、しない方がいいかな、あれこれ、これあれ……」

 

またまた妄想が膨れ上がります。

思いは募れど、気持ちを伝えることも出来ない。

何も出来ない、もどかしさ、歯がゆさ。

いてもたってもいられない訳です。

 

手紙も出せず、電話も出来ず、あっという間に月日だけが流れる。

 

秋が来ました。

 

始めて会ってはや3年。

文通してから1年半。

デートするようになってようやく1年余。

なのに逢えなくなって半年。

 

 

その悲しさと情熱はギターにむけていました。

大好きなアーティストがいてアルバムが6枚くらい出ていました。

友人から借りてテープに採り、ほぼすべてコピーして弾けるくらい練習しました。

いつか彼女に歌って貰いたい。その時に完璧な伴奏を弾いてやるぞ。

 

友だちとユニットを組みました。

本来女性ボーカルがひとり入るのですが、

敢えて空けておきました。

 

たまに、

友だちが女の子を紹介してくれました。

気立てのよい優しい子もいました。

 

でも、ぼくはそんな人たちに冷たくて、素っ気なかった。

ボクの意中の人は一人だけだった。

 

 

ついに手紙を書きました。

 

「事情は知っている。お見舞いに行かせて欲しい」

 

2週間ほどして、返事が来ました。

「来て。」

いついつ、どこそこ病院。

 

彼女のお母さんは入院していました。

いまでもたまに通ることのある場所です。

R246と環状6号の交わる辺りにありました。

 

秋の終わり頃。

そろそろ肌寒くなるころ。

 

一人でいきました。

何も持たず、何も考えず。

 

彼女のお母さんは、

胃ガンでした。

今思えばスキルス性胃ガン第4期 末期ですね。

当時は救いようがなかった。

 

やつれたお母さんはよく来てくれたわねと、ねぎらってくれました。

 

彼女も笑顔で迎えてはくれましたが、

その裏に隠しきれない悲哀と諦めと絶望をボクは感じていました。

 

なぜ、こんな試練を与えられてしまうんだろう。

ぼくはHSPでもありました。

だからこそ、普段はクールで冷たく振る舞う。

 

彼女がお母さんの前で気丈に振る舞うのを見るのは、

辛すぎました。

彼女のけなげな様子を共有するのは、

きつすぎました。

 

あまり長居せず、

お大事にといって、

別れました。

 

彼女は出口までついてきました。

「お母さんのところにいてあげて」

「大丈夫。

わざわざ、来てくれてありがとう」

「じゃあ」

見送る彼女が儚げで、小さく見えました。

 

バス停に向かいながら、

「彼女、もうじき、誕生日じゃないか」

10月末に誕生日が終わったばかりの僕は思いました。

 

さすがにプレゼントに何を上げようかと考えることは出来なかった。

 

 

しばらくして彼女のお母さんは亡くなりました。

ぼくが葬儀に行くこともありませんでした。

 

 

その年は、

とても寒い冬だったと記憶しています。

 

 

 

 

ADHD: 注意欠陥多動症 多動、衝動性、集中力欠除が3大特徴。

ASD: 自閉症スペクトラム症 非社会性、偏執性、感覚過敏などを特徴とする。

HSP: 感じやすい、特に人との共感性に関して異常なほど過敏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手がいてこちらの要求を受け入れて貰うためのテクニックについて、

これまで3つほど紹介してきました。

 

フット・イン・ザ・ドア、

ドア・イン・ザ・フェイス、

ロー・ボール

おぼえていますか(^^ )

 

今回は、

別の観点から考えてみます。

 

何かの問題があってその問題をどれほど意識してとらえているかを考えてみます。

 

意識レベルを4つに分けたOATHの法則と呼ぶモデルの紹介をしますね。

ビジネスのマーケティングに応用することで、

顧客へのアプローチに利用できると思います。

 

OATHとは、次の4つの英語の頭文字を取って並べたもののことです。

 

O(Obliivious)  :無知

A(Apathetic)  :無関心

T(Thinking)   :考慮中

H(Hurting)   :困っている

 

下へ来るほど相手の関心は惹きつけやすく、

商品で言えば売りやすくなります。

 

 

例えば、

カウンセリングを受けて欲しい、そのためには

こころの健康に目を向けて欲しい という場合を考えてみましょう。

 

目に見える商品を売る場合と比べて考えてみて下さい。

 

 

こころの健康

O:無知

自分にこころというものがあって、けっこう行動に影響することを知らない、

問題として認識できていないし、人から指摘されても気づかない、

 

こころの健康が人生の質を左右するかもしれないという教育が必要になります。

何らかの問題があっても、

本人の問題を解決したいという切実な要望を引き出しくく、

カウンセリングは難しいでしょう。

 

商品で言えば、その商品の必要性を認識できないわけで、

セールスは困難な状態ですね。

 

A:無関心

自分や他人にこころがあることは知っている。

こころの状態次第でさまざまな行動に影響が出ることも知っている。

しかし、自信の問題として切実に捕らわれることはない。

仮に何らかの影響が出ているとしても、

積極的にケアしようとか、改善しようという意欲はない。

まあ、仮にカウンセリングをしてもあまり効果が期待できないと思われます。

 

商品で言えば、面白そうだけど、

自分には必要性を感じていない段階。

あまりセールスする価値はないと思います。

 

T:考慮中

自分や他人にこころがあることは十分に知っている。

こころが行動に影響を及ぼしていることもわかっている。

何とかして改善したいという自覚もあり、

その方法やともに考えてくれる人を模索している。

アンテナを立てて問題解決法を探していたり、

解決した方がいいのか試行錯誤している状態ですので、

カウンセリングの効果も十分に期待できます。

 

商品で言えば、

一押しすれば買ってもらえる、

メインターゲットといえるかもしれませんね。

 

H:困っている

何らかのこころの問題で現在困っている。

その問題を何としても解決したい、すみやかに対処したい。

相手が求めていることを与えることが出来るわけで、

Win-Winの関係構築がしやすいと思います。

結果が出るかどうかは、あなたのカウンセリング・スキルの問題ですね。

 

商品であれば、相手の問題解決を示せば購入してもらえることになります。

 

 

こころの問題にしても、

実物を目で見て触れる商品にしても、

相手側の問題意識がどこにあるかを見極めることが大事ですね。

また、

相手の意識レベルを見極めて、

次のレベルに誘導することも有効な方法ですね。

 

 

ニーズを見極めた上で、

これまでに紹介したようなテクニックを試すのもよろしいかと思います。

 

検討を祈ります(笑)

 

 

 

 

 

 

K先生事件

もう20年以上前の話です。

 

K先生は、
いっとき僕と同じ学校の教師をしていた。

訳あって僕がその学校を退職して以来音信不通になっていたが、
数年後僕の所へ相談に訪れてきた。


「眠れません。」
げっそりとした彼は告げた。

もともと陰気な文学者的風貌を持つ人であった。

本人曰く、主訴は鬱だった。
意外だと思われるかもしれないが、鬱は不眠で苦しむ。

思索にくたびれはて、

あらゆることにうんざりして、
傍目にも鬱は明らかだった。


強い自殺願望もあったが、

高度の鬱はそれを実行させるだけのエネルギーさえ奪い去っていた。

僕はK先生の近所の精神科医を紹介した。


正直カウンセリングの対象外の精神障害と思われたし、
あまり関わり合いたくなかったからだ。

K先生は、精神科に通いつつ僕の所へもやってきた。
半ば止むを得ず僕は彼とのカウンセリングを継続していた。

彼と面接するとこちらまで鬱になりそうで結構辛かった。

こころならずも、

この人は本当に自殺してしまった方が楽なんじゃないかとさえ思えた

倫理的にこんなことを考えるのは禁忌なのだが、

ときとして相手の状況を考慮すると感情的に共感できる場合もあり得る、

と当時は思っていた。

 

数ヶ月が経過し、

K先生の病状は少し改善してきた。


こういうときこそ危ないときだ。

そしてある日、

病院から連絡があった。


K先生が睡眠薬を大量服用して救急車で運ばれてきたとのこと。
「やったか」と思った。

自殺未遂であった。

連絡のあった翌日、僕はK先生の入院する病院へ向かった。
K先生は個室にいた。

「こんにちは」と僕が入っていくと、
K先生は
「あっ、先生」と意外に爽やかな顔で応じて、

ベッドから体を起こした。


「死に損ねたらしいね、どうしたの」
「睡眠薬を飲みまして」
「どれくらい」
「寝付きが悪かったので病院でくれる薬を貯めておいて、60錠くらい飲んだんです」
「死のうとしたの」
「ええ」

僕は彼が不眠時に処方される睡眠導入剤を知っていた。

「60錠じゃ死ねないよ。800錠くらい飲まないとね。800錠っていうと、湯呑み一杯くらいだ。とうてい一度に飲めないよ。少しずつ飲んでいくうちに、たぶん眠っちゃうよ。」
「そうなんですか」

E先生は致死量をご存じなかったのだ。


「文学者で良かったね。さぞかし、よく眠れて爽やかに目覚めたでしょう?」
僕は皮肉に言った。


E先生は照れくさそうに答えた。
「お陰様で、すっきりしましたよ」


僕らは笑いあった。

それ以後、K先生の鬱状態は解消し、
自殺する気配もないようである。

黒い風は、
K先生みたいにいつも死にたい死にたいと言っている人には、
吹いたとしても、
そのまま吹き過ぎていってしまったようである。

 

まあ、そういうこともあるわな。。。