アメブロでもFacebookでも、コメントを沢山頂きました。
やはりPTA本部役員に推薦された話に関するコメントが多く、その中に、「やりたくないなら固辞すればいい」、「やればやったで思いのほか楽しいよ」、「たぶん合っている」という内容が散見されました。
ちょっと誤解されているので、フォローさせて頂きます。
私は、PTA本部役員を「やる」とか「やらない」とか「やりたくない」とか、そういうことは書いていませんし、議論する気もありません。
私が昨日の記事を書いた本意は、完全に「不意打ち」で推薦されたことに対する問題提起です。
おそらくは、私のことをご存じの方が、私の人柄や雰囲気、学校行事への関わり具合、もしかしたら職業や能力をも考慮して、私を推薦したのでしょう。
でも、人には、色々と事情というものがあります。それは他人には分からないことが多いですが、「あの人にも何か特別な事情があるかも」とは予測できるのではないかと思います。そこを全く考慮せずに、「本気」で考えて推薦したと言えるでしょうか?
どこか懇談の場とか飲み会の席とかでPTA役員のことを話題にしていたり、事前に何らかの方法で私に前振りがあったのであれば、それを私が容認しているか否かは別にして、そんなものかなと思います。でもそのような事実は一切ありません。
「あの人ならやってくれそうだよね」とか、下手したら「自分じゃなければ誰でもいいし、あの人なら断らなそうなかな」と考えて、「安易」に私を推薦したようにしか見えません。少なくとも私には。
でも、推薦された私は、「本気」で考えることになります。お金のこと、時間のこと、家庭のこと、事業のこと、従業員のこと。本人にしか分からない事情を踏まえて、役員を受けるか否かを「本気」で考えます。
要するに、人を推薦するということは、推薦した人をそういう状況に置くということです。
なので、「安易」な気持ちで推薦しないで欲しいですし、もし「本気」で私を推薦したいと思うのであれば、事前に何らかのアクションをするはずで、全くの「不意打ち」で推薦するような真似はしないのではないでしょうか。
推薦されたことは、とても名誉なことです。役員をやればやったで「やってよかった」と思えるであろうことは容易に予想できます。
でも、今回の依頼状をみて、それを素直には受け入れられない「不条理な何か」を感じましたので、昨日はその点を記事にしました。
本ブログは、弁理士という職業に対する「お堅いイメージ」をほぐす意味合いもあり、多少なりとも面白おかしく書こうという意識が働いています。そのため、昨日の記事では、テーマと表現(特に「暇人と思われている」と書いた部分)がマッチしていなかったかもしれません。
もし昨日の記事を読まれて、どこかで「カチン」ときた方がいらっしゃったのであれば、この場を借りてお詫びいたします。

