今回は長編デビュー作にしてはストーリーが粗削りで、厳しく言えば説明不足に近いんだけど、個人的に滅茶苦茶好きだったフランスのディストピアSFをご紹介します。

カレ・ブラン

主演︰サミ・ブアジラ

出演︰ジュリー・ガイエ/ジャン=ピエール・アンドレアーニ/カルロス・レアル/ヴァレリー・ボドソン/アデル・エグザルポプロス/フェジリア・デリーバ/ドミニク・パチュレル/ビビアナ・アリベルティ/マジット・ハイブズ/ナザリー・べクエ


・あらすじ(ネタバレ)

最初に発見されたのは子熊を抱いた母熊の死体。大きな雄の熊に襲われ死んでいた。次に別の母熊が氷河の上で発見された。そこには子熊の逃げた跡が残されていた。

母熊は言った。"奴らはみんな恐ろしい怪物だよ。そのうち、あなたにも見えるはず。"

(黒画面に"800 726 370"と何かを示す数字の羅列が中央に表示される。数字の羅列が"800 726 371"へと変わる。)

近未来、街には無機質な建物が沢山建ち並んでいました。ビルのスピーカーからは「子供を隠したらクロッケーの権利を失います。」「フランソワーズがトマを出産しました。おめでとうございます、フランソワーズさん。」「今夜、子供を作ってみては?」「どの子供でもクロッケーのチャンピオンになれます。」というアナウンスが流れていました。

街には食肉加工工場があり、工場やトラックには四角形の中に複数の四角形が描かれた独特なシンボルマークがかたどられていました。従業員はトラックの荷台から黒い袋に詰められた何かを工場に運ぶと、それを加工機器にかけ、ベルトコンベアを動かしました。ベルトコンベアの上には黒い袋に入っていた"何か"を加工したとされる挽き肉がパック詰めにされて載せられており、工場をその挽き肉を店に出荷させます。

そんなある時、トラックを清掃していた中年の女性は職場に耐えられなくなったのか、他の従業員が目を離してる隙を狙ってフェンスを乗り越え、作業着を捨てて去っていきます。中年の女性はフィリップという少年の母親で、女手一つでフィリップを育てていました。フィリップは母親と飼い犬と一緒に自宅のマンションで暮らしていました。

その日の夜、フィリップの母親と息子のフィリップは自分の部屋で話をしていました。母親は母熊の話をしたあと、「心を隠しなさい。それを覚えるのよ。」と息子に伝えました。フィリップは不安そうな目で母親を見つめますが、フィリップの母親は「泣いちゃダメよ。赤ん坊じゃないんだから。」と厳しい言葉をかけました。怒ったフィリップは側にあった自分たち親子の写真を投げ飛ばすと、「ママなんか大嫌いだ。」と言って立ち去り、母親は「これでいいの。」と呟きます。

真夜中になり、苛立っていたフィリップは気分を変えようと飼い犬の散歩に出かけました。スピーカーからは「800 724 607…」と何かを表す数字の羅列が読み上げられていました。フィリップは飼い犬の散歩から帰宅すると、自分の部屋のベッドで眠りにつきました。彼が寝ている間、母親は息子の部屋に入り、悲しそうな目でフィリップを見つめます。

夜中に目覚めたフィリップはリビングの窓が開いていることに気づきました。フィリップは母親の部屋に向かいますが、母親の姿は消えていて、ベッドの上にはフィリップ親子の写真が置かれていました。嫌な予感を察したフィリップはリビングに行き、恐る恐るベランダの下を覗いて見ると、マンションの駐車場には無残に変わり果てた母親の姿がありました。飼い犬が寂しそうにフィリップを見つめます。フィリップは施設に引き取られることになったため、飼い犬を手放すことにしました。彼はアパートの庭で飼い犬のリードを外すと、飼い犬を置き去りにしたうえ、自宅に戻ります。

自宅で待機したフィリップは施設の職員によって車に乗せられ、親のいない子供たちが孤児が教育を受ける施設に連れて行かれます。市役所の職員なのか、2人の男性がフィリップの母親の遺体を黒い袋に詰め、トラックの荷台へと運びます。

施設に入所したフィリップは同年代の子供たちと授業を受け、生活を共にしますが、他の孤児たちと馴染むことができません。フィリップは喧嘩をしている同年代の子供たちを見ても無関心でした。やがて孤独な日々を送っていたフィリップは地下の廊下に向かうと、隠し持っていた飼い犬のリードを照明に括りつけ、椅子の上に立ち、輪っかを首にかけ、自殺しようと試みました。首を吊った瞬間、いつも気にかけてくれたマリーという少女の顔や自殺を遂げた母親の姿が脳裏に過ります。しかし、そこへ彼の異変に気づいたマリーが地下の廊下にやって来ます。マリーはひとりで意識を失ったフィリップを地面に置くと、壁に打ち付けたり顔に何度も平手打ちをしたりして叩き起こします。フィリップが意識を取り戻すと、彼の首にできたリードの跡をハンカチで拭い、フィリップを地下の外に連れて行きました。

その後、フィリップと黒人の少年が自殺未遂をしたことを知った施設の女教師は2人を体育部屋へと呼び出しました。先生は「今からあなたたちの苦しみを取り除きます。不満があったら言ってください。」と言ってマットの上に黒い袋を敷くと、「今日は疑似体験の実験を行います。」と実験を受けるよう2人に告げます。女教師は「袋の中に入ってみたい人はいますか?これは苦しみを取り除くためです。」と2人に言いますが、2人は手を挙げる様子を見せません。暫くすると、黒人の少年がゆっくりと手を挙げると、女教師は「偉いわね。勇気のある行動ね。」と言い、黒人の少年は黒い袋の中に入りました。女教師は袋のチャックを閉めると、室内にあった呼び出しボタンで男性職員を呼び寄せました。男性職員は堅い棒のようなものを2本持っていました。異変を察した黒人の少年が袋の中で蠢くなか、女教師は「袋に自ら入る者は生きてる価値はない。」と告げ、男性職員は固い棒をフィリップに差し出します。フィリップは何もしないまま突っ立っていましたが、女教師は男性職員に合図を送ると、男性職員は棒でフィリップを叩きつけます。フィリップは棒を受け取りますが、考えてる暇はなく、男性職員は女教師の指示で棒でフィリップを叩きつけ、フィリップが軽めに黒人の少年を叩こうとしても、男性職員は女教師の指示によっても躊躇いなくフィリップを叩きつけます。女教師は「強く。もっと強く。」と強く叩くよう指示を出すと、フィリップは渋々強く叩き、それをやめると、男性職員が再び躊躇いなくフィリップを叩きつけます。フィリップは女教師を睨み付けると、女教師の指示に従い、その様子を見た女教師は満足げに笑みをこぼしていました。実験を終えると、女教師は部屋の外で「これはゲームよ。ここでは勝者と敗者がいるの。ゲームを続けていれば生きていけるから。」とフィリップに教えます。





フィリップとマリーは大人たちに支配されたこの施設で共に時間を過ごしていきます。2人は昼休み、担任が食べていたハンバーガーを見て、食肉加工工場で加工されていたのは人間で、社会に蹴落された敗者の成れの果てだと悟ります。ある日、個人面談の時間、女教師は「母親には何かが見える?そう聞いたんだけど、あなたは信じてるの?」と質問すると、フィリップは「心を隠しなさい。」という言葉を思い出しますが、女教師を恐れたフィリップは事実を否定することしかできませんでした。


数十年後、大人になったフィリップは社会人として非人道的な社会に順応していました。彼はリズという部下の女性社員を自室に呼び出すと、20秒以内にたくさんの電話から受話器を取る実験をさせます。上司のフィリップに従ったリズはテーブルに並べられたたくさんの固定電話から受話器を取っていきます。実験が終わると、リズはフィリップの部屋から立ち去ります。次にフィリップの部屋にやって来たのはダニエルという頭の禿げた部下の社員でした。フィリップは装置に付けられた金属の棒とボタン付きの別の装置を両手に持つようダニエルに言うと、「これから何があっても、手は離しちゃダメだ。分かったか?」と指示を出しました。ダニエルの前に置かれた装置は電流を流す装置で、フィリップがスイッチを主電源を押し、ダニエルが右手に持った装置のボタンを押すと、金属の棒から電流が流れます。それを知ったダニエルは「どれくらい我慢すれば?」と質問すると、フィリップは「なるべく長く持ってくれ。」と答えます。ダニエルは言われた通り、金属の棒とボタン付きの装置を長く持ち続けますが、電流に耐え切れず、力尽きてしまいます。その後、同僚のフランソワがフィリップの部屋を訪ねてきました。フィリップはフランソワが薦めてくれた店の料理が美味しかったと礼を言うと、フランソワは「自然の中のクロッケーもいいぞ。家族のスポーツではあるが、結構運動になるからな。」とたまには体を動かすようフィリップに薦めます。隣の実験室ではダニエルの死体が横たわっていました。


仕事が一段落したフィリップが携帯で妻のマリーに電話をかけました。フィリップとマリーはあれから恋人同士になり、結婚していました。しかし、カフェにいたマリーは携帯を見ると、わざとフィリップからの着信を拒否しました。マリーは無表情で向かいの席にいる男性客を見つめていました。2人の業者がやって来ると、ダニエルの遺体はトラックに運ばれ、フィリップは自室から立ち去り、退勤しようと車に乗り込みます。フィリップが車で地下駐車場から立ち去ると、出入口にいる警備員のパトリスが笑顔で彼を見送ります。フィリップは暗い高速道路を走行し、帰路に向かいます。


一方、その頃、退勤したパトリスはやつれた表情で自宅のマンションに帰宅していました。パトリスが別室に向かうと、そこには暗闇のなかでおもちゃのレーザー銃で遊ぶ幼い子供の姿がありました。どうやら彼は少年の父親のようでした。彼はレーザー銃を取り上げると、少年を寝かしつけ、静かに少年の部屋から立ち去ります。パトリスはソファーに腰かけ、ラジオを聴いていました。

同じ頃、フィリップは自室のマンションの一室に帰宅しますが、部屋にはマリーの姿がいません。同居したばかりなのか、部屋にはたくさんの段ボール箱やビニール袋に包められた荷物がありました。彼は退屈しのぎにひとりでクロッケーを楽しみ、段ボールから自分たちの夫婦写真を取り出すと、それを棚の上に置いて飾りました。ラジオからは「…芸術的な迫力のあるゲームです。」「ベルナール・ベロの素晴らしいバットさばきです。」「クロッケーは家族のスポーツであるが、体力も要します。」とクロッケーの試合の結果が伝えられていました。

その後、フィリップがソファーで横になっていると、妻のマリーが部屋に帰って来ました。フィリップは「もう一度考え直してくれ。」と言って彼女の手を握りますが、マリーの表情は変わらず、フィリップの手を離そうとしました。

翌朝、フィリップは鏡の前に立ち、パウダーで首筋の跡を隠していました。ネグリジェ姿のマリーは鏡の前に立つフィリップを見ていました。スーツに着替えたフィリップは「また今夜会おう。」と言ってマリーにキスをすると、車で職場に向かいました。一方、パトリスは会社の社員よりも先に職場に出勤していました。彼は車でルームミラーを見ながらホワイトニングを塗ると、出入口の警備員室に入りました。警備員室には「笑顔で歓迎を」という張り紙がありました。警備員室で待機していると、フランソワの車が地下駐車場にやって来ます。パトリスはフランソワの前で笑顔を作り、続けてフィリップの車がやって来ると、再び笑顔を作りました。



日中、フィリップはリズを自室に呼び出しました。何人かに同様の実験をさせていたフィリップは「待つのは平気か?」と問いかけると、リズから上着を預かりました。リズはダニエルが受けた電流の実験を受けますが、無事に長時間の電流に耐えることができました。フィリップは次の実験をリズに受けさせることにしました。フィリップは壁に背をつけるようリズに言うと、後ろに下がるよう指示を出しました。リズは言う通りに従いますが、壁があるので不可能なことでした。間違ったことをしているのか、フィリップは「ちゃんと後ろに下がってるのか?」と問いかけると、「これは大切な実験だ。君に成功して貰いたいんだ。私が力になるから。」とリズに告げます。
次の実験は竹刀で頭を叩いてる間に床の小さな円から出ないようにするというものでした。リズは床に置かれたフラフープの中に入り、フィリップに竹刀で叩かれますが、思わず円の外に出てしまいます。リズは竹刀を両手で受け止めようとしますが、フィリップは「手を使うな。」と注意しました。結局、リズはこの2つの実験で正しい答えを見つけることができませんでした。リズがフィリップの部屋を出たあと、フィリップはそれぞれ1人ずつ電流の実験に耐えた部下に後ろに下がる実験と竹刀の実験をさせていました。



フィリップとマリーの夫婦仲はあまりいいとは言えず、マリーはフィリップに対して大きな不満を抱えていました。フィリップが子作りに消極的で、子供の頃と違って別人になっていたからです。夫婦の生活に限界を感じていたマリーは別人になったフィリップの全てを忌み嫌い、子供部屋を引っ掻き回した挙げ句、ベランダからぬいぐるみやベビーベッドなどを落としていたのでした。マリーは社内に現れると、フィリップに留守番電話を残しました。

「私よ。あなたの声に耐えられない。あなたとは限界よ。…子供を作ってくれないら。…全部あなたのせいよ。あなたは別人になった。あなたの全ての嫌いなの。あなたは変わってしまった。…あなたの全てが嫌い。ピッタリしたスーツも…他人に向ける笑顔も…あなたの匂い、私への愛、私に触れるのも…私を見る目も…笑顔も…」

マリーは録音を終えますが、一度録音した留守番電話を消すと、録音し直しました。彼女は「もしもし…私よ。また今夜ね。」と言って録音を残します。


一方、同僚のフランソワがフィリップの部屋にやって来ると、フィリップは実験の正しい答えを教えていました。後ろに下がる実験は壁に横向きに立って背をつけ、後ろに下がれば正解で、竹刀の実験は床のフラフープと一緒に実験室の外に出れば正解でした。円の上でそのまま竹刀に叩かれ続けるのは正解ではありません。

その別の日、フィリップはふたりで話をしようとリズを自室に呼び出しました。フィリップは「私を信用しているか?」とリズに聞くと、リズは沈黙しますが、フィリップが「質問してるんだ。答えたくないのか?」と迫ると、リズは「そうじゃありません。信用してます。」と答えます。フィリップは「私をよく知らないのに?」と問いかけると、リズは「ええ、女の勘とでも言うべきかしら。」と答えます。フィリップは「それは論理的じゃない。」と話します。更にフィリップは「私を厳しいと思ったことはあるか?」と訊ねますが、リズは「少しね。」と笑みをこぼしながら答えました。彼女の反応を見て癪に触ったフィリップは「なぜ笑ってる?」と不満げに言います。退勤したフィリップが自宅のマンションに到着すると、ベランダの下にある自殺防止用のネットにマリーが落としたぬいぐるみやベビーベッドがあることを知りました。自殺防止用のネットの下に立つと、「安全のため、ネットの下に駐車しないでください。」というアナウンスが流れます。


ある日の夜、フィリップの会社でフランソワの誕生日パーティーが開かれ、フィリップとマリーは誕生日パーティーに出席します。部下が大きな誕生日ケーキを持ってやって来ると、フランソワはロウソクの火に息を吹きかけますが、同僚や部下に祝福されながら妻のシルヴィとキスを交わしていた途端、ロウソクに再び火がつき始めます。フランソワが強く息を吹きかけると、ようやくロウソクの火が消えますが、会社で働いていた若い社員のジーンたちは「弱々しい息だ。」とフランソワの陰口を言います。フィリップや他の社員が祝福するなか、マリーはフランソワの陰口を言ったジーンたちに睨み付け、ガンを飛ばしていました。パーティーでは人肉料理が振る舞われていました。

パーティーは和やかに進んでいたものの、ジーンの同僚の社員が強引に給仕が持っていたグラスを手にしたせいでお盆を落としてしまい、お盆の上にあったグラスの中身がジーンたちのスーツにかかってしまいます。腹を立てたジーンは同僚と共に暴力を加え、会議室へと連れ出し、リンチをしました。パーティーが終わった頃、マリーは会議室の前に人だかりができていることに気づきます。マリーは人混みをかき分け、部屋の中を見ると、会議室には無残に殺された給仕の姿がありました。ショックを受けたマリーは逃げるようにその場から立ち去り、フィリップと共に会社をあとにしました。フィリップとマリーの車が地下駐車場を出ると、マリーはトラックに詰められた給仕の死体とされる黒い袋を見つめます。

その帰り道、ショックを隠しきれないマリーは路肩に停めてくれるようフィリップに頼み、路肩で外の空気を吸っていましたが、そこへ帰路に向かおうとしていたジーンたちがマリーの前にやって来ます。フィリップがマリーを守ろうとする、ジーンは「お前の女房は俺たちにガン飛ばしやがったんだ。」と文句を言い、同僚を伴って2人に襲いかかろうとします。しかしそこに私服姿のパトリスが車で現れると、トランクから取り出した少年のレーザー銃を構え、ジーンたちを追い払います。フィリップとマリーは警戒したものの、2人は自分たちの味方であることを察します。

その後、フィリップとマリー、パトリスは近くのカフェで話をしました。パトリスが地下駐車場の警備員だと知ったフィリップは「いつからあの仕事をしてるんだ?」と尋ねると、パトリスは「6年前からやってる。」と答え、フィリップは「満足してる?」と聞くと、パトリスは「おかげさまでね。」と答えます。フィリップはパトリスの仕事ぶりを褒めたうえ、「あなたの笑顔を見ると安心するんだ。だから無防備に信用してしまう。素晴らしいよ。」と労いの言葉をかけます。マリーは誰のレーザー銃なのかを訊ねると、パトリスは「昨日、道で拾ったんだ。」と答えますが、マリーが「お子さんはいないの?」と聞くと、パトリスは「いないよ。」と答えました。するとマリーは自分たち夫婦も子供はいないと話したうえ、「夫が子作りを邪魔してるのよ。彼は親になるのが恐ろしいのよ。組織ではうまくやれてるのに子供は作ってくれない。無意識にね。」と親になるのが怖いフィリップを非難しました。フィリップは口を慎むよう求めますが、マリーの話は続き、「だからタチが悪い。これが人間の深層心理ってこと。それが常に働いてる。私の中に別の人生がある。でも力が無くて、すぐに落ちて、消えていく。落ちたらどうなると思う?跳ね返らず潰れるの。それが世の中よ。母親は窓から落ち、子供は母親の腹から落ちる。」と社会を批判します。マリーは「彼にとって全てがゲームなの。」と話を切り出すと、フィリップは「何の事だ?」ととぼけたように言いますが、マリーは「明日は何をするの?ゲームをするんでしょ?汚いゲームよ。」と問いかけます。マリーは助けてくれた礼を言うと、その場から退席し、フィリップは彼女が上着を忘れていることに気づくと、飲食代を奢ったうえ、今夜のことを内密にするようパトリスに頼みました。フィリップと別れたパトリスは寂しそうな表情を浮かべます。

マリーの上着を持ってあとを追っていたフィリップはカフェの前のベンチに座るマリーを見つけました。フィリップはベンチに腰を下ろし、「君は正しかったよ。君の言葉が胸に突き刺さったよ。」と言ったものの、「でも、ゲームをするしかないんだ。ゲームを放棄すれば、今夜の給仕と同じ末路が待ってるんだ。俺たちはお互いに必要なんだ。」と言います。しかしマリーは「でも、足りないものがある。」とフィリップに言います。不満に思ったフィリップは「満足できないなら消えろ。」と言って彼女を置いて自宅のマンションに戻りました。

その頃、帰宅していたパトリスがソファーに腰を下ろして休んでいると、グッスリ眠れなかったのか、少年が自分の部屋から姿を現しました。パトリスは少年を抱き上げ、安心したような表情を浮かべていました。一方、フィリップはソファーに腰を下ろしながら母親が死ぬ前の日のことを思い出していました。フィリップの母親は「怪物が見える。そのうち見えるわ。」と息子に言っていたことがあり、マリーもフィリップの母親と同じ事をフィリップに言っていたことに気づきます。



翌朝、フィリップは出勤すると、昨日の礼を言おうと警備員室に向かいました。警備員室で訪問者と対応する時間は20秒以内と決められていて、警備員室の扉が開くと、センサーが動き、カウントダウンがされるようになっていました。フィリップはパトリスと握手を交わすと、礼を言います。警備員室から「感謝の言葉を言え。」とアナウンスが出ると、パトリスは言う通りに従い、5秒前になると、フィリップはパトリスとの面会をやめます。

会社で仕事をしていると、ジーンたちが花束を持ってやって来ます。ジーンの同僚は「奥様にです。」と言って花束を渡すと、フィリップは花束を受け取り、ジーンは「魔が差したんです。」と謝罪すると、フィリップは「誰にでもあることだよ。私にだってあることだ。」と気丈に振る舞います。フィリップは「この事は口外しないよ。」とジーンたちに言いますが、ジーンたちが立ち去ると、フィリップは花束をオフィスの脇にあったゴミ箱に捨てます。


昼食の時間になり、フィリップは社員食堂で食事を取っていました。近くの席ではジーンたちが食事をしながら談笑していて、4人の様子を見たフィリップは彼らをじっくりと観察していました。その頃、マリーが昨日の礼を言おうとひとりで会社の地下駐車場にやって来ます。彼女に気づいたパトリスは自分の意志で警備員室の扉を開けますが、警備員室の前に来たマリーが「あなたを探したのよ。」「話したくない?」と言うと、警備員室から「返事はするな。」というアナウンスが流れます。パトリスは命令に逆らうことができません。マリーは「あなたにも(怪物が)見えるのね。」と告げますが、パトリスは黙って警備員室の中に戻ります。マリーは車道を渡ろうとしますが、「安全のため、車両用の道路には駐車しないでください。」というアナウンスが流れます。パトリスはやり場のない感情を抑え込んでいるようでした。マリーは諦めたように地下駐車場の歩道を歩きます。

一方、フィリップはジーンら4人を自室に呼び出していました。フィリップは「ボスが昨夜のきみたちの行動を不愉快に思っている。ボスの意向で君たちにグループ実験を行う。」と説明します。実験室のカーテンが開くと、室内にはテーブルに置かれた1本の酒瓶があり、床にはシートが敷かれていました。フィリップは横一列に並ぶよう4人に指示すると、「これはとても簡単な実験だ。愛社精神を見せてほしい。それを示すためにあのボトルを飲み干してくれ。空にしたものを勝者にする。」と言います。フィリップがホイッスルで合図を出しますが、4人は頭を使わず、1本のボトルをお互いに奪い合います。やがてジーンがボトルを奪うと、ボトルで力ずくで奪おうとしてきた同僚のひとりの頭を叩き、「俺だ!俺が一番だ。」と宣言しました。ところが、グループ実験は誰かが1本のボトルを独り占めするのではなく、4人が協力してテーブルに置かれたストローを使って分けて飲むことができれば勝てるというものでした。フィリップは「ボトルは4本のストローで分けられた。それなのに君は力で片をつけようとした。それは正しい判断かな?」とジーンと問いかけると、ジーンは「忠誠心を見せようと思ってたんです。」と釈明します。フィリップはジーンの同僚の肩を持つと、「君たちはどう思うかな?」と彼の同僚たちに彼の行動が正しいのかを問いかけます。フィリップの部屋を出たあと、同僚はジーンを人気のない場所に連れて行くと、昨夜の給仕のように彼にリンチを加えました。彼らと分裂したジーンは動かなくなっていました。退勤したフィリップは笑顔を作るパトリスを脇目に地下駐車場から立ち去りました。




その後、フィリップはかつて母親と住んでいたマンションの一室に立ち寄ります。フィリップは母親が死んだあの日のことを思い返しながらベランダから駐車場を見下ろしていました。そして彼は母親が死ぬ前に語った母熊の話を再び思い出します。彼の目には置き去りにされた飼い犬の幻が見えていました。

「これから私はいなくなる。あなたは子熊よ。私は弱いの。だから母熊はあなたを捨てる。」「息子が怪物になったら私は辛い、傷ついてほしくないの。」「熊の世界を知ってる?子熊たちはたくましく生きてる。」「だからあいつらに食べられないで、彼らより上手になるのよ。」

その頃、夕方、パトリスは昨日草むらに捨てていた少年のレーザー銃を拾っていました。パトリスはその日の朝、家を出る前に朝食を食べていた少年に睨まれていて、彼は「なぜ私の前に?」と少年に疑問を投げかけます。その日の朝のことを振り返ったパトリスは涙を浮かべます。


夜、マリーは家を出ると、車でレストランに向かいました。彼女は少女時代、怪物がいると女教師に言ったことがありましたが、女教師から「怪物などいない。」とことごとく否定されていたのです。彼女は近くの向かいの席にいた2人の若い会社員が人肉料理を食べている様子を見て、怪物がいると再認識していました。レストランを出ると、彼女は2人の若い会社員が店から出るところを待ち伏せすると、車で若い会社員のひとりを轢き殺しました。そして彼女は監視カメラの前に車を停めると、わざと身分証明書を路上に落としました。彼女は何食わぬ顔でレストランの駐車場から立ち去りますが、監視カメラは映像を拡大させると、身分証明書に貼られた写真を捉えていました。




翌朝、ビルのスピーカーからは「子供は素晴らしい。」「素晴らしいものを隠すな。」というアナウンスが流れていました。先に目覚めたマリーは緊張した面持ちでソファーに座り、自分が捕まる時を待っていると、玄関の扉が大きく鳴り響きました。警察と思われる人間が玄関の扉を破壊しようとしていたのです。ベッドから飛び起きたフィリップは部屋の外で何者かが玄関の扉を壊していることを察すると、マリーの態度を見て、「何をした?何をしたんだ?話してくれ!」と問い詰めますが、マリーは突然フィリップの唇を奪うと、ベランダから飛び降りました。警察とされる2人の男性が玄関の扉を壊し、部屋に押しかけたその時、フィリップは叫び声をあげます。2人の男性はベランダにいたフィリップに近づきますが、フィリップはあとを追うようにベランダから飛び降りました。幸い、ベランダの下の自殺防止用ネットのおかげでフィリップは助かり、目覚めたフィリップは傍で意識を失っているマリーに駆け寄りました。フィリップは自殺未遂を救ったマリーと同じように彼女の顔に平手打ちをしたり人工呼吸をしたりと彼女の意識を取り戻そうと試みます。マリーが意識を取り戻すと、フィリップは彼女に抱きつきます。



フィリップは寄り添うようにマリーの肩を持つと、ネット捨てられていたクロッケーのマレットを持ち、よろめきながら彼女と共に歩きます。背後から警察とされる2人の男性が迫ってくると、フィリップは2人の男性のうちのひとりを撲殺し、残りのひとりは駐車場から逃げました。フィリップはマリーを連れて車に乗り込むと、昨日マリーが行っていたレストランに向かいます。

フィリップとマリーはテーブル席に着くと、向かいの席にいた中年男性を見ていました。マリーが「見える?」と聞くと、フィリップは小さく頷き、「見えるよ。」と答えました。フィリップの母親やマリーが見ていた怪物の正体は非人道的な社会で普通に暮らし、見て見ぬフリをしている人間たちを指していたのです。フィリップは「私にもようやく見えた。怪物が。普通に暮らす怪物が。私みたいに全員そうだった。見て見ぬフリをしていた。彼女のおかげで真実が見えた。一緒にいれば怖くない。凍えもしない。例え熊の世界でも…」と心の中でマリーに感謝していました。


その後、"怪物"を認識したフィリップはマリーと共に車で逃避行を始めます。助手席に座っているマリーが優しい眼差しを送りつつ、フィリップの頭を優しく撫でていました。

(黒画面に"611 637 439"と数字の羅列が表示される。間もなくして数字の羅列は"611 639 440"に変わる。)

THE END

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感想
この映画は『追撃者』のジャン=バティスト・レオネッティ監督による前衛的なディストピアSF映画。第44回(2011年)シッチェス・カタロニア映画祭に出品されていた作品です。

ここ最近は家から1番近いTSUTAYAが近々閉店することになったのでTSUTAYAにしかない作品を借りているのですが、この作品は『SF・ファンタジー』コーナーのなかでも特に気になっていた作品で、近くのGEOに在庫が無かったのでこの機会にレンタルで鑑賞してみました。結論から言うと、プロットがかなり粗削りなので推察しようにも推察しようがない描写があり、非常に難解なんだけど、個人的にはこれまで観たSF映画のなかでは1番好きかもしれない作品でした。

物語は近未来の世界、少年時代に母親を失ったフィリップが非人道的な社会で暮らしていたものの、孤児たちが暮らす施設で出会い、妻であるマリーによって社会の仕組みを知り、人間性を取り戻していく姿が描かれています。

映像はモノクロ調の暗い映像が多く、余計な説明台詞が無いので映像や登場人物の心理描写だけで世界観を表現していて、なおかつストーリーテリングはとても寓話的で不思議な魅力がある作品でした。人肉が出てくるとはいえ、決して生々しいシーンは無いんだけど、残酷な描写の数々で恐怖と不安を与えてくれています。おまけに作中に出てくる世界観の説明は無く、荒廃した近未来の世界で生きる1組の夫婦と1人の警備員の視点にフォーカスが当てられていましたね。

作中の残酷な描写のなかで特に象徴的だったのは日本版のポスターにも使われている場面なんだけど、序盤で少年時代のフィリップが女教師の指示で黒い袋に入った少年を棒で叩くシーンでしょうか。これは弱者が暴力に屈される姿をどぎつく描き切っているので素直に怖かったし、監督の強い作家性を提示してくるシーンでしたね。恐らく黒い袋に入った黒人の少年は本当に暴行死したという解釈で合ってるんだろうけど、あれで女教師たちが黒人の少年に死ぬことへの辛さを分からせたとなると、胸糞悪さを感じます。或いは後半で若い社員のジーンとその同僚の3人がフィリップの命令で実験に参加させられ、実験中にジーンが同僚に暴力を振るったせいで同僚にリンチされるシーンがあるんだけど、同僚たちの人物描写が記号的なので彼らがジーンを憎んでリンチするプロセスが大雑把なんだけど、あのボトルの実験が上層部からの指示じゃなければフィリップの非情なる報復だと言えそうだし、極端だけど悪い思想の持つ人間が「悪」として見なされ、社会から蹴落されるところは心理的に恐ろしかったですね。

ストーリーの主軸が主人公のフィリップが自分の人間性を取り戻す話、或いはフィリップと妻のマリーが夫婦愛を再生する話になっていて、ディストピアSFだけでなく、不条理な世界で生きる夫婦のラブストーリーとしても機能していましたね。フィリップは母親に言われた「心を隠すの。」という言葉の通り、心を隠して社会に適応し、仕事がうまくやりこなしているんだけど、表面上は非情な人間だけど裏では自分は敗者になりたくないという弱さが読み取れそうだし、自分が会社で働いてからは知らぬ間に支配する側、或いは権力者側に立っていたことに気づけていなかったのでしょうね。対するマリーは恐らく推察するにあたって、フィリップと同じ家庭環境で、親から母熊の話を聞かされた可能性は高いんだけど、女教師に自分の思想を否定されても人間的な考えを持ち続け、決して支配に屈服しなかったのでフィリップと違う生き方をしていたと言えそうです。2人の人物描写は言いたいことも無くは無いんだけど、中盤で彼女が夫の目前で本音を言ったのは別人になったフィリップと時間を過していくうちに反抗心があったからなんじゃないかと思いましたね。

反抗心と言えば、中盤でマリーが留守番電話を残そうとするくだりの途中で挿入されているんだけど、フィリップとリズが部屋で対話するシーンでフィリップが「私を厳しいと?」と質問をすると、リズが「少しね。」と含み笑いをして答える一幕があったのですが、リズ自体は後半から一切出てこなくなるので何とも言えないところがあるんだけど、彼女はマリーのように反抗心を密かに抱えていて、あの含み笑いが彼女にとっての最大の反抗だったんじゃないかと感じましたね。

一方で、会社の地下駐車場に勤務している警備員のパトリスは客観的に観れば、パトリスが作るあの笑顔に恐怖を感じる人は少なくないかもしれないんだけど、全編通して同情を誘う登場人物になっていて、彼の不気味な笑顔よりも悲しい表情が印象的な登場人物だと思いましたね。恐らくパトリス歯フィリップとマリーとは対照的に不条理な世界で抗いたいけど心を隠して生きていくことしかできない人間を描こうとしていたんだろうけど、パトリスの最後の登場シーンで見せたあの涙は彼が初めて感情を露にできた瞬間だろうし、彼が普通に暮らす怪物へと育ちつつある少年と過ごさなくてはいけない悲しみなのではないかと感じちゃいましたね。

ただ、全体的にはプロットがかなり粗削りになっているため、観る人にとってはなかなかと言っていいほど不親切な作品になっていました。特に違和感を感じたのは序盤から登場する駐車場に勤務する警備員のパトリスの扱いでしょうか。パトリスと同居している少年が息子か孫か有耶無耶にさせられていたし、メインのフィリップとマリーの夫婦愛のエピソードにはそんなに深く関わらず、クライマックスでパトリスが一切出てこなくなるのでいくらなんでも余計な説明を省き過ぎている印象を強く受けましたね。

あと、フィリップとマリーの過去と現在をざっくり描き過ぎているあたりよ非常に不親切にしているところだと思いましたね。特に現在のパートでフィリップは会社で部長職とされる地位に就き、部下に実験(ゲーム)を行っているので彼がどのように生きてるかの説明は最低限できているんだけど、よくよく考えると、妻のマリーがどうしてフィリップとは対照的に自分の価値観を持ち、人間性を保てているのかはいささか疑問でしたね。ここは作中の世界観を全部見せなくてもいいから、フィリップが人間性を失ったきっかけを回想シーンで描き出す、もしくは彼が人間性を失った前の2人の生活をちゃんと描き切ったほうがよりフィリップとマリーの夫婦愛のエピソードの精度が高まったんじゃないかと感じましたね。

あと、気になったのは物語の要所要所で時系列が前後したり回想シーンが入ったりすることでしょうか。例えば、冒頭で母熊の話が黒画面に白い文字で説明されるんだけど、いちいちそういう語り口をするのであれば、最初からフィリップの母親が食肉加工工場から逃げ出すくだりを出だしにしたほうが話として盛り上がれるし、冒頭での文字の説明があるにしても、ないにしても、夜中に母親が母熊の話をフィリップに語るシーンを入れておいたほうが良かったんじゃないかと感じましたね。或いは、終盤でマリーがレストランで向かいの席で普通に人肉料理を食べている若い会社員を見ている描写で施設に入ってた頃の回想シーンが入るんだけど、露骨に後出しジャンケンに近い語り口なので序盤の施設での描写の時に先にその描写を入れたほうが少なくとも効果的だったような気がしましたね。

ということで、間違いなく好き嫌いが分かれる作品なんだけど、アーティスティックな世界観でありながらオリジナリティが高く、胸糞悪さがあるけど不思議な魅力がある非常にドスンと来るディストピアSFでした。感想を書くにあたって、自分の考えが纏まらないところが少々あるのですが、良くも悪くも観て良かったと思っています。ディストピアSFものだけでなく、ストレートな恋愛ものとしても楽しめるし、粗削りなんだけど、一度観たら忘れられない衝撃の映画体験が味わえる見事な一作となっていますので是非ともレンタルや配信で観賞してみてください。