


久しぶりな更新でございます。
元気にしております堀江です。
6月末ぐらいに更新して以来、久しぶりの投稿!
今日は先週からハードワークが続いていて疲れていたので、
すいません。ご褒美でステーキを食べてきました笑
ローカーボの信者ではないですが、お肉だけを食べているだけのほうが、
あんまり眠くならないというか、意識はクリアになりますね。
6月末から7月にかけてセッションをこなしながら、
7月中旬には一週間の研修のサポートスタッフを行い、
7月末には関東に滞在しながら(たくさんご馳走になりました!ありがとうございました)
気づけば8月に突入しています。
活動範囲が個人のセッションなどから、チームとしての活動を意識することが増え、
今までとは違う脳みそを使うようになりました。。
うーん、1、2年前ぐらいの僕にはチームプレーなんて理解できなかったなぁ笑
おかげで個人の気づきや感動をアップする習慣がなくなっていたので、
そろそろまた再開したいなと思っています。
さて、タイトルの
「人の変化と切れない関係にある「言語・論理の構造」」について今日は書いていきたいと思います。
さて、皆さんは人生を豊かにしたいと思うでしょうか?
より良い人生を送る、今よりもストレスフリーになりたい、お金持ちになりたい、
理想的なパートナーを得たい、
様々な欲求があるかと思います。
中には疲れすぎて欲求もわかないという方もいるかもしれませんね。
さて、そんな創りたい未来を創るためには、
「自己変化」が伴ってきます。
例えば、変化しなくても大丈夫だ!と悟ることも、
大きくみれば認識が変化していることですから、
自己変化と捉えます。
さて、最近、無意識を整理するセッションを多く行うようになって思うことですが、
ちょっとした単語の一個一個に無意識が潜んでいることを実感します。
変わりたいという欲求は無意識のうちに変われていない自分を大前提に作るため、
結果として、変化をつくることが難しい。
それはよくあることです。
そんな観点で、自分が喋る単語のひとつひとつ、単語の概念が生まれる仕組みを整理していくと、
様々な問題や課題に直面したときに、
すでに多くの問題の大前提がセッティングされた状態でスタートしていることが多いことに気づきます。
特に人の問題や課題を整理する立場をしていると、
相手の持っている大前提の中から問題が生まれ、
すでに問題が走った状態から世界が始まっている。
そしてその世界を無理矢理に問題解決に持って行こうとする。
そのときに我慢だったり、いろんな摩擦が生まれてくる。
そんな状態をよく目撃します。
一挙手一投足がどんな大前提をもっているのか、
論理の構造を把握していくと、
人間の論理は必ず陰と陽、因果の二面性を持つようになっています。
男が生まれれば女が生まれ、
善があれば悪になり、
極の裏には極が生まれる構造になっています。
そのときに必ず因果法則が生まれ、その因果の中にはまってしまう。
自らが作り出した因果の中に入り込む。そんな性質があるようです。
これは単純にポジティブな単語や強烈な未来を描けば消せるものではなく、
アクセルを強く踏めばブレーキが強くなり、
ブレーキが強ければアクセルが強く踏まれ、
結構、注意が必要なことだと思います。
自己啓発セミナーなどのセミナー疲れをしている人も、
こういった頑張り方をしているケースが多いですね。
人間が基本的に持っている論理の構造と限界を理解しないと、
同じ変化のパターンの中にはまるようにできているようです。
逆に考えると人類が500万年(600万年とかいうのもありますが)繰り返している、この変化のパターン、
そろそろ超えるときがきているのかもしれません。
因果が成り立つ世界と、因果が成り立たない世界。
絶対に交われない二つの世界の関係性を明確にできたとき、
何にも縛られない心の置場所を選択できるようになります。。
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