ストレスは便利な言葉ですが。。。

しばらく前にストレスとその対処法(コーピング)について書きました。
後から読み直してみると、どうも消化不良な印象が強いので、
まとめ直してみました。
 
 

体調不良で医者へ行った。
検査をしてもなんともない。
薬を飲んでも効かない。
症状は緩和しない、治らない。
医者は言った。
「結局ストレスですね。」
成程、労働省(現厚生労働省)のストレス関連疾病のリスト(1992)を見ると、
「えっ、こんな病気がストレス関連なの」という31種類の疾病が載っている。
胃・十二指腸潰瘍、高血圧、低血圧、偏頭痛。腰痛症、狭心症、インポテンツ、気管支喘息などなど。

ストレスって?

物に外から力を加えると歪みを生じる。
その時の力をストレッサーと言い、物体をストレスがかかった状態という。
いわゆるストレスとはストレッサーを指している。
もともとは物理学の用語だったのだ。

日常会話などでの使用される便利な用語は、
カナダの生理学者ハンス・セリエが唱えたストレス説に由来する。
物体のゆがみ ⇒ こころのゆがみ と転用されたわけだ。

この言葉は、安易な使用が多く、
私はいつも苦々しく思っている。



誤解を解くためにセリエの説を述べたいが、
長くなるので下記を参照してください。

 

ストレスとストレス理論

http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/050314stress.html

 

セリエ教授のストレス学説

http://www.hakemiya.com/dmm/dmm039.htm

 

 

文頭の記の医者の診断と説明もストレスという切り札に、

すべてをお任せする典型である。
医者ばかりでなく、
心理学者もよく使う、
巷の人々はもっとよく使う。

しかし、あれもこれもストレスでいいのか。

つまり我々は常にストレッサーのもとで生活している。
多少のストレスは避けられないし、
避ける必要もない。

いみじくもセリエは「ストレスは人生のスパイスである」と言っている。
事実何も刺激のない、
ゼロストレス状態に脳は耐えられない。

 

ストレスはなくても困るのである。

 

要は受け止め方ということである。

 

 

ストレスとのお付き合い、対処の仕方

 

これをストレス・コーピングと言い、次のように分類される。

用語的には、問題焦点型、情動焦点型、社会的支援型、気晴らし型などに分けられる。


つまりストレスに対して
① 回避するか/関与するか、
② ②解決しようとするか/気持ちを整理・落ち着かせるか、
③ ③行動するか/考えるか

という2択が3種類できる。

 

各々を組みあわせると、
 2の3乗=8つ

組み合わせができる。

 

つまり

1.ストレスを回避して問題を解決しようと行動する。

2.ストレスを回避して問題を解決しようと考える。

3.ストレスを回避して気持ちを整理・落ち着かせ、行動する

4.ストレスを回避して気持ちを整理・落ち着かせ、考える

5.ストレスに関わって問題を解決しようと行動する。

6.ストレスを関わって、問題を解決しようと考える。

7.ストレスに関わって、気持ちを整理・落ち着かせ、行動する

8.ストレスに関わって、気持ちを整理・落ち着かせ、考える。


どれを選択するかは、

自分にあっているか、

その状況にあっているかどうかがポイントとなる。

 

カウンセラーは、

クライアントの状態に応じて、

最適のコーピング法を選択していくわけである。

 

いささか理屈っぽいだが、

8つの解決策をじっくりと味わってみてください(^0^)



カウンセラーの山崎孝氏の言葉で結びとしよう。

 

「私たちは、問題解決の可能性があるときには問題焦点型コーピングを選択し、失敗や親しい人を亡くしたときなど、問題解決の可能性がない、または非常に低い場合には、情動焦点型コーピングを選択します。
ストレスを感じる場面においては、一つではなく複数の対処行動がとられます。ストレスの対処法が多いほどストレスを抱え込みにくくなります。初めて経験するストレスを、既に持っている対処法を組み合わせるなどして処理できたとき、新たな対処法を獲得したことになります。自己効力感が増し、対処能力が向上します。」

 

出典 http://yamazakitakashi.net

 

 

 

 

心理カウンセリングをしていると自殺を避けて通ることは難しい……

ケースをまじえた自殺に関するこれまでのまとめです。

思い悩み、自らの生命を断ってしまう人は
こんな思考にとらわれることが多いようだ。



『……寝床の中で、眠れぬ夜が過ぎてゆく。
これまでの人生、
これからの人生、
己の人生、人の人生、
様々な思考、幻想、幻覚が飛び交い、
あの世とこの世の境界さえはっきりとしなくなってくる。

輾転反側し、明日の仕事を思い、
あちこちの体の不具合を呪い、
傍らで安らかな寝息を立てる家人を恨む。

子孫も作って生物としての役割も果たした、
こんな生に何の意味があるのか、
これ以上生きて無駄なエネルギーを費やすことに、
どんな意義があるのか。

自分のやった来たことにどんな価値があるというのか、

妄想は膨らみ、自分で自分の考えを収集できなくなる。

限りなく気分が落ち込んでゆき、
負のエンドレス・ループに入ってゆく。

無性に死にたくなる。

生よりも強い死の誘惑に駆られる』

 

そして、黒い風が吹く…

 
もとより自殺の要因は鬱を含めて多岐にわたる。

臨床心理学ではTALKの原則ということがいわれる。
Tell:伝える、
Ask:尋ねる、
Listen:傾聴、
Keep safe:適切な手を打つ 

また、
防止・事後対応の治療・対応に関する処方が存在する。
これらに準拠することで、
自殺を未然に防ぐことは可能であり、
カウンセラーは当然心得ていなければならない。

特に思い当たる原因もなく、次のような症状が5つ以上あったら要注意。
早めに医師の診察を受けて欲しい。

↓身体的なもの     ↓精神的なもの
疲れやすい        やる気が出ない
朝起きられない      イライラする
食欲がわかない     何となく落ち込んでいる
めまい           何をするのも面倒でおっくう
頭痛・腹痛・便秘     興味・関心がわかない
不眠            思考力・判断力が低下
動悸            不安や焦りを感じる
 
 

多くの場合、原因はいわゆるストレスである。
自分なりの心の処方箋を持ち、
ストレスを大きくため込まないようにすることが、
予防であり解決法でもある。

いくつかの例をあげてみよう。
・ 「疲れたな」と感じたら、ゆっくり休む
・ スポーツをする
・ ゆっくりお風呂に入る
・ 好きな音楽を聴く(演奏する)
・ 人に話を聞いてもらう
・ アロマセラピーを試してみる
・ 漫画や小説、映画などで気分転換する
・ カウンセリングを受ける
・ レジャーや旅行に出かけてみる などなど

僕は、オカルト主義者ではないし科学を信じている。
人の心の動きを脳内の神経伝達物質の働きに帰し、

科学的論理的に解釈することも可能であろう。


突然の自殺も当人を取り巻く様々な要因を全て調べ上げれば合理的に説明できるかもしれない。
しかし長年人の心の動きに付き合っていると、
なにか割り切れないものも感じる。

 

その一つが“黒い風”だとも思う。


なにも感じない人が大多数だろう。
でも、黒い風に吹かれる人もいる。

黒い風に吹かれないように、ご用心!

 
そんな風にして人の悲しさ、
苦しさにいつも出会っているといつの間にか感性が鈍磨してくる。
機械的で冷たくなる。
 
喜びや嬉しさにも鈍くなったときに、
たった一言のありがとうが
 
こころの氷を溶かしてくれる。
 
 
黒い風が吹く シリーズはこれにていったん終了です。
 
 

M子の場合

M子は女子高生だった。


小学生のころから様々な悩みをいだき、

僕とのカウンセリングを続けてきていた。

海外生活経験もあったが、

帰国後は日本の学校生活になじめない面もあったようだ。

色々なことを訴えた。

“足が太い”、“髪を染めたい”、“早く携帯電話を持ちたい”、“先生の教え方が下手で耐え難い”、“医者になりたい” ”いじめにあう”、”母がうるさい” などなど。

僕は彼女の悩みを聴き、

それなりの共感をいだき、

進学などに関してそれなりの意見を言ったこともあった。
 
ある時彼女のあまりに自己本位な要求に対して、

きっと傷つくだろうなと思いつつも、

結構厳しいことを言った。


案の定彼女は相談に来なくなった。


後日母親から連絡があり、
「痛いところを衝かれたようで、しばらくお休みします。

でもおっしゃっていただいてよかったと思います」との連絡があった。

カウンセリングでは良くあることなので、

僕はあまり気にしなかったし、

彼女なら乗り越えられるだろうという確信もあった。

しばらく音沙汰のなかったM子がやってきたのは、

1年半後、季節は秋だった。


入り口で僕は、

笑顔を浮かべてすらりと背が伸びた彼女をまぶしい思いで迎えた。

「お久しぶりです」と言うハキハキとした口調は、
僕との以前の確執を克服したことを物語っていたし、
その日の話も大学進学を含む近況と未来の希望を語る明るい話題であった。


これは長く続いたカウンセリングの終了を示唆する。


治療者として喜ばなければいけないことなのだが、
面接が終わってちょっぴり寂しい思いを抱きながら、
“もう会うことはないだろうな…”と彼女を送り出した。

 

 

この思いはもっとも望ましくない形で裏切られた。


ほぼ半年後、暦は春を告げつつあったものの、
季節はまだまだ冬だった。

暮れなずむ夕方、

一息ついていた僕に電話が鳴った。
M子の母親からだった。

「M子が死んでしまいました。昨日の夜でした。」
母親は語った。
僕は唖然としつつもただ聞くだけだった。
「お別れの式を明日14時から開きます」
「……参ります……」

会場で僕は母親からM子の自殺の状況を聞かされた。
特に思い当たるようなことはなかったという。


昨夜M子は学校のかえりに、

母親と待ち合わせて最寄り駅まで一緒に帰ってきたという。
M子はちょっと買い物するからと母親と別れ、

母親は駅まで自転車で来ていたので駐輪場へ向かった。


軽く手を振るM子。

それが生きたM子を見た最後だったという。


M子は線路脇の柵を乗り越え、
走ってきた列車に飛び込んだらしい。

即死だった。



あとで発見された携帯電話には、
母と別れてから友人に宛てて数十の発信記録が残されていた。
友達と何を語り合ったのだろうか。

発信記録の最後の番号は母親のものだった。
不幸にして母親はこの呼びかけに出なかった。
M子は何を話すつもりだったのだろう。


出られなかった事実は母のこころにいかなるトラウマを残したことだろう。

いったいどんな気持ちでM子は柵を乗り越えたのだろう。
迫り来る列車の前に我が身を投げ出すのにどれほどの勇気と苦悩が必要だったろう。

 

棺に横たわる彼女は

生前の生き生きとした彼女ではなかった。

ただの物体だった。

 

少なくとも、

僕はそのように、

見た。

 

「バカ野郎……」

声もなくつぶやき、

辞去した。



「カウンセリングは半年も前に終結していたんだ」
僕は自分に言い聞かせた。

これ以上感じたくなかったし、何も考えたくなかった。



やけに青い冬空が目に映った。

 
誰にも何も思い当たることはなかったという。
 

なぜ、M子は自ら生命を断ったのだろう