30年ほど前の初節句は、母親側の家が女の子ならひな人形

男の子なら五月人形と鯉のぼりをお祝いで用意し、ママパパが初節句のお祝いに両家とも招待し、簡単な食事を用意し一緒にお祝いした物だ

日本では、子供の節句のお人形はなぜか女親側家家が用意するのが伝統だ

多分昔はパパ側の家で同居が当たり前だったので、内孫外孫というのがあり、当然祖父母からも扱いが違い、いろんな理由からそうなったのだろう

子供には物入りが多く、それのすべてを内孫がいる家庭は金銭的にも人的にも背負うので外孫側の家(ママの実家)はお祝いの人形を送ることでお祝いの気持ちを表したのかもしれない。同居してないと普段はなかなかあえないこともあり大手を振ってお祝いに行けるようにといういみもあることであろう

家という考えでうごくので、素敵なひな人形や五月人形をそろえてくださるいいおうちのお嬢さんがお嫁さんにきてくださったと思われるように娘の立場を思いやってのこともあろう

なんとも大変だ

三人娘だとどうなるのだろう

違う家に嫁ぐのだからへたしたら男女べつべつに6個も購入となるのであろうか ひえー

 

それが形だけ残りママ実家の負担が今は高くなるのでそれぞれの家にある物で代用したり、女の子はこちら側男の子はそちら側など臨機応変に購入したり

家が狭いので購入せずお祝いだけとか

ママパパと子供だけで祝う家庭も多いらしい

実家が遠いひともいるからねー

節句なんてきにしていきてきていない現代人が自分の子となると

祝うんだからおもしろい

 

まあいろいろと考えがあるし気持ちもあるし もめないようにしようとしてもひいてもでしゃばってもなかなかむずかしいだろうね

 

少子化だし孫も昔みたいに10人いたりすることもないだろうから

たいへんだ

 

子供もそうだけれど複数人いると愛情も関心も分散してけっこうそれがいい感じになるけれど 孫もそうだろうな

 

子供の観点からすると兄弟はできればいるほうが生きて行きやすいことが多いのだろうなと思う

いろいろだろうけれど

 

柱の傷はおとどしの五月五日の背くらべ

ちまき食べ食べ兄さんがはかってくれた背のたけ

きのうくらべりゃなんのことやっと羽織のひもの丈

 

こんな光景はもうないであろう

まず柱に傷はつけない家庭が多い

ちまきたべながらなどもってのほか

背が測れるほど年の離れた兄などいない

羽織を着ていない

 

無事に大きくなることを切に願って子供を育てた時代のなんともいえない家族の愛情が懐かしい気がする

 

今年もちまきだけは食べようと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚して夫婦でフルで働き続けると専業主婦になるより2億円以上近くの収入の差が出るとかいうのをテレビで見た

当たり前ではないだろうか一人で働くより二人で働けば年収は上がる

コメンテーター達が、専業主婦の忙しさや愛情 節約精神 そのたの出費など考えるとお金だけで決められるわけではないと言われていたがそのとおりだとおもう

 

まず、専業主婦で家庭を支えてくれたり育児を責任を持ってやってくれてるから しごとに集中できるのだろう

残業も可能で手取りも上がる

 

いくらプライべートとしごとの両立といえども定時退社ばかりしていては、じっくり取り組む仕事や人手不足に対応できないのも現実である 

 

二人で働くためには、二人ともに目標が明確で平等に家事分担し心身の疲労度もある程度一緒でなければうまくいかないであろう

そんなことはなかなか難しい

そして家族全員まず健康でなければならない

 

ある国では、熱が出たりして幼稚園などから連絡があるとすぐに迎えに行くため、病児介護という制度があり、給料の80%が出て休めるらしい

ただ、やはり女子の方が年収が低いので家庭の年収を考えるとお母さんが休む場合が多いという

こういった制度は、夫婦が高年収であると平等に取得しやすく離婚も確率が低くなるらしい

といっても、クラスの半分ぐらいの家庭は離婚しているらしいが

そりゃあ、時間に余裕がなく責任ある仕事をし家庭生活をし子供を持てばお互い相当の協力と理解をしあわないと破綻していくであろう

 

家庭の年収が上がることはそんなに素晴らしいことでもないのかもしれない

お金がなくても楽しい我が家!という昭和時代は単なる過去なのか 

 

税率も高いとなると、もはや働いても、税金を納めるのが増えるだけで、働かない人つまり失業している人育児介護休暇の人生活保護の人などに社会保険がまわるだけで自分が実質的に豊かになることはない

つまり働くことが自由時間を奪われるだけなので、自分も働かない人に時々なる方がいいということになるまいか

稼ぐため食べていくために働くのではなく、自分の人生に必要な分だけ働き、働き過ぎると持って行かれるし心身疲労し病気にもなるし損となる

バカンスをとって休もうとなるであろう

 

勤勉なひとが馬鹿にされる世の中の到来である

人生を豊かにするために勉強し努力し勤勉であり真面目に生活することがよしではなくなるかもしれない

懸命にやるということができなくなる

 

世の中には働くことは罪であるというような考えもあるが、罰として昔は働いたのでそういう発想もあるだろう

古来より田畑を作り協力して社会を作り上げ、周りとの関わり合いを大切にしてきた民族の日本人はどうするのかな

お互い様おかげさま これもなくなるのかな

自分だけ自分様になるのかな

 

究極は妊娠出産も男女平等にならなければすべての働き方が同じにはならないだろう

体外受精体外妊娠出産だー

もう生物としての人間ではなく、昔人間だった新しい生物の誕生だ

まあ考えれば恐ろしいが現実はもっと恐ろしいかも

 

過渡期の今は、自分と自分の周り、社会、国をふくめてどうするのか熟考するしかあるまい

本当にひとりひとりが考えないと人間は終わるような気がする

 

まずは腹ごしらえ おいしいものを食べよう

これも古い人間だからなのかも

 

 

一姫二太郎というが男子と女子の育て方は

基本的にはある時期から違うように思う

乳幼児期は、生まれ持った性格が優先し女子でも男子でも

個人差ほどは差がないのではなかろうか

どちらかと言えば、兄弟や姉妹の影響は大きいであろう

赤ちゃんの時姉がいると、姉の遊びやそのお友達との関わり、兄がいるとその遊びやお友達との関わりが影響するだろう

一番上の子の場合は男子、女子ともに、保育園などの集団生活に入るまでいとこや近所の年上の子の影響を受けない場合は、両親の影響が一番大きいと思う

 

女子は幼稚園でさえもうグループができ、仲間はずれや意地悪など成長著しい。男子は、手を出したり怒る子はいるが意地悪をするなど精神的に他人と深く関わることは少ないように思う

小学校中学校時期は、女子は本当にもめ事が多い

大人も介入できないような微妙なもめ事にいろいろなことが絡むのでほんとうにやっかいだ。上手に切り抜けれるようにそれまでに関わり合いの技術を身につけないと大変だ

 

男子は、好きなスポーツや好きな遊び、ゲームなどによって集団を組むので割と単純だ

たとえば、放課後遊びに誘って断ると、女子は理由を聞いたり、もう誘わなくなったりする。男子は、また次の日予定が合えばわだかまりなく遊んでいることがおおい。一匹狼のこも多い

 

もし恵まれるのであれば、女子も男子も育てられるとやはりおもしろいだろう

一番は個人差なので女子であれ男子であれ姉妹兄弟でも全く違うので人間はおもしろい

 

若いお母さん達楽しんでほしい

そして自分の子だけではなく、よそのこの成長も見守ってほしい

親御さんにより本当にいろんな子供達がいる

自分のこだけをみていては、実は自分の子のためにならない

いろんな子達がいることを保育園幼稚園時代からしっかり親子ともに感じる力が後々役立つように思う