La Sarthe, my back pages-002

La Sarthe, my back pages-001









2日連続の更新。これは天変地異が起こるかも? つまらない前置きはさておき、クラシック・ル・マンの取材には、もうひとつの目的があった。仕事とはまったく関係のない、単なる個人的趣味によるものだが、ほか2名の賛同者を得ることで、みごとに成立した“戦車を観る会”である。


場所はドイツ・ムンスター(空港のあるミュンスターとは別地)とフランス・ソミュール。見る物がレーシングカーか戦車の違いで、いずれもクラシック、動く物であることには変わりないだろう、という定義付け。


ル・マンへ行くのにブレーメン起点というアホなルート設定になった。ちなみに終点はシュツットガルト経由のミュンヘン入り。ここまでレンタカーによる陸路。フランス国内での寄り道を考えると、軽く3000㎞は超えそうだ。


ところで、フランスのソミュールだが、実は6月のル・マン24時間のときに1度見学済み。7月にもう1度行くことは分かっていたのだが、下見のつもりとル・マンから100㎞強の距離というアクセスの容易さで、覗いてみる気になったものだ。


そんなワケで、衝撃的な感動は6月に味わってしまった。なにが? メカ物好きなら言うに及ばす、だ。ずばり、タイガーⅡ型。あのバランスのとれたフォルム、小山のような存在感、長砲身の88㎜戦車砲。火力、防御力と戦闘という意味では、第二次大戦中のナンバー1戦車と断言して間違いない。


同行の1人S氏が、突撃砲の魅力についてとくとくと話す。Ⅲ号/Ⅳ号の突撃タイプ、通称Ⅲ突、Ⅳ突のファンらしいことが判明。旧職場の後輩Y君は、この時代の兵器に関して幅広く深い造詣を持つMr.オタク。70t弱の自重を持つタイガーⅡの機動力に関して一考察を語ってくれた。


ソミュールの来客用駐車場の片隅に、パンサーG型が駐車していたのには参った! キャタピラの接地面が削れて光っていた。「おおっ、これは自走だ!」「動くとこ、見たかった」とてんでに興奮。いやいや、どうせなら、タイガーⅡの動くところを見てみたい。


戦略シミュレーションゲームの定番に「大戦略」のシリーズがある。これのセガ・メガドライブ版で「アドバンスト大戦略」というゲームがあった。もう20年近くも前のソフトになるだろうか。1939年9月1日のドイツ軍ポーランド侵攻の電撃戦で幕を開けるゲームだ。古い時代のソフトで、描画のリアリティといった点では現在のソフトに及ぶべくもないが、ゲーム性、ストーリー構成の忠実度、ヨーロッパ大陸の空の高さをうまく描いた2D画像など、いまでも大戦略シリーズ中のナンバー1だと考えている。


このアドバンスト大戦略、兵器の生産モードが進化方式を採っているのだが、リリースされるタイミングが実に微妙。とくに、連合軍に追いつめられた時代の兵器リリースは、涙が出るほど嬉しい時がある。Ⅳ号D型から長砲身のⅣ号G型へ、Ⅳ号系からパンサーD型へ、さらにパンサー系からタイガーⅡ型へと、たかがM4シャーマン相手に苦戦を強いられ耐えていた戦況からの脱出は涙が出るほど嬉しかった。


航空機にしても同じ。英仏の航空機を相手にするうちはMe109、FW190でそこその戦闘力を持ち得たが、米軍が相手となりP38あたりが出てくる頃から様相は一変。190D9に進化するもののP51の登場で歯が立たず。こんなとき、なんとMe262がリリースされるという起死回生の展開。本当は、このつなぎとしてTa152があってもよさそうなのだが、たしか出てこなかったように思う……。


気楽なゲームの話に転んでしまったが、振り返れば、今回巡った地は悲惨な戦場と化したところばかり。拡張主義がもたらした悲劇は決して繰り返されるべきではない。写真は上がパンサー、下がタイガーⅡ。


La Sarthe, my back pages-002
La Sarthe, my back pages-001

バタバタして思うように更新が進まず。それなりに忙しかったということでご容赦を。


さてさて、予備予選と決勝、あるいは公式練習と決勝という形で、ほぼ1か月のインターバルでル・マンを往復したことはあったが、今回は異なるイベントで、しかも2週間のインターバルでル・マンを往復することになった。今回はクラシック・ル・マンだ。


日本でも富士と岡山(当時TI)で2度開かれているが、今回は本家本元ル・マンでの開催。隔年開催で今年が4回目。1923年から1979年までを主要年代ごとに6つに区切り、300台を超すエントラントを集める壮大なイベントとして成立している。


以前から1度行きたいと思っていたイベントで、今年やっと願いがかなうことになった。お目当ては1966年から1971年までのクラス。ポルシェ系はこれまでに撮り集めた写真が比較的あるのだが、フェラーリ系は皆無に近い。312P、312PB、512S、512Mがお目当て。また、当時の定番グループ4カー、ローラT70のグッドコンディションカーも計算内。


旧知のレーシングガレージもアルピーヌのメンテで渡仏。偶然にもS女史が帯同する形で動いていたが1度も会えず。日本に戻ってきてからお互い「あれまあ」といった具合。いたく感動気味で、クラシック系の魅力に首までドップリ。


日本では、このイベントはダメだと思う。日本で知名度があるのはこれより後の時代、1980年代に入ってからのグループCカーレースで、これより前の時代は極端に知る人が少なくなる。F1もフジTVの中継が始まった1987年以降のことしか知られていない。これ以前のことは極端に反応が薄くなる。


それはともかく、楽しい3日間で、レア物ばかりを目にすることができて大満足。1週間違いでグッドウッド・スピードフェスティバルがあったため、参加車両の分散も懸念されたが、ル・マンにちなんだスポーツカー系はほとんどこちらに。


ルーカスのメカニカルインジェクション付きローラT70を担当するメカニックと仲良くなってしまった。元BARのメカニックで佐藤琢磨の担当をしたこともあるとか。このチーム、ポルシェ908のショートテールクーペというレア物も持っていた。


せめて写真だけでも、古き佳き時代のル・マンをお楽しみくださいな、と。



La Sarthe, my back pages-NUR

La Sarthe, my back pages-SPA

ル・マンの車検風景を上げておきながら、気が付けば決勝も終わり、いまはなぜかニュルブルクリンク。実は、ル・マンへの行きがてらにスパで1泊しているので、2週間で名だたる24時間レース開催サーキットの3箇所に立ち寄ったことになる。


スパのホテルは、コッテージ形式で、宿の親父さんが話し好き。息子さんが日本へ来たことがあるそうで、現在は仕事の関係で上海在住とか。その親父さん、「今週のBSTを取材に来たのか?」と聞いてきたので「いや、ル・マンへ行く途中の寄り道」だと言ったら、ル・マン24時間とスパ24時間の話になった。


日本では、トヨタの現社長が自らドライバーとして参加したこともあり、また車両が発売前のレクサスLF-Aだったりしたことも手伝って、ニュルブルクリンク24時間レースの格式は高いように思われているが、歴史から言っても、内容から言っても、スパ24時間のほうがはるかに上なのである。


ちなみに、ル・マンはスポーツカーによる24時間レースを1923年に、スパはツーリングカーによる24時間レースを1924年に、それぞれ始めている。その差はわずかに1年。日本は大正末期にあたり、自動車文化とはほど遠い環境にあった。知る人ぞ知る実話だが、ゼロ戦が昭和15年(=皇紀2600年の末尾0から命名)に誕生した際、テスト飛行のためその機体を三菱・小牧から岐阜の各務ヶ原まで運んだのは牛(!)だったという有様だ。


ニュルブルクリンクの宿のマスターは、自身もレースを行う大のクルマ好き。サーキットのそばで宿を営む者、皆レース好きでクルマ好き。スパの親父さんとよく似ている。こちらのマスターとは、互いにポルシェ好きという点で意気投合。


来年のニュルブルクリンク24時間にはルノー・クリオで参戦するという。ちなみに、ニュル24時間のクラス分けは14クラスと異様に数が多い。未発売のレクサスLF-AやDTMカーなども出てこられるようにすると、必然的にクラス分のメッシュは細かくなる。「同クラス最大の敵はBMW1シリーズ」と今からワクワク顔。普段の足はカイエンというリッチマンだ。


レンタカーのオペル・コルサ、13日間で2600㎞を走破。4年前、J君の仕事でル・マン~インゴルシュタット間の往復2200㎞を1泊2日で動いたのがいまのところの記録。写真は上が新装なったニュルブルクリンク、下はスパ駅構内の様子。


La Sarthe, my back pages-LE MANS001

5月中下旬は少々まとまった量の仕事を抱え更新がままならぬ状態で、我ながら少々やきもきとしていたところ。そして気が付けば、ル・マンの季節に。実はいま、すでにル・マン。おもしろいもので、海外でも国内でもまったく同じだが、いったん取材に出てしまうと、案外時間の自由が利くようになるものだ。


今年のル・マンは日/月車検。これまでより1日繰り上がっている。日曜日に車検を行うことで、集客増を図ったようだ。そういえば、今年はやたらとACOからのリリースも多い。広報部長が代わったようで(だけでなく、組織の人員がかなり代わったとか)、イベントの活性化に力が入っている。


今年は、暑いのか、寒いのか、よく分からない。金曜日のフランクフルト着で、金~土曜日にスパ~フランコルシャン経由でル・マンに入ったが、土曜日がメチャクチャ暑かった。エアコンを効かせながら走っていたが、シートバックに接する背中は汗ビッショリ。こりゃ……、なんて身構えていたら、日曜未明に超土砂降りの雨。その後、いっこうに気温が上がってこない。決勝のある週末に向かい、天気は下り坂模様との予報も。準備はしておくけど、天気はなるようにしかならない。できることは、せいぜい祈ることぐらい。


F君、R15プラスのフロントセクション、支柱を立てた2階建て構造のように見えました。エア通路のスプリッターも形状が変わっていたように……。ただ、まだマシンに接近できず詳細は未観察。実は今年、車検場がこれまでのジャコバンプロムナード(レースのあるのが分かっているのに、この時期に閉鎖してなぜか工事中)でなく、普段は駐車場として使っている中央のジャコバン広場のほうに移動。(ル・マン・ファンの方に念のため。日本のメディアが長年伝えてきた車検がジャコバン広場という表記は間違いです。ジャコバン・プロムナードが正答で、シャコバン広場は、サンジュリアン大聖堂正面のパブリックスペースの方です)これが手狭で身動きできない状態。この変更は、改悪だ~。


本日は、レストアが完了したマルティニカラーのポルシェ917LHのお披露目式。当時のセミワークス・ドライバー、G.ラルース氏(ラルースF1のラルース。日本では、鈴木亜久里が所属したチームオーナーとしてのほうが有名かな)が立ち会うとか。え~、マッドハウス関連の皆様、マッド杉山の87%サイズ917の原型、本家、元祖がこのマシンです。ただし、同一カラーリングの車両がもう1台、シュツットガルトのポルシェミュージアムに。少し先の話になるけど、おもしろい写真をお目にかけることができるかも。


とりあえず、長いル・マンの8日間が始まりました、ということで。。。
(車検初日、昨年の覇者であるプジョー908の写真などでも……)


La Sarthe, my back pages-K4GP-001
もてぎのF-Nを欠席し、代わりに富士チャンピオンレースに行ってきた……、と言えば聞こえはいいが、要は、土曜日の昼時間枠にK4GP富士1000㎞の練習走行帯があり、これの様子見とマッド杉山との打ち合わせがあったからだ。


盛況、盛況、70台ほど集まっていた。富士チャンピオンレース合い間の時間枠だったが、台数的には楽々これらを凌ぎ、FSW職員が偵察(?)にやって来るほど。K4GPは、観戦型でなく参戦型のイベントだ。底辺層のレースを盛況にしたいと考えるなら、オーガナイザーはエントラント目線で物を考えてみるといい。でも、きっと分からないだろうな。


プロトクラスがさらに充実してきた。夏の1000㎞に向け、マッドハウス枠の新しいプロトが登場。CAN-AM用の917PAだ。ポルシェのCAN-AMカーといえば、ターボ時代の917-10や917-30が有名だが、PAは69年型グループ4仕様の917をベースにCAN-AM用に作り変えたオープン2シーター。フォルムは908スパイダーⅡ型の流れを汲む。


私財を注ぎ込んだ917LH、量産を狙った917PA、これで残るは917Kだけだが、これもすでにスタンバイ状態。その気になって917-20を作れば、1971年のザルツブルグ陣容も夢じゃない。笑いでごまかしながら、マジ仕掛けてみようかと思っている。作るかな? 作らないだろうな。肥満フォルムの917-20は、マッド杉山の美的感覚の許容外だろう。


アイルランドの火山活動が気になる。実を言うと、フランス宛のEMSで被害が。結果、かろうじて事なきを得たが、冷や汗ものだった。怪我の功名ではないが、この一件が改めて地球儀を見る機会に。地球は丸い、と改めて。


我々が通常目にする地図はメルカトル図法。高緯度になるにつれ面積が拡大されるのはしかたないとして、地軸を挟んだ距離感がまったく狂ってしまう。北極圏の国であるアイスランドには、西側の防空拠点、ケフラビック基地がある。NATO軍が駐留し、東西冷戦時代には、ドイツ・ビットブルク、オランダ・ソエステルベルク、そしてアイスランド・ケフラビックにF15イーグルの部隊が配備されていた。


メルカトル図法の地図だと、ケフラビックの重要性が見えてこない。イギリス、そしてスカンジナビア半島を介して旧ソ連と対峙する格好にしか見えないからだ。だが、地球儀で見ると、北極を挟んでソ連と睨み合っていることが即座に分かる。こんな地の果てに(非礼をお許し下さい)、なぜ西側最強、最高価な戦闘機(F14のほうが高価という論議はひとまず置いて)が配備されているのか? 答えは地球儀にあった、というわけだ。


ひょっとして、今のケフラビックにはF22ラプターが配備されていたりして……。アメリカ本土ではないので、この可能性は低いかもしれないが、逆にアラスカのエルメンドルフなら、確実にラプターが居そうな気がする。凍てつく北極圏の大地に、アラート待機中の機体は美しく、絵になる。


もっとも、個人的にはコンテストで敗れたダグラス組の(Y)F23ブラックウィドウⅡが好きだった。エンジンが小型なF119-PWに制約されことも気の毒だったと思う。フリーハンドでF120-GEが使えていれば、F22を凌ぐモデルであったことは確実なはずだ。


実物のラプター見たいな、と思いつつ、キングタイガー(Ⅱ型だぞ、と)を観るツアーを企ててみた。ヘインシェル・ターレットなんだろうな、ポルシェ・ターレットを見てみたい、と期待だけは膨らんでいく。