我々の世代には

専業主婦は皆一年中今で言うワンオペである

 

朝夫が出勤後から帰宅するまで

ひとりだけですべての子どもの面倒を見る

当時は必死だったので

不満を感じるところまでも達することさえなかった

なんなら夫の帰宅がはやいと夫の世話が生じるので

すべてが終わり

寝た頃に 静かに音を立てずに帰ってきてくれた方が

ありがたいとも思うこともあったかも

 

ゆっくり昼ご飯など3年ほどは食べられないし

お風呂で背中をしっかり洗えるのはじいじばあば達と

温泉にいったりするときだけでほぼ不可能

 

よくやったな

 

自分のこどもなので誰も褒めてはくれないし

給料も何もない

 

かわいかったな

成長するのを見るのが何より楽しかったな

 

だがである

一時大人と話す機会がへり

子どもとだけ向き合うと

真面目なだけに精神的に息抜きが出来ず

しんどかった

少し目を離すとけがや事故もあり得るので

一時も目を離せない時期もあるのだ

 

じいじばあばも訪問したときはよく見てくれて助けてもらったが自宅では四六時中ワンオペだ

その割合は一年の9割以上である

 

土日は夫が遊ぶことはあっても

家事一切 片付け一切 私である

 

夫の仕事もハードだったので疲労して病気になっても

また私の負担が増えるだけなので本当に何も手伝わせなかった

オンリー仕事だ

上の子はよくパパは

出張 会社 ゴルフだねーといっていた

 

ひとつありがたかったことは

私の子育てに一切文句を言わず

どんな食事でも一切文句を言わず

何でも決定権を持てたことだろうか

 

家庭の中のことはすべてを取り仕切っていた

だからけんかになるのではなくその状態に

心身ともに耐えられなくなったときに母親側が爆発するぐらいで

それもほんの少しの時間自由にできれば治癒したりするので

なぜなら子どもをほっておけないので

 

 

今でもそうだが

古い日本のやりかただろうな

 

家のことに口も出さないし手も出さない

家計もすべて任されている

 

家庭のほぼすべてをやっているのだから

それが合理的だし当然だと思う

 

今はワンオペではなくママパパで協力していて

パパも家事をやるので

きっと口も手もでるであろう

 

だがやはりワンオペができないと

母親は困るとおもう

誰の助けもなくじぶんでなんとかしなくてはならないことが起こってしまうからだ

 

その状況を切り抜けないとなかなか切り抜けられないのが現状であろう

 

若いママパパへいってあげたいのはワンオペでも大丈夫だよ

必要なことだけやってなんとかなるよ

子ども達もだんだんママに協力してくれるよ

 

心配ないよ

気長に楽しんでほしい子育て

 

 

 

 

 

 

夫婦共にフルで働きつつ
子供を複数育てることがどれだけたいへんか

夫が十分な給料を持って帰ってきて
安全に食べていけることが保障されている状況でなければ
子供を産むことを躊躇うのは当たり前だ

税金を取りたいからGDPをあげたいから女子全員フルで働かせようとしているのはいい加減にしてほしい
どんどん子供を育てる人がいなくなり
日本は縮小していくと思う

4年制大学を出た女子が
キャリアを築いた後もしくは築きながら結婚し子供を産むことがどれだけ心身ともに大変か
男子も会社に行って
もしくは商売をして
たくさん稼ぐだけではだめで
稼ぐ時間を減らして家事育児をしなければならない
そうなると収入は減る

女子も働かなければならなくなる
少子化になる
当たり前だ

自分の子供がほしい人は実はとても多い
産みたい人は多いのだ
産みたくない人や産みたいのに何らかの事情で叶わないひとのことへの配慮は大切であるが
子供を持ちたい人が安心安全に産み育てる環境が夫婦で作れないかぎり
無理である
産んでしまえぼなんとかなるとおもいがちだが
お金 健康 困った時の人手
がないと大変なのが事実だ
じいじばあばの応援があれば心強いが
それがないとなると非常にたいへんだ

社会全体で子育てをというが
昔のように近所付き合いがあって隣の人や近所の友がちょいと子供を預かってくれたり用事を代わりに済ましてくれることも少なくなってきている

少子化をとめるには
産む女子が
安心安全に産めると判断できるようになることが大切だ

フルで働きながら保育所さえあれば預けて働けるというのは少し違うと思う

そのような普通の状況にはなかなかならない

いつも子供を見てられる親がそばにいないというのはどれだけ子供にとって難しいことか

働きたくても働けない状況になるのが子育てだ
実際にやってみたらわかると思う
専業主婦で家にいてても
子育ては時間がない
そして追い詰められる
専業主婦でさえかかえこむのにフルお勤めお母さんは時間が足らないし大変である
発熱したりすると状況は一変するしその度にじいじばあばを呼び出すのもきがひける

やはり学校に行くまでは自分で育てようと思う人は多い
厚生年金保険がかけられるところに再就職できる可能性は低いし
フルが無理なのでパートとなる
それは時間が必要だからだ

だから自分の子供を育ててくれている配偶者の健康保険や年金保険を出すのは当たり前なのだ
なのに第三号をやめたり女子の方が手取りが低かったり年金が少なかったり まして頼みの綱の遺族年金を少なくしたりするのは少子化どころか全ての女子の不幸の始まりだ
生きていけなくなる
  
男女共に職業につき子供も複数育てるのは今はよっぽどの幸運と能力と健康と財力と家族に恵まれないと難しいだろう

また次に書くが
お金と時間があっても
子育てはうまくいかないこともある
精神的にきついのだ

かわいい赤ちゃんが街に溢れてほしいので本当にどうすればよいか考えている

政治経済では解決しない少子化は
だが政策や経済状態にはからむ
まだまだどうしようもなく
個人個人で状況を打破するしかない




毒親という言葉はいつから使われているのだろうか

我々の小さい頃はなかった

子どもの人生を束縛するような親のことをさすようだが

これって普通の親ではないだろうか

束縛ではなく保護であったりアドバイスだったり

とりようなのでは

 

例えば子どもにどんな友だちがいるかとか

どんなクラブ活動にはいってなにをしてるかとか

就職について結婚についてとか心配したり

アドバイスや相談に乗ったり時には注意をしたり

やりようによるというか

子どもの感じ方によるがすべて毒親になり得る

 

それならば家制度のあった日本の時代は

皆毒親だ

家を継ぐのは長男

お見合いで結婚相手をきめる

その他とにかく親が絡むと自分の意志ではないとされるなら

それを自由ではないとするなら

すべて毒親だ

 

親が子によかれと思ってやることも

すべて毒親だ

なんなら親の都合で子どもとして生まれてくれるのも

自由とはいえまい

それこそこどもから産んでくれとたのまれたわけではない

 

そんなことをいいだしたら

すべての親が大なり小なり毒親だ

親がなにかに反対するのは危険があったり 子どもにあまりよくないのではないのかと思うときである

感情だけで反対する人間もいるかもしれないが

愛情を持って育てた親なら子どもの行く末を見守る

子どもの幸せを願っているはずだから

子どもにも通じるはずだ

 

とにかく毒親という表現は

愛情もない保護もしない教育もしない

子どもを酷使する 教育上よくない世界をみせるなど

どうしようもない人間の親に

悲しい思いをした子どもが使うのはしかたがないが

 

普通に子育てして少し子どもに制約や過干渉になるような時代があっただけで自分の親を毛嫌いするのはちがうのではないか

親は煙たい者である

それはいつの時代も

それでもお互いに尊重し合いいきていくものなのでは

 

ひとりの人間を育てるのはとても難しい

大人になろうが子は子である

毒子というのはいわれないのもおかしい

 

毒親も毒子も悲しい呼び名だ

なぜ決めつけるのであろうか

親子は同じ時代を歩む仲間だ

 

なんとかこういう感情にならぬように親を見てほしい

 

親に感謝する子どももすくなくなってきたのだろう

人生長くなり

親と過ごす時間も増え

40 50になれば親孝行したい頃に親はなしだったが

いまや60でも70でも親も健在である

親子ともに介護保険のてきようということもおこる

 

自分の人生手一杯で親のことも無理

子どもももてないので少子化

 

どうしてこんな寂しいよのなかになってしまったのか

子育ても介護も家事も一切を女性に追わせた結果

それをしない世の中になり

だれも親も子もみれなくなるのかもしれない

いくら税金で制度が整ってもそううまくはいかないであろう

かも

普通にお父さんお母さんに感謝し甘え助けてもらい

自分の子を自分で愛情豊かに育てられる社会であってほしい