ふとテレビをつけたら
NHKスペシャルで安楽死について放送していました
冒頭からは数分過ぎてしまったのですが
取材を受けている女性の話し方が
昔の母と似ていて
もしかして、、と思っていたら
母と同じ多系統萎縮症と診断された方でした
50代前半の女性なのですが
4年前の40代後半の時に診断、告知をされ
その後病院で同病で人工呼吸器をつけている方を目にする機会があり
自分の将来に絶望的し
自殺未遂を繰り返し
海外での安楽死を知り
自分が動けるうちに海外に行き楽になりたいと姉妹に相談したそうです
当然家族は戸惑い反対しますが
最終的には本人の意思で
海外で安楽死という最期を迎えました
一方で
同病で呼吸器をつけながら
家族のためにと生きることを選ぶ女性の様子もありました
私の母も
診断をされた40代後半の頃
死にたい、迷惑をかけるから離婚してくれと
父に言っていたそうです
実際に自分の体を傷つけるようなことはありませんでしたが
きっと気持ち的には本当に死んでしまいたいと思っていたと思います
何年かかかったけど
母の場合は病気を100%ではないにしても少しずつ受け入れ
本当は嫌であろう胃瘻をしながら今を生きています
私からすれば
どんな形であれ
母には存在していて欲しい
お話ができなくても
視線が合うだけで十分なのです
でも
本人にしてみたら
今の本心はどうなんだろう
安楽死を選んだ女性は
医師に本当に安楽死を望むのか確認されたときも
姉妹との最期の晩餐も
安楽死を行う場所に向かう車の中も
致死薬を投与するボタンを押すときも
ボタンを押した後も
ずっと笑顔だったのです
最期まで姉妹にありがとうを言い
眠るように最期を迎えました
久々に声を押し殺しながら泣きました
こんなに穏やかに最期を迎えられて
ありがとうをちゃんと伝えられて
この女性にとっては良かったと思うけど
やっぱり私は母と重なってしまうので、、
どうしても悲しくて悲しくて
なんというか、、
見た後しばらく放心状態でした
きっと私の母は
上記の人工呼吸器をつけた女性のように
家族のために
生きてくれているんだと思います
実家に行けば
当たり前のように母がいる
介護を頑張っている父がいる
我が家にとっては普通のことだけど
介護をされる側にもする側にも
当然ながらいろんな思いがあるんですよね
最近胸が痛い事件や事故が多いせいか
自分で安楽死を選択するということが
なんだかもったいなく?というと少し語弊がありますが
そんなように感じてしまったけど
でも
彼女の最期をみていたら
きちんと意思が固まっていて
伝えたいひとに伝えたいことを自分で伝えてから逝けるなら
安楽死を選べる権利があってもいいのかな、、と
現実問題、もし家族の誰かにそう言われたら
絶対に反対してしまうけど
自分だったら、、と思うと
そういう選択肢も欲しいと思うんですよね
学生の頃も、この安楽死というテーマは
散々ディスカッションをしたのですが
やっぱり正解なんてないんですよね
だから
今これを書いていても
どう着地をしていいかわからない、、
もう一度書いてしまいますが
本当にひっさびさに嗚咽、、号泣、、だったんです
なので
ブログに残したい衝動にかられました
無性に母に会いたくなりました
先週ちょこっと行ったばかりだけど
週末、泊まりに行ってこようかな