のんびりタイムなので
うちの母の話を
自己紹介にある通り
私は自宅介護をしています☆
誰の介護かというと‥
大好きな母
母の病名は脊髄小脳変性症
細かく分類すると
その中でも予後が悪いタイプ
何年か前に
沢尻エリカちゃんが出ていた
『1リットルの涙』
というドラマを知っていますか?
あの主人公の子と
同じ病気です
発症したのは
今から‥8年くらい前
人間ドックで見つかりました
バリバリ働いて
おしゃれと旅行が大好きで
とっても活動的な母
華奢で小柄だけど
風邪ひとつ引かない
そんな母がなぜ‥
この病気は
国で定めた特定疾患
原因も治療法も今は不明
症状は‥
平たくいうと
全身の筋肉が
徐々に衰えていく
最終的には寝たきり
手足が動かなくなるだけでなく
呼吸をする筋肉なども
衰えていきます
診断名がくだされてから
徐々に徐々に筋肉が衰え
4年くらい前から
寝たきりになりました
私の介護生活も
その頃からになります
頭はしっかりしているのに
徐々に身体の自由が奪われる
残酷ですよね
まだまだ若いのに
これから父と2人
のんびり過ごせるって時に
正直
母本人も家族も
なかなか病気を
受け入れられませんでした
進行が早くて
受け入れたい
という気持ちが追い付かない
それでも毎日は過ぎていく
私は看護師をしていたせいか‥
または楽観的な性格のせいか‥
介護生活に慣れるまで
そう時間はかかりませんでした
家族や母本人はそうはいかず‥
でも
ひょんなきっかけから
歯車が噛み合い始めました
2年半くらい前だったかな
『ディズニーSEAに行きたい』
母の言葉
今まで
自分の姿をみられるのが嫌で
外出をしたがらなかったのに
父と私は嬉しくなって
すぐにミラコスタを予約し
その2か月後
母を連れていきました
ショーを見ながら
嬉し泣きする母
頑張ってこらえたけど
私も半べそだったはず(笑)
そこからは
トントン拍子に
外出が増えました
身体は動かないけど
お話もできないけど
母の表情は
随分柔らかくなりました
きっと私の表情も
外出の時に
率先して同行してくれる
大切な彼や友人
いつも見守っていてくれて
ここぞと言うときに手を差し伸べてくれる叔父さんや叔母さんや従兄弟
『女性はいくつになっても綺麗にしてなきゃ』と
嫌な顔せず
母の髪の毛をカラー&カット
してくれる美容師さん
いつも気にかけてくれる
母のお友達
何かあると駆けつけてくれるケアマネさんと業者さん
明るく声をかけてくれる
リハビリの先生たち
他にも沢山の方々に支えられ
毎日を過ごしています
私くらいの年齢で
介護に専念している人は
なかなかいないようで‥
『大変でしょ?』
『かわいそうに‥』
などなどよく言われます
介護は決して楽ではない
綺麗事を言う気はありません
イライラすることもある
疲れることも多々ある
でも不思議と嫌にはならない
むしろ
母とこれだけの時間を過ごせて
幸せだと思っています
とにかく母が大好き
うそだ~
と思った方も多いのでは?
でも本心なんです(笑)
何度も言いますが
こう思えるのは
支えて下さる方々が
まわりに沢山いるからです
介護は1人ではできません
だから日々みんなに感謝
そして
たまには自分にご褒美を(笑)
何だかまとまりない‥(笑)
やっぱり私文才ない‥
ここまで読んで下さったあなた!!
ありがとうございます
また介護日記
書かせていただきます
うちの母の話を

自己紹介にある通り
私は自宅介護をしています☆
誰の介護かというと‥
大好きな母

母の病名は脊髄小脳変性症
細かく分類すると
その中でも予後が悪いタイプ
何年か前に
沢尻エリカちゃんが出ていた
『1リットルの涙』
というドラマを知っていますか?
あの主人公の子と
同じ病気です
発症したのは
今から‥8年くらい前

人間ドックで見つかりました
バリバリ働いて
おしゃれと旅行が大好きで
とっても活動的な母
華奢で小柄だけど
風邪ひとつ引かない
そんな母がなぜ‥

この病気は
国で定めた特定疾患
原因も治療法も今は不明
症状は‥
平たくいうと
全身の筋肉が
徐々に衰えていく
最終的には寝たきり
手足が動かなくなるだけでなく
呼吸をする筋肉なども
衰えていきます
診断名がくだされてから
徐々に徐々に筋肉が衰え
4年くらい前から
寝たきりになりました
私の介護生活も
その頃からになります

頭はしっかりしているのに
徐々に身体の自由が奪われる
残酷ですよね
まだまだ若いのに
これから父と2人
のんびり過ごせるって時に
正直
母本人も家族も
なかなか病気を
受け入れられませんでした
進行が早くて
受け入れたい
という気持ちが追い付かない
それでも毎日は過ぎていく
私は看護師をしていたせいか‥
または楽観的な性格のせいか‥
介護生活に慣れるまで
そう時間はかかりませんでした
家族や母本人はそうはいかず‥
でも
ひょんなきっかけから
歯車が噛み合い始めました
2年半くらい前だったかな

『ディズニーSEAに行きたい』
母の言葉
今まで
自分の姿をみられるのが嫌で
外出をしたがらなかったのに
父と私は嬉しくなって
すぐにミラコスタを予約し
その2か月後
母を連れていきました
ショーを見ながら
嬉し泣きする母

頑張ってこらえたけど
私も半べそだったはず(笑)
そこからは
トントン拍子に
外出が増えました

身体は動かないけど
お話もできないけど
母の表情は
随分柔らかくなりました

きっと私の表情も

外出の時に
率先して同行してくれる
大切な彼や友人

いつも見守っていてくれて
ここぞと言うときに手を差し伸べてくれる叔父さんや叔母さんや従兄弟
『女性はいくつになっても綺麗にしてなきゃ』と
嫌な顔せず
母の髪の毛をカラー&カット
してくれる美容師さん
いつも気にかけてくれる
母のお友達
何かあると駆けつけてくれるケアマネさんと業者さん
明るく声をかけてくれる
リハビリの先生たち
他にも沢山の方々に支えられ
毎日を過ごしています

私くらいの年齢で
介護に専念している人は
なかなかいないようで‥
『大変でしょ?』
『かわいそうに‥』
などなどよく言われます
介護は決して楽ではない
綺麗事を言う気はありません
イライラすることもある
疲れることも多々ある
でも不思議と嫌にはならない
むしろ
母とこれだけの時間を過ごせて
幸せだと思っています
とにかく母が大好き
うそだ~
と思った方も多いのでは?
でも本心なんです(笑)
何度も言いますが
こう思えるのは
支えて下さる方々が
まわりに沢山いるからです
介護は1人ではできません
だから日々みんなに感謝
そして
たまには自分にご褒美を(笑)
何だかまとまりない‥(笑)
やっぱり私文才ない‥

ここまで読んで下さったあなた!!
ありがとうございます

また介護日記
書かせていただきます
