え~、

世の中には心配性の人というのがいらっしゃるもんで、

 

ある時、

そんな人が家族で旅行にいったそうな。

 

家族全員でお出かけというわけで、

家には誰もいないですな。

 

4泊5日の旅行とかで、

あちこち行ったわけです。

 

ある時オヤジさんが、

息子の前で電話をかけてらっしゃる。

 

 

「う~、オヤジ、どこにかけてるの」

「いえだよ。」

「いえ? 誰もいないだろ」

「んなことは、知っておるよ」

「なんでまた、誰もいないのにかけてるの」

けげんに思った息子は重ねて尋ねたわけです。

 

さて、オヤジさん、何と答えたと思いますか?

 

「いやね、もし、火事にでもなっていたらどうしようかと思ってね」

 

この答え、どう思いますか?

 

仮に火事になっていたら、

誰も出ないでしょう。

 

誰か出たらそれこそ恐ろしいですな(^0^)

 

仮に火事になっていなかったとしたら、

誰も出ないでしょう。

 

結局、火事に関わらず、

誰も出ないわけです。

 

よって、

オヤジさんの行動は、全く無駄なわけですね。

 

取り越し苦労のことを杞憂といいます。

オヤジさんの行動は、その典型。

 

話を聞くと落語なのですが、

こんな例だとどうですかな?

 

何やら悩んでいる青年一人。

「どうなすった?」と尋ねると、

 

「彼女をデートに誘うか、

誘うまいか、

もし振られたらどうしようかと、

ずっと悩んでいるんです」

 

誘わないうちに、

振られるのではないかと、

振られたときの事を考えるあまり、

誘うことさえ出来ないという状況。

 

こんなことって、

ありがちですね。

 

でも、

よく考えてください。

 

この悩み、

無駄だと思いませんか?

 

 

仮に振られる割合が五分五分だとして、

誘って振られるのは五分。

誘えば承諾されるのは五分。

 

しかし、

誘わない限り願いは絶対に叶いません。

すなわち振られる割合は100%。

 

だったら、

誘うしかないでしょ。

思い悩むのは、

まったく意味ないでしょ。

 

留守の家に電話をかける無意味さ。

誘わないうちに振られることを期待する無意味さ。

 

いわれてみればごもっとも。

といいつつも、

実生活でわかっているのに無意味なこと、

していませんか?

 

そして、

わざわざ自分で具合悪くなっていませんか?

 

 

 

 

 

 

【AIに仕事を奪われる?】

 

2年くらい前に、

表題のようなことが盛んにあちこちでとりあげられ、

戦々恐々としたのは、僕だけでは無いと思います。

 

その後、

AIはそれなりに進歩、

普及したかと思いますが、

 

あなたの仕事はAIスピーカーに奪われたでしょうか?

SIriの方があなたよりも有能になっているでしょうか?

 

 

あなた自身の仕事の社会における位置づけをあらためて、

考えると、AIの脅威が果たしてどれほどのものであるのかが、

見えてくるかと思います。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

冒頭の言葉はある意味正しいです。

しかし、皆さん何か勘違いしています。

もし奪われたとして、あなたの仕事は社会でどのような位置づけにあるのですか?

 

人間は、何らかの意味で社会に役立たなければいけないと思っていませんか?

 

 

社会におけるあなたの価値はどこにあるのですか。

役に立つことばかりが重宝なのですか。

あなたは、社会にとっての道具に過ぎないのですか?

 

何か、役に立たないといけないのでしょうか?

 

あなたは、

資格を取得したり、

語学を習ったり、

未来に備えていろいろな勉強をしたりしてきたと思います。

 

少なからず時間とお金を使ってそうしたことをしてきたことでしょう。

  

それ自体は悪いことではない。

 

 

でも、

その行為は、

未来の利益のために現在を犠牲にしているともいえます。

 

J.バタイユの言葉を借りれば

「現在が未来に隷従」

しているということになります。

 

 

 

現在人の価値観は「役に立つこと」という有用性に収斂します。

 

これは真理なのでしょうか?

もしそうなら、

汎用型AIは、

有用性の故に、あなたを用無きものにするでしょう。 

 

 

一方であなたは、

夢を追ったりもしていますね。

益体もない夢を追ってばかりいて、

いい加減目を覚ませ、

なんて言われることもありますよね。

 

あなたの、

本当の価値はどこにあるのでしょうか?

あなたは何をもとめているのですか。

 

上にあげたバタイユは、

「役立つもの:有用性」に

「至高性」という概念を対立させました。

 

至高性とは、

「役に立つ立たないに関わりなく価値のある物事」

を指します。

 

詩とか音楽とか恋愛とか、

AIで代替できない、

人間の尊厳とか。

 

そして、

あなたの夢とか。。。

 

何があなたにとって、

本当に価値あるものなのか、

一度ゆっくりと考えてみていただきたいと思います。

 

 

バタイユの言葉で終わりますね:

「空の無数の星々は仕事などしない。

利用に従属するようなことなど、なにもしない」

 

自分を、

社会に役立つ道具と見立てて、

社会に従属させていませんか。

 

 善いとか悪いとか言っていません。

 

 

僕は、

可能ならば、

星のように生きてみたい。。。

 

 

[参考]

井上智洋 「人工知能と経済の未来」 文春新書

J.バタイユ 「至高性」 人文書院

人はひとりでは生きていかれない。

 



必ずある集団に属して生活をしている。
 
だったら、集団内で有利な位置にいるにこした事は無い。
自身の生存確率を上げるためには、

同じ考え方の集団に属している方が有利である。
 
別の言葉を使えば、みんなに好かれている方がいい。
 

 
集団は、目的にかかわらず3つに分類できる。

 
1.憧れの集団: あなたが属したいと思う集団。
2.連帯する集団: あなたと考えや価値観をともにする集団。
3.関係を絶つ集団: あなたが属したくない集団。
 
商品を売ったり、仲間を増やしたりする場合も、
この集団の欲求に上手に訴えるようにすることが大事である。

 

 

この場合、訴え方には2通りある。

1.同じ集団の態度や価値観を強調する 
⇒ 「属せ!」という手法。

2.ユニークさを強調するために、
敢えて異端であることを強調する
⇒「拒め!」という手法。

いずれにしても、
「それ、チャンスだぞ、この馬車に飛び乗れ!」
と訴えかけて行動を促すわけである。

誰かが馬車に飛び乗るのを見て、
我も我もとなることを バンドワゴン効果 と呼ぶ。

なんとなく、
自分の事をいわれているような気になるのは、
わたしだけだろうか……


このあたりの具体的な手法が非常に詳しく述べられている本がある。
ドルー・エリック・ホイットマン 著
現代広告の心理技術101

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興味がある方は、クリックするとみられます。

みんなが買うと自分も欲しくなってしまう心理、
わかりますよね、
 

 

著者のドルーは、

人間には8つの基本的欲求が生物学的に組み込まれているとのべ、

生命の8つの躍動(Life-Force 8)と呼んだ。

 

1.生き残り、人生を楽しみ、長生きしたい

2.食べ物、飲み物を味わいたい

3.恐怖、痛み、危険を忘れたい

4.性的に交わりたい

5.快適に暮らしたい

6.他人に勝り、世の中に後れを取りたくない、

7.愛する人と気遣い、守りたい

8.社会的に認められたい


上記のバンドワゴン効果は、
自分が社会的に認められたい
みんなと一緒が良い、
という心の動きである。
 

 
この心理に関して、
知っておいた方が良いと思われるのは、
マズローの欲求5段階説である。

 

心理学者のマズローは人間の欲求を5段階で表現した。

低い順に記すと、


5.生理的欲求
4.安全欲求
3.社会性欲求
2.尊厳欲求
1.自己実現欲求
  

となり、

5~3までを「外的に充たされたい」という低次欲求
2~1を「内的に充たされたい」という高次欲求と呼んだ。

 

バンドワゴン効果は、

3番目の、

「社会性(帰属)欲求」に当たり、
外的に満たされたいという低次欲求の1つである。

 

 

社会生活を営むうえで、

人々のこうした欲求を知っている方が、

あなたもわたしもより生きやすいことは確かである。

 

そして、

より高次の内的欲求によって行動するようになるのが、

理想の姿なのである。